しっぽきり

 ナギお嬢さまを保護、別働隊のハヤテ君も歩さんと出会えたようで、まず一安心のヒナギクさんですが、この迷宮を脱出しようとするなら、とりあえず二人と合流しなければなりません。
 しかし、この地下遺跡の迷宮っぷりは、ナギお嬢さまと出会えたこと自体が滅多にない幸運に思えるぐらいに本格的。
 さてどうしたものか、と一思案のヒナギクさんでしたが、隣のナギお嬢さまは秘策があるようで、「勝利のカギはもはや我らの手の中だ」となにやら自信満々です。
 
「さぁ伊澄出番だ!! ハヤテたちがいるのはどっちだ!!」

 と掲げるように指名されたのは、伊澄さん。
 この木刀正宗をくれた人のいい天使様だけど、致命的な方向音痴の和服少女がどうやって? と不思議に思うヒナギクさん。ただ、自分も代案がないので黙ってみていると、伊澄さんのウサミミがピコピコと動き始め、そして左を指しました。

「ハヤテさまたちはこっちよ」
「よし。あっちだな」

 すぐさま反対方向に歩き出すナギお嬢さま。
 その手があったのか。ヒナギクさんは、感嘆半分、呆れ半分の思いでナギお嬢さまを見つめました。
 ハヤテ君という座標を指定してやれば、伊澄さんは絶対にそこには辿り着きません。逆に言えば、反対の道を選び続ければ、絶対にハヤテ君に辿り着くのです。さすがに、幼馴染だけあって、ナギお嬢さまは座標の指定が可能という限定された状況でのみ有効とはいえ、伊澄さんの扱い方を心得ていました。ビスビス突かれてたりもしましたが。
 上、上、下、左、右、左、右、とテンポよく伊澄さんの判断をスルーし続けるナギお嬢さまとヒナギクさん。
 ヒナギクさんは、やはり別荘の地下にこんな遺跡があることが不思議でなりません。
 なので、問いますが、ナギお嬢さまの返事はやっぱりつれなく、さぁな。

「うちのジジイは知ってたのかもしれんが、この荒れ方からして興味はなかったんだろ?」

 たしかに、三千院家の財力から考えれば、巨大な迷宮とはいえ、崩れかけた壁の修復や、なんとなれば照明の完全設置ぐらい楽にやれそうなものです。遺跡としての神秘性はグッと落ちるかもしれませんが。
 納得しかけたヒナギクさんに嫌な予感がはしりました。
 
「え? じゃあメンテナンスとかは?」

 ナギお嬢さまの推測は当然否定的なものでした。

「それって危ないんじゃない? 遺跡なんてちゃんと補修しないと……」

 コツンと小石が一つ、お嬢さま達の背後で落ちました。

「崩れたりして……」

 ミシッ
 
 音が、迷宮に響きました。
 三人の足取りが止まりました。
 不思議そうな顔の伊澄さんを前に、二人は自分たちが、まさか遺跡の崩落に立ち合わせるような不運な人間ではないことをお互い確認しあおうとしました。
 それでも、

 ビキビキ

 不運というものは誰でも突然降りかかるものですし、

 ゴシャア

 この地下遺跡には、不運の塊みたいな人間もいました。





 
 告白したけど、様子見中な少年に裸を見られた。
 容量を超えるようなイベントに直面してしまった歩さん。着替える背後には、そのハヤテ君がいることがなおさら混乱を深めていました。
 ――むしろ、大きなアドバンテージになったんじゃないかな? そうだ、これだけのイベントならプラスに……なるわけないよね、そんなの。
 しかし、歩さんに落ち込んでいる暇なんてありませんでした。
 重い何かが落ちる、低い音。
 
「お嬢さま!?」
 
 ハヤテ君の耳にもそれは届いていたようで、自分の主人を呼ぶその声は、いつものクラスメイトだったときの優しい声ではなく、執事としての鋭い声でした。
 ――急がなきゃ。
 水浸しの体とは別の理由での悪寒に駆られ、最後のパーカーに袖を通し、ハヤテ君に声をかける歩さん。頷くハヤテ君。彼も歩さんと同じ、いえ、執事としてそれ以上の事態を想定しているようでした。

「ハヤテ君、なんかさっきからへんな音が……」
 
 ハヤテ君が頷き、

「ええ。ヒナギクさんが一緒とはいえお嬢さまの事が心配です」

 歩さんも頷きました。
 あのヒナギクさんなら上手く立ち回るでしょうが、小さい上にお世辞にも運動神経があるとは思えないナギお嬢さまのことです、どんな事故に会うかわかりません。
 ――ナギちゃんのこと、守らないと。
 そう思い走り出そうとした歩さん。その前に、ハヤテ君の手が差し出されました。
 
「西沢さんの事も僕が守りますから、一緒にお嬢さまを捜してください」
「あ……う……うん」

 頷きとったハヤテ君の手は、海水で冷えた歩さんの手にはとても暖かいものに感じられました。
 自分のことも守ってくれるというハヤテ君。
 ――けど……今、ハヤテ君にとっての一番は……ナギちゃんだよね……。
 崩落していく遺跡の危険を厭わずにナギお嬢さまを捜し、駆けて行くハヤテ君。
 歩さんのこともきっと守ってくれるでしょう。それでも、一番に助けたいと願っているのは、自分ではないことを、歩さんは知っていました。
 ――それは……少しやけちゃうかな?




 
 
 自分の別荘の地下で命の危険にあっている理不尽を嘆くナギお嬢さまを八つ当たり気味に叱咤しつつ、とにかくヒナギクさんは走っていました。潰れるというところまで崩れでは無さそうですが、それでも柱や岩塊が降り注ぐ現状が危険であることには違いありません。

「まったくこんな……うわ!!」

 悲鳴と共に、繋いで走っていたナギお嬢さまの手が速度を失い、ヒナギクさんの手から離れていきました。
 
「ナギ!!」

 振り向けば、石にでも躓いたのでしょう。ナギお嬢さまが転んでいました。
 そして、一際大きな音が迷宮に響きました。
 振り向く飛び込んでいては、間に合わない。絶望が、ナギお嬢さまをそしてヒナギクさんを襲いました。

「お嬢さま!!」

 柱、壁が地面に叩きつけられ、そして黒い影と金色の髪が舞い踊りました。

「ハヤテ!!」
「ハヤテ君……」

 歓喜の声が一つ、安堵のため息が三つ、ハヤテ君に降り注いで、
 
「大丈夫ですか? お嬢さま!!」
「うん。ありがおつハヤテ」
「いえいえ、助けにくるのが遅くなって」

 ガラッ

「申しわけ――」

 おまけで岩石が降り注ぎました。割と大きなヤツ。
 フコウナハナシダナー。
 あまりの驚きになんとなく場違いな表情になってしまったヒナギクさん。
 ガンダム並の耐久力を持つハヤテ君はさすがに生きていました。ただ、無傷とはいかなかったみたいで、血が噴水みたいにピューッと吹き出しています。

「みなさんもケガとかありませんか?」

 ケガはともかく、言いたいことは色々ありましたが、鼻血は心の汗ということですから、納得することにしました。
 そんなハヤテ君に、伊澄さんがいるのは仕様だからと納得させ、いつまた崩れ始めるともしれない遺跡から脱出することにしました。
 しかし、ヒナギクさんがちょっと気になり、ナギお嬢さまははっきりと異議を申し立てました。
 ハヤテ君が歩さんの手を握っていることを。

「愛情の差かな?」
「なっ!!」

 冗談とは知りつつも、聞き逃せない一言に、ナギお嬢さまが怒りました。

「べ……別に深い意味はないですよ!!
 西沢さんはか弱い女の子なんですから、守ってあげないと」

 説明してもまだどこか不服そうなナギお嬢さまの手もハヤテ君は握りました。

「ヒナギクさん! この先に潜って抜けられそうな所があるので……そこから脱出しましょう!!」

 しかし、呼びかけられたヒナギクさんには、出られることへの安堵は湧いてきませんでした。
 原因は、ハヤテ君の手越しに繋がれ、視線をぶつけあうナギお嬢さまと歩さん。
 か弱い女の子ですから守ってあげないと。
 ハヤテ君はたしかにそう言いました。
 か弱い女の子。今、ハヤテ君に手を握られている二人は、間違いなくそうなのでしょう。

 もしかして私……ハヤテ君の中で「か弱い女の子」のカテゴリーに入ってなくない?

 手は二本しかないんだから、仕方ない、と思うには、さっきの呼びかけは、頼りになる相棒へのもの、みたいなニュアンスが拭い切れませんでした。
 
 私だって女の子なんだから、もう少し……守ってくれたっていいじゃない。
 
 そう思いつつも、自分からはそう言い出せない。
 矛盾した気持ちを「もう!! バカ!!」という怒声に換えてヒナギクさんも走り出し、それに伊澄さんも付いていくのでした。
 そしてたどり着いた、海につながる水路。
 ハヤテ君は、全員が無事に泳ぎきれるのかどうか心配していました。
 
「歩は私が抱えて泳ぐから平気よ」
「あ、そうですか」

 ハヤテ君は、サラッと納得しました。
 
「私はか弱くないですからね!!」

 せめてもの抵抗と、どうせ私は、大概な身体能力の姉に喧嘩不敗を誇り、校内マラソンで自由形以外総ナメにし、木刀・正宗を使いこなしたりする女ですよ、とヒナギクさんは言い放ちました。
 そんなヒナギクさんの心なんてつゆ知らず、ハヤテ君の心は伊澄さんの心配に。
 ですが、すんなりと侵入してきた伊澄さんは、またすんなりと脱出する手段も手に入れてました。
 もきゅ。
 その手段は、飼い慣らしたイルカさん。クマの調教など哺乳類を飼い慣らすのは割と得意なようでした。

「ただ……ハヤテさまはお気をつけてください」

 そんな少女にも心配ごとがあったようで、

「海水は……キズにものすごくしみると思いますので……」

 と、ハヤテ君に注意を促して、伊澄さんはイルカと共に潜っていきました。
 その伊澄さんの注意で、せっかく忘れてた傷の痛みを思い出したハヤテ君。
 ズキズキと痛む傷が不安を煽りますが、お嬢さまに不安をかけまいと、「お嬢さまを守るのが僕の使命ですから」と言い切りました。
 そして、お嬢さまを抱えて着水するハヤテ君。

「お嬢さま、あまり動かないでくださいね。ギュッと捕まってくれれば大丈夫ですから?」
「ギュッと捕まってればいいのだな?」

 そして、五人は海に潜り、一人が水を飲んで大暴れ、一人が海水に痛む傷に苦しみながら抱えた少女を押さえ込むのに苦労したのをのぞけば順調に、浜辺へと向かっていきました。




「おや?」

 それに気づいたのは、どうせなら浜辺で花火をやろうかとセットをしていた美希さんでした。

「見るんだ理沙。こんな所にハヤ太君によく似た死体が上がっているよ」
「ホントだ。これはハヤ太君によく似ているな」

 同意する理沙さん。一方、屋敷にみんなを迎えに行ったものの、誰もいなくて、ションボリ一人でスキップしながら帰ってきた泉さんとマリアさんは、ハヤテ君のドザエモンっぷりと、海から上がってきたヒナギクさん達に驚いていました。
 最後の最後、暴れる自分を押し上げたハヤテ君が無事に浜辺に上がっていたことに、せき込みながらも安堵するナギお嬢さま。 

「ははーんなるほど、あれか?」
「さては我々の花火が待ちきれなくて、海で遊びたくなったんだな?」

 ナギお嬢さまは、反論しようとして、やめました。
 押しちゃいけないと書いてあったボタンを押しちゃって落下したら地下遺跡でそこで軽く冒険してきただなんて、言えません。
 なので、二人の言うことに曖昧にうなずきました。それで納得してくれたのか、二人はとっておきの花火とやらを打ち上げに行きました。
 
「大丈夫?」
「手当しようか?」
「いえ……もう大丈夫です」

 二人を見送ると、ハヤテ君が起きあがっていました。
 おぼつかない様子ですが、血は止まったようで、その点では一安心。

「それよりお嬢さまこそ……」
「ちょっと水飲んじゃったけど、ハヤテのおかげで助かったよ」

 再びせき込みながらも、ナギお嬢さまは、今のハヤテ君にかけるべきなのは、心配の言葉ではなく、

「ありがとな。ハヤテ」

 お礼の言葉だと悟り、ハヤテ君に笑いかけました。

「どういたしまして」

 笑って返事をしてくれたハヤテ君の横顔と、ナギお嬢さまをハート型の打ち上げ花火が照らし出しました。












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://bbkiriblog.blog70.fc2.com/tb.php/927-216f796b

ハヤテのごとく!217話【恋愛迷宮】畑健二郎
 ピコピコしたりビスビスつついたりとあいかわらずウサミミが面妖な動きを続けている。伊澄がつけても効力が薄れないってことは呪いの類ではないのだろうか?伊澄でも解けないレベルの他の誰かに装着されないと外せない呪いが掛かっており、登場人物の間を転々としていく...

2009.03.28 11:22 | 360度の方針転換