しっぽきり

ライトノベルに見る親子関係の稀薄さ いつも感想中さん

 昨日は母の日だったので、こんな記事を思い出していました。
 両親が日常的な意味においての親として機能していないラノベに限らずとも、割とよく見るパターンだと思います。(機能=危ないことしてたら止める、特殊な状態に普通の反応が目立つ的な意味合いで見ていただければ)機能してない=人間としてダメってわけではありませんからあしからず。

 まずは両親自体が切り離されている(まともに描写されない、そもそもいない)タイプ。
 絶対可憐チルドレンでは、高度超能力者という理由があるにせよ、描写された限りにおいては両親は日常的な意味ではあまり機能してませんし。保護者的な役割を担うのは皆本であり、その皆本もバベルの人間であり、チルドレン達のおかれた特務エスパーという特殊な状態をむしろ助長する側。
 GS美神も、美神さんは父母共に不在、登場後も日常において既に生き方を確立してしまった美神さんに大きな影響を与える存在ではありませんでしたし、横島も数少ない出番を除けばほぼ存在しないも同然の扱いでしたし。
 あとは、ガンダムXのガロードとか、おなじくガンダムだとロランとかジュドーとか。ベン・トーも、ほとんどギャクキャラとして書かれてることを考えるとここかもしれません。あと、ムシウタも。
 ハヤテの両親については、微妙なところかもしれません。あの親子関係に何らかの決着がつくのかつかないのか。

 または親自体が特殊な立場にあり、それが主人公にとってのモチベーションになってるタイプ。須磨子さんがお役目さまで、その母親に会うことも目的の一つであったうしおととらとか。(父親の紫暮さんも、うしおが獣の槍伝承者であることをむしろ進める立場)。父親が最強の生物でそれを倒すために、寄行を繰り返すバキとか。あとは親戚ぐるみでドンパチなザンボット3。マジンガーもある種そうなるか。というか、ロボット物は父親が残したロボットに乗ってどうのこうのっていうパターンが多いかもしれません。

 あるいは、特殊な状況をそのまま受け入れてしまうタイプ。金色のガッシュベルや、エルシィを受け入れるまで一手間あったとはいえ神のみぞ知るセカイ。変則的とはいえ、母親的な役割にあったノリがドール達をあっさり受け入れるローゼンメイデン。

 非日常的な出来事が起きて、大体の作品が十代である少年向けの創作物にとって、日常的な判断によって主人公に歯止めをかける機能を持つ存在は、邪魔といえるのかもしれません。前述のGS美神における、横島母が登場するイベントが顕著な例かもしれません。(GS見習いという異常なアルバイトをする横島に、せめて高校を卒業して自分に責任がとれるようになるまでは、自分と暮らすように説く)
 むしろ親が親として存在感を放つとすれば、親自体が特殊な立場にいる必要があるのかもしれません。












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