しっぽきり

 西沢さん、どこに行ったんだろう?
 僕たちに、到着した頃とは打って変わって賑やかになった別荘の一室に、西沢さんの姿はなかった。
 周囲を見回すと、聞くまでもなく、見慣れた後ろ姿がバルコニーにあった。

「準備、できましたよ」

 側に立ち、そう呼ぶと西沢さんは一つ、頷く。けれど、振り向かずに頭をかくと、

「んー、もうちょっと」

 と手摺りにもたれ掛かる。 
 部屋を見て別に急ぐこともないことを確認し、西沢さんが満足するまでここにいようと決める。
 少しの間、夜風が吹いて。
 西沢さんは、幸せそうに小さく笑い声をもらして、振り向いた。

「ゴルディオン、カッパドキア、そしてイスタンブール」

 一つ一つ、回ってきた街の名前なのだろう、指折り数え、そしてそっと握りしめると、手を開き、満天の星に彩られた空を仰ぐ。

「色んな街に色々な歴史があったんだよハヤテ君」

 考えてみれば当然のことだけど、それでもなかなか思い当たらないこと。

「も~私、将来歴史の先生になっちゃおっかな? って思うくらい」

 一つ一つの街に一つ一つの歴史があって、おとぎ話にもちゃんと歴史があって。
 そんな事実が無性に嬉しいのだろう。西沢さんは本当に楽しそうだった。

「そういえばミコノスのすぐ隣のデロス島も、太陽神アポロが生まれた場所なんですよ」

 興味深そうに聞いてくれる西沢さんに、自然、僕の口も軽くなる。

「ギリシャは神話の宝庫ですからね。浮かんでいる島の一つ一つにも、神話が隠されているのかもしれませんね」

 「なるほど~」と頷き、西沢さんは去り際こんなことを呟いた。

「じゃあきっとこの海は、この星の神さまが生まれた場所なんだね」




「ていうか、相変わらず高性能だなハヤ太君は」

 シーフードカレー、パスタ、そしてデザートのケーキ。
 三人の表情を見れば、幸いなことに、リクエストにちゃんと応えられたようだ。

「もーあなたたちい、いくらなんでも頼りすぎよ」

 コーヒーを注文しかけたところで、あきれたように、ヒナギクさんがたしなめる。

「いいじゃないか。なーハヤ太君」
「ハヤ太君の作る料理おいしいよー」
「僕は喜んでいただけてありがたいです」

 実際、いつものようなドタバタではなく、客人に料理を食べてもらって喜んでもらえるのだから、三千院の執事としては、大満足といったところだ。
 それでも、ヒナギクさんは納得いかなかったようで、

「ハヤテ君ばかりに働かせるのも悪いから、コーヒーくらい私がいれるわ」

 と言ってくれた。
 断っても悪いし、他にやることがあるような気がしたので、それならとお言葉に甘えると、「カフェオレがいいぞヒナ」と花菱さんからこんな声が飛ぶ。
 お屋敷も、静かというわけではないけれど、単純に考えても人数が倍以上、しかも良くも悪くも元気を持て余している生徒会の三人がいるとなれば、いつもの何倍も賑やかに感じられる。
 だから、と言ったら単なる言い訳にしかならないだろう。
 僕は失敗を犯していた。

「しかしこうして異国の地でみなと会って夜を明かすのも楽しいなナギちゃん」
「ああ。ホントスマブラは楽しいよ」

 一人、モニターから目を離さずナギお嬢さまが答える。
 そう、僕は本来の目的を忘れていた。ナギお嬢さまに友達と遊ぶ楽しさを知ってもらう。そのためにお祝いの会を開いていたというのに。
 みんなが、盛り上がれば盛り上がるほど、ナギお嬢さまのテンションは内向きに内向きに下がるばかり。わずかな期待を込めてハードを見ても、コントローラーは一つのみ。完全にパーティゲームを一人用としてプレイしている。

「ちょっと逆効果でしたかね~?」

 困ったように呟くマリアさん。
 そんな中、花菱さんたちが立ち上がる。

「よし!! ならばナギちゃんのテンションを上げるために……!!」
「私たちがとっておきの花火セットを……!!」
「持ってきてやろうじゃないか!!」

 そう言い残すと、三人は止める間もなく、駆けだしていった。

「いい人たちですね」
「ホントに……」

 ナギお嬢さまにも、もちろん咲夜さんや伊澄さん、それにワタル君という幼なじみがいる。それでも、幼なじみということもあってか、ナギお嬢さまをよく知っていて、逆にナギお嬢さまもよく知っていて、外の世界に目を向けさせてくれるという付き合いではない。そうなれば、ナギお嬢さまの性格上、自然引きこもりがちになってしまうのだけれど、あの三人は、そんなこと意に介さず、踏み込んできてくれる。

「けど、取りにいってこの夜中にここへ戻ってこれるのかしら」

 そういえば、あの三人は、伊澄さんのような方向音痴ではもちろんないけど、ミコノス島の地理に精通しているわけでもない。この暗さとなれば、尚更だろう。
 それなら僕が! と言いたいところだが、情けないことに、僕自身も地理がわからない。ついでに言葉もわからない。となれば、追いかけて行っても、ミイラ取りがミイラにというやつだ。

「しかたありません。私もちょっと一緒についていきますね」

 そんな事情を察してくれたのだろう。マリアさんが、三人を追いかけてくれることになった。マリアさん、すみません……。

「ふんなにが花火だ。そんなもの私は……」
「あの、ところでナギちゃん」

 依然として不機嫌なナギお嬢さまに、西沢さんが話しかけている。

「このお屋敷って、お手洗いってどこかな? ちょっと広くて迷子になりそうなんだけど……」
「は? 言っとくが、ここからだと結構距離があるぞ」

 どうやら、トイレに行きたいらしい。
 ミコノス島は無理でも、屋敷の内部はしっかりと把握済みだ。今度は役に立てる。
 
「トイレが済むまで待っててあげますよ」
 
 そう名乗り出た次の瞬間、僕は西沢さんに肩を掴まれていた。

「デリカシー。この言葉の意味がわかるかな? ハヤテ君」
「あ……はいスミマセン」

 それはそうだ。というか言われるまでもなく気づくべきことだろう。トイレに案内するだけでも欠けるのに、ずっと待っているとなれば、それはもう……。
 スミマセン。
 心の中でもう一度謝っていると、ナギお嬢さまが立ち上がり、案内してやると言い出した。
 今の今まで不機嫌だったお嬢さまが見せた素直さが意外で、考えてみると答えはすぐに出た。いや、出してしまった。しかも口に。

「お嬢さまもずっとトイレに行きたくて……」
「デリカシーって言葉の意味を……体で教えてやろうか?」

 またやってしまった僕を一睨みすると、お嬢さまは部屋を出て、西沢さんはそれに慌てて付いていった。
 ミス、とは連鎖するものなのか、自分の不甲斐なさにため息を漏らしていると、香ばしい香りが漂ってきた。

「さ、コーヒーはいったわよ~」

 僕のミスではないけれど、

「なんでハヤテ君しかいないの?」

 間の悪さすら自分のせいに思えて、少し気まずかった。
 それでも、事情を説明すれば済むことで、その点では幸いだった。
 そんなわけで宙に浮いてしまったコーヒーは四杯。お嬢さまたちはすぐに戻ってくるだろう。つまり、この場にいるのは四人だから人数分ちょうどだ。花菱さん達には後でいれなおすとして、それなら冷めてしまう前に、僕がいただいてもいいだろう。聞いてみるとヒナギクさんも許可してくれたので、ありがたくいただくことにした。
 受け取るとき、ヒナギクさんと指が触れ、それに驚いたのだろうか、コーヒーカップが揺れ、中のコーヒーに波紋が起こる。
 うん、いいにおいだ。
 飲んでみると、味もにおいに勝るとも劣らず香ばしかった。
 
「ヒナギクさんコーヒーいれるの上手ですねー」

 いつかヒナギクさんの家に泊まらせてもらったときの料理もおいしかったけど、これは格別だ。
 
「あ……うん。ウチ両親共々喫茶店やってたから……」

 少し驚いたけど、なるほど、あの気さくなお母さんなら、客商売に向いているだろうし、加賀さんと知り合いだったのも、お母さんと知り合いだったと考えれば納得が行く。

「やーねー、そっちの親じゃなくて、私たちを見捨てた親の事よ」

 あ、またやった。
 空気ががっちりと凍り付いた後、そんな後悔をしても、もう遅い。
 あんなにおいしかったのに、気持ちを落ち着けようと一口すすったコーヒーは、味がしないどころか、熱くも感じられなかった。

「ス……スミマセン。僕またデリカシーのないことを」

 今日何度めかの謝罪を口にしつつ、ヒナギクさんには謝ってばかりなことを思いだし、気持ちは沈んでいくばかりだった。




「いや~けどナギちゃん家は金持ちだね~」
「別にこれくらい普通なのだ」

 用事を済まし、手を洗うハムスターの感想にそう返してやる。トイレの広さに驚かれるのには閉口するし、家自体の広さを誉められても、嬉しくもなんともない。別段、自分で建てたものでもなければ、買ったものでもない。気づけば自分の物だったというだけで、それを誉められる意味が分からない。

「けど……ありがとね」

 ハムスターが口にした感謝の言葉も意味が分からなかった。
 なにが、ありがとうなのだ?

「だって私、町内会の景品を当ててここに来たんだけど、この旅行券の費用ってナギちゃんが出してくれたんでしょ?」

 頼まれたから出した。それだけだったし、直接あげたとかならともかく、出したものをたまたま手に入れただけなのだから、礼を言われてもピンとこない。
 それでも、言わずにはいられないという風に、ハムスターは喋るのを止めない。

「私ね、海外旅行なんて一生縁がないって思ってたの。
 だって私の家はナギちゃんみたいにお金持ちじゃないから。
 旅行に数十万円出すんだったら新しいテレビやパソコンを買った方がいいって普通思うもの」

 私の知らなかった。
 そういう感覚があることを。
 この旅行は、数十万円で、テレビやパソコンもそんな値段であることも。

「けど……来て初めてわかったんだ。
 自分の知らない世界に触れることは……こんなにもワクワクドキドキする事なんだって」

 私は知らなかった。

「だからありがとう。連れてきてくれて……」

 こいつがこんな嬉しそうに笑うんだということを。

「ギリシャ……まだあんまり回ってないだろ?」

 そうだ、ハヤテに罰を与えてやろう。

「そうね~。今日の午前中にパルテノン神殿に行ったくらいかな?」

 私を放っておいて、客へのサービスにかまけていたハヤテへの罰だ。
 二人きりのバカンスは後回しにしてやろう。
 
「だったらこの後の旅行で、少しだけ一緒に……案内してやるよ」

 その間の時間、せっかくだから、コイツ等につきあってやろう。それに、嬉しそうなにやけ面を隣に見れば、知らない世界が見えるかも、しれないしな。

「じゃあ楽しみにしてるね」

 答えるハムスターの声は、やっぱり楽しそうだった。

「あれ? ところで広間ってこっちじゃないの?」

 伊澄じゃあるまいし、方向音痴が知り合いに二人もいたんじゃたまらない。
 そこは、

「宝物庫だ」

 夜風のせいか、少しだけ、寒気がした。













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