しっぽきり

「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

 言い残してざぶんと水へと潜っていった歩さん。
 そんなわけで、一人ぼっちになったお嬢さま。歩さんが懐中電灯を持っていってしまいましたので、暗い地下遺跡。とはいえ、外に繋がっているかもしれない水路からは明かりが薄く漏れてきていました。なので、恐怖に押しつぶされずかろうじて理性を保っていたナギお嬢さまは、その恐怖から理性を遠ざけようと、考えごとをすることにしました。当面のお題は、もっとも身近な問題。
 しかし、なんなのだ? ここは。
 地下遺跡への考察。ナギお嬢さまのお母さんは、あの貼り紙からして、地下遺跡の存在を知っていたようでしたが、しかし、ナギお嬢さまには、遺跡も母の思考も理解の範疇にはありません。
 そして、更に思考を巡らせていった結果一つの事実に打ち当たりました。
 ここ、ミノタウロスでるんじゃないか?
 ミノタウロスを閉じこめたクノッソスの迷宮が近いともっぱらの噂なこの地下遺跡。なら、怪物がでてきても。
 お嬢さまは笑いました。
 そんな非科学的なことが起こるわけはない。
 そう、この科学が進歩した世の中です。
 不思議なことなんて起こるはずがないのです。
 執事の必殺技開発に関わっていたら幽霊に住み憑かれたとか、気づいたら宇宙船に乗ってさよなら人類しかけたとか、割とあります。だってはただから。
 そんな世界の基本ルールなんて認めたくないナギお嬢さま。
 しかし、

 カツン
 
 混沌はすぐそばにまで這い寄ってきていました。

「ハ……ハヤテ?」

 すがるように振り向くお嬢さまでしたが、その堅い足音は、ハヤテ君の革靴のものではありませんでした。
 振り向いたナギお嬢さまが見たのは、二本角の異形でした。





「にゃああああああ!!」

 広い空間で反響した声。
 特徴的である声に、ヒナギクさんはその悲鳴の主を直感しました。

「ハヤテ君!! 今の声は!?」
「間違いなくお嬢さまです!!」

 主への忠誠心からか、ハヤテ君は断言しました。
 ですが、彼の忠誠心も反響した音に、方向まで見抜くことはできません。

「だったら手分けして探しましょう!!」

 そう提案するのは指示するのは、リーダーポジションで手慣れたもののヒナギクさん。
 自分は左を、ハヤテ君には右を
 ナギお嬢さまの声が近づいてきます。そして、その悲鳴の切れ間に聞こえるのは、石畳を叩く堅い音。隣で聞いていたハヤテ君の革靴の足音よりももっと強く、太い音。
 まるで蹄みたいーー
 悲鳴と足音がヒナギクさんを焦らせます。
 あの小さなクラスメイトを自分は守らなければならない。生徒会長として、なによりも友人として。
 
「ナギ!」

 息を切らし、それでも恐怖に追われ駆けることをやめなかった少女が、いつもは小生意気な少女がまっすぐに、瞳を涙に潤ませて、自分に飛び込んできました。
 こんなに怖がっていたなんて。
 抱きしめてくる力の強さに、ヒナギクさんはナギお嬢さまの心の傷の深さを知りました。

「後ろから……!! 後ろから化け物が--!!」

 近づいてくる足音。近くで聞く足音は、靴によるそれでは明らかにありません。そして、なにより暗闇に浮かぶ二本の角。
 化け物めっ。
 化け物が、ナギを追いつめた。
 その事実がヒナギクさんに火を付けました。
 自分も未知の化け物は恐ろしい。
 でも、それ以上に許せない。
 義憤に駆られ呼び出したのは愛刀・正宗。
 逆手に持ち、叫びました。

「ウチの生徒をキズつける気なら……たとえ化け物でもー!!」

 正義の一閃が振るわれようとしたその瞬間、

「誰が……化け物かー!!!」

 未知の怪物が叫び、そして消えました。
 代わりに現れたのは、というよりは怪物の正体は、伊澄さん。性格にはバニーコスの頭部分付けた伊澄さん。足音がやたら堅いとか太いとかなのは、下駄だったから。似てね? ポックリ下駄と蹄。
 そんなわけで正体を知ってしまえばなんとも、間抜けなもので、クリンクリン動く伊澄さんのウサミミに、ナギお嬢さまは脱力してしまうのでした。
 ラスベガスで首尾よく咲夜嬢からウサミミをゲットすると、練馬を求め鷺ノ宮秘伝の奥義・乱駄夢転霊歩徒を使用。しかし、そこは砂漠。行き倒れ寸前のところに運良く会った遊牧民に、乗り捨てられたのが二頭手には入ったとかで、ラクダ肉を振る舞われたりなんだりしている内に、また迷子になってあれこれしていたら、神の導きかいつの間にかこんなところにいたという伊澄さん。
 そんなわけで、伊澄さんのウサミミにあやされるナギお嬢さまと、思わぬおまけ付きもナギお嬢さまの回収に成功したヒナギクさん。
 とりあえずの目的を達成したことをハヤテ君に、その完璧な推理力で持ち込んだトランシーバーで伝えることにしました。
 ただ、完璧な推理力も、地下遺跡の電波までは見抜けなかったようで、ハヤテ君との会話はつっかえつっかえ、よく聞こえませんでした。


 


「けど、これであとは……西沢さんさえ見つかればみんな無事に……」

 ノイズに邪魔されながらの会話でしたが、ハヤテ君はとりあえずナギお嬢さまが無事だったことに心底安堵していました。
 迷路のような地下遺跡に迷ってしまい、自分はお嬢さまから遠ざかるように走ってたのか。まったく、ヒナギクさんには助けられてばかりだ。
 会話しつつ内心苦笑するハヤテ君。
 ヒナギクさんへのお礼は後で考えるとして、これで残すは歩さんのみ。
 とりあえず、水路になっていて行き止まりな訳ですから、前向きに考えれば端を抑えたといえます。そして、一度迷ったおかげか、概ね構造は掴めた、ような気がします。
 とにかく、前を向いて進んでいけば、西沢さんと出会う確率も高くなるはずだ。
 発見への算段をハヤテ君がしていると、後ろから水面が揺れる音、大きく息を吐く音、そして、

「やっぱりカンは当たってたよナギちゃん!! この下、外に」

 と聞き慣れた声。

「つながって……」

 音に振り向くハヤテ君の瞳に映ったのは、闇の中に浮かぶ、水に濡れた少女の白い肌と、真っ赤に染まった歩さんの頬でした。
 そして、ハヤテ君の手からトランシーバーがこぼれ落ちました。







『にっ!! 西沢#T$&TFG』
『ハヤテT<$YLUPR&PG』

 雑音の間に、親友の声が聞こえました。
 そして、直後、ノイズは一層酷くなり、ついには通信すら切れてしまいました。
 感度悪いわね、これ。
 天下の三千院家の割には、悪い機械だななどと呆れるヒナギクさんでしたが、彼女が、それは実はトランシーバーではなくトランシーバーの機能もついた別の目的に開発された機械で、その機械を開発した天才さんが自分と同等のちびっ子天才さんと遊ぶために開発
した主な機能は振動モードな機械だったのだけれど、ちびっ子天才さんが手を滑らせたりするなど不評だったためお蔵入りになった機械とは知る由もないのでした。
 そんな呆れているヒナギクさんが気になったのか、伊澄さんにビスビスいわされていたナギお嬢さまが「どうかしたか?」と尋ねてきました。
 まさか面と向かって、「安物使ってんじゃないわよ、大富豪」と言えないヒナギクさんは、歩さんの声が漏れて聞こえたことにハヤテ君も歩さんと出会えたのだろうと判断し、二人に、合流しようと提案。
 先頭に立って歩くヒナギクさんでしたが、なんとか無事に終われそうだという安心感からか、この遺跡の正体について思いを巡らせていました。
 そして、手に持ったライトの光が、闇の中に隠れた正体の一端と彼女をつなぎました。

「これ、なんの壁画?」

 光にさらされたのは、やや色褪せてはいますが、それでもはっきりとした色彩で描かれた柱に囲まれ、崖の上に立つ城の絵。
 ライトを巡らせてみれば、ほかにも王冠をかぶった老人の石像、そして星座。

「さぁ? なんだろうな?」

 遺跡だらけの島ならこんあものがあっても不思議ではない。
 更に見てみると、奴隷たちと王を描いているのか、一枚の絵にはなにか文字が書いてありました。
 しかし、白皇でもトップレベルの天才二人の頭脳を持ってしても、何語かすら分かりません。

「それは……フリギア語よ」

 ポツリ、そう言ったのは伊澄さん。
 フリギア。それはゴルディオンがあった古代王国。

「ていうか、伊澄読めるのか?」

 ヒナギクさんも驚きはしましたが、どこか浮き世離れしたところがあるとはいえ、彼女も白皇に飛び級入学してきたいわば天才。それに、正宗のことや不思議な力を持っていることを考えれば、読めてもおかしくはないのかもしれない、と納得してもいました。
 
「アブクラサスの柱の森……剣をもって正義をしめせ……」

 何かに、引きずられるように、少女の朗読が続きます。
 
「さすれば道は……開かれる……」

 しかし、ヒナギクさんも、顔を見合わせたナギお嬢さまも、とんと要領を得ません。
 柱、森、正義、道、開かれる。
 どれも抽象的すぎて、どこから取りかかっていいのか、イメージがわきません。かろうじて、剣という言葉に、正宗が思い浮かびましたが、いくら名匠の作とはいえ木刀。そんな大それた言葉とかみ合うはずもありません。
 
「なぁ伊澄。他には何が書いてあるのだ?」

 壁画を見つめたまま押し黙ってしまった伊澄さんに、ナギお嬢さまが問いました。

「行きましょうナギ」

 しかし、返ってきたのは答えではなく、この場を立ち去ることを促す言葉。

「あまりいい事は……書いてないわ」

 静かに、しかし強く、伊澄さんが何かを押し殺すように歩きだし、ヒナギクさんとナギお嬢さまも、それに従うことにしました。












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ハヤテのごとく! 第216話 「迷宮の封印」
 今回はサブタイトルから普段とは違った雰囲気で、空間転位(これもうギャグじゃなく

2009.03.18 22:58 | 気ままに日日の糧