しっぽきり

二期アニメ開始時に書こうとしてた、とらのあな編感想が発掘されたというお話。
 罪と罰。
 幾度も耳にしたそのタイトルも、計画を目前にした今は、これまでとは違う響きをもって聞こえた。
 罪と罰。
 そう、罪にふさわしい罰を自分が与えてやるのだ。



 シスターの隣に、誰かが座りました。
 横目でそれとなく見ると、視界の端に写ったのは、さっきのケチな少年。
 わざわざ空いた車内だというのに、わざわざ一人分の距離に少年は座ってきました。それだけならともかく、少年はシスターをチラチラと見てきます。
 ですが、シスターは気にしません。いえ、多少は気になりますが、見られるのは慣れているのです。
 シスターの主観でいえば知的で神聖な美しさを持つ私だから見られてもしょうがない。客観的に言うと、それもあるけど視線を集める大体の理由は外国人で修道服だから。
 とにかくシスターは、この程度は仕方ないと鷹揚に構えていました。
 そのときまでは。
 ぐ~っ
 どうして、こんなタイミングで鳴る?
 仕込みで忙しくて、朝食を抜いたのが災いしたのか、とにかくお腹で虫が鳴いてしまいました。

「え?」

 声に視線を向くと、少年と目が合いました。少年にも聞こえていたようで、神聖美人系が腹の虫を鳴かすという大失態。
 シスターの顔に血が集まり、頬が赤くなりました。
 とりあえず、少年から離れよう。
 とはいえ、露骨に車両を移るのも考え物。少し、少しだけ位置をずらして、そう、なんでもないようにやれば大丈夫だ。なんでもないように。
 シスターは、自分に言い聞かせ、先輩の神父がよくそうやっていたように、素数を数えながら、努めて冷静に、わずかに腰を打かして、手すりの位置まで体を寄せていきます。
 ここまでくれば、大丈夫……ではありませんでした、もちろん。遠ざかったとはいえ、所詮は多少。少年から見えなくなるわけでもなければ、意識の外に出られるわけでもありません。
 お腹を鳴らした恥ずかしさに席を移ったという事実は、移った席の距離とは無関係に絶対的に存在するわけで、それなら思い切って他の車両に行った方がマシだったかもしれないし、そもそも気がつかない振りをしていれば、少年も空耳と思いこんだかもしれない。
 そこまで考えて、シスターはあきらめました。
 そう、後悔しても時既に遅し。
 時間は巻き戻らないし、もう一度動き直すなんて、それこそ恥ずかしくてできません。
 しばらくの辛抱だ。
 これも、計画を前にした自分への神の試練に違いない。神の思し召しなのだから、何か意味があるに違いない。若干、不公平な気もするけど。
 再び文庫本を開くシスター。
 すると、ふと誰かが目の前を横切っていった。ガラガラの電車内を移動するとは珍しいが、知り合いでも見つけたのだろうと考え、気にはしませんでした。

「だりゃあ!!」
「ひゃあ!!」

 少年の悲鳴と蹴りの鈍い音と悲鳴が、聞こえるまでは。
 突然の事態にあわてる少年の声と、それを黙らせようと威嚇するような男の声。
 背広が偉いのか、リストラ、アニメのDVD、二六話でDVD九巻っておかしくないか、それは譲歩できても一三話六巻は理解しかねる、真の最終話はDVDで! はどうなんだ、ていうかDVD修正多すぎ、おおきなおともだちだって視聴者なんだから掲示板閉鎖は不当、借金。
 聞こうとせずとも飛び込んでくるわめき声に含まれていた単語。
 自業自得の逆境が、負け犬を暴漢に仕立てあげたのかとシスターは内心でため息をもらしました。
 なんと醜いのだろう。
 わめく男の醜態に、誇りは一片たりとも見いだせません。
 お父さんとは違う。
 お父さんは、もっと自分のことを語るとき、誇らしそうで、楽しそうだった。
 わめき散らす男を侮蔑し、少年を気の毒にも思いましたが、大事の前の小事。迂闊に事を荒立てるわけにはいきません。
 どうしたものかと、対応を考えているシスターの脳裏に、とある噂がよみがえりました。
 電車で暴漢に襲われる。そして、助けられた人間は、助けた人間にそれはそれは素晴らしい贈り物をする。そして二人は恋に。
 そういう筋書きの噂でした。
 恋に落ちるはおいておくにしても、助ければその贈り物が、ブランド物のティーカップが貰えるという風習が日本にはあるに違いない。
 シスターは立ち上がりました。

「迷える子羊よ。どうか手を、その荒ぶる手を……か弱き少年から離しなさい」

 声が、体が震えました。

「な……なんだてめぇはぁ!!
 シスターみたいな格好しやがって!!」
「し……シスターです本物の……」

 シスターが自分の身分を明かすと、暴漢は、震えるシスターを簡単にねじ伏せられると思ったのか、シスターよりも巫女のほうが好み、日本人は赤い袴、髪の毛を隠すよりも、黒髪ロング、そんな浅ましい自分の性癖を赤裸々に叫びながら飛びかかってきました。
 シスターの体が一層大きく震え出しました。
 力を存分に震えるという喜びに。

「オレが叩き斬ってやる!!」

 男が荒々しく振り上げ、そして振り降ろそうとしたナイフが止まりました、文庫本に挟まれて。
 
「ほっ!?」

 男の間抜けな驚きに、シスターは冷笑もせず、事務的に神に仕えるものとしての最低限の慈悲を男にくれてやりました。

「祈りなさい」

 シスターに十字をきったその手で、襟首を掴まれた男は、しかし、慈悲も言葉の意味も理解できていないようでした。

「ほっ!?」

 それも彼女にとっては予想の範囲内のこと。別段、失望することもなく、シスターは男の襟首を掴んだまま、後方に踏み込んだ左足を軸に反転し、その勢いと腕力で男の体を引っこ抜くように投げ落としました。

「ほぁーっ!!」

 悲鳴をあげながら地面にたたきつけられた男は、それでも反射的に体を起こして反撃の体勢を整えようとしましたが、しかし、シスターはそれを許しませんでした。
 男の顔を左手で押さえ込み、封殺すると、投げ落とされた痛みが全身に広がったのでしょう、男の体を起こそうとする力が弱まりました。
 呆気ない。
 仕事の完了を確信した充実感と、男の手応えのなさへの失望感の入り交じった、笑いを浮かべてシスターは言いました。

「アーメン……」

 それが、今日男が聞いた最後の言葉でした。
 作業は終わり、電車が止まりました。
 後は促すのみです。
 とはいえ、直接要求しては美しくありません。なので、シスターは何も言わず電車を降りて、そこから立ち去るそぶりを見せました。
 
「あの……ちょっと待ってください!!」

 思った通り。
 立ち去ろうとしていた、少年が駆け寄ってきました。
 あの日見た通りの展開に、シスターの胸が弾みました。

「さっきは助けていただいてありがとうございます。
 よかったらお名前を教えていただけませんか?」

 お名前、ときました。
 シスターの期待する展開ならば、名前だけでなく、住所を聞かれなければなりません。物、もらうんですから。
 人類最古レベルからこんな言葉があります。
 最近の若いヤツは。
 それでも、古くから伝わる伝説は伝説です。この少年も日本人なら、口にすれば分かるはずです。
 シスターは言いました。品物名を、丁寧にブランド名までつけて。
 ですが、少年の浮かべた表情は、困惑。それも、「あっ、忘れてた」ではなく、「あっ、この人なんか勘違いしてる」というものでした。
 シスターに困惑が感染すると、少年がすまなそうに口を開きました。

「あれは男の子が女の子を助けるともらえると言うか……」

 あくまで噂は噂。日本人である少年が、そう言っているのなら、そうに違いありません。
 そんな噂を流した人間が悪いのか、それともソースも要求せず、うっかり信じた自分が悪いのか、そもそも襲いかかった暴漢が悪いのか。
 勘違いから物品を要求した羞恥にシスターが頬を染め、顔を背けました。
 そして、絞り出すように言いました。

「女の子みたいな顔のクセに……」

 そうだ、この少年が悪いんだ。ケチそうで貧相で女の子みたいな顔で、そのクセ執事服なんか来てるからお金はもってそうに見えて、だから襲われるんだ。大体、広々とした車内なのに自分のすぐ近くに座ってきて。そうよ、邪な下心があったのよ。だから、神はそれを見逃さずに、暴漢に襲われる相手に選んだのよ。そのせいで、お腹が鳴る音まで聞かれたんだ。ああ、お腹空いたっ!

「た……食べます?」

 声に顔を上げると、いつの間にか、少年が近づいてきてい、チョコレート菓子をシスターの目の前に出していました。
 シスターは一瞬、視線を逸らし、表情を変えました。
 そして、少年に向かって手を伸ばすと、

「あなたに神さまの祝福があらんことを……」

 微笑み、少年、そして神に感謝の微笑みを浮かべました。




 教会へ戻り、支度を始めたシスターの動きは軽い物でした。
 シスターにとって今日という日は特別な日でした。
 終わりが始まる特別な日。
 その一日の始まりが、人助けをして安いとはいえ物をもらうという、幕開けだったのです。 

「あっと、いけない」

 シスターは表に出ると、教会の表札を外し、こう書き加えました。
 『ついでに執事とらのあな』
 掛け直して、計画の準備は、それで終わりました。
 教会の中に入ると、後はその時が来るまでやることはありません。
 だから、待つことにしました。子供の頃、そうしていたように。
 目を閉じると、自分の体全体が高揚していくのが分かりました。
 毎日、お父さんが帰ってくるのがシスターは楽しみで、楽しみで仕方ありませんでした。
 シスターは、全然才能はなく、端から見ていると滑稽だった、それでも一生懸命に自分の仕事を果たそうとしていた父親のことが大好きだったのですから。
 誰かの足音が聞こえ、そして止まりました。
 来たか。待つ時間はもうおしまいだ。
 シスターは立ち上がりました。
 いよいよ始まるのです。
 お父さんのための、そしてお父さんを待っていた自分のための計画が。

「はじめまして。今日お見えになる執事の方ですよね。私、シスター・フォルテシアと申しーー」

 そして、その計画の一部となるのは、

「あれ?」

 さっきの少年でした。












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