しっぽきり

 トルコを発ってギリシャに向けて、北へ北へと進路をとる旅客船。
 
「なに考えてたの? ヒナさん」

 その甲板。船が切り裂いていく心地よい空気にそう言葉を乗せる歩さんに、ヒナギクさんは応えました。

「ナギたちも……この星を見てるのかなって……」

 先にミコノス入りしているクラスメート達のことを考え、彼女達に会うごくごく近い未来に顔をほころばせるヒナギクさん。
 雲ひとつない夜空には、綺麗に星が瞬いています。

「あたしも!!」
 
 そうクスッと笑う親友が、自分と同じ事を考えていたであろうことをどこか確信していたヒナギクさん。ですが、次の言葉は予想していませんでした。いや、予想しないようにしていたのかもしれません。

「ハヤテ君にも、早く会いたいね」

 ミコノス島にハヤテ君がいることはヒナギクさんも聞いていました。島に着けば、知っている仲。じゃあ会いましょう的な流れになるのは目に見えています。その時、自分がどんな反応をするのかは、

「え……あ……うん」

 この通り。
 ヒナギクさんは、ハヤテ君と会えるのは嬉しいけれど、なんだかその態度も素直に表に出すのもなんとなく気恥ずかしい、負けず嫌い。

「そ……そうね」

 歩さんが隣で得意げに笑っていようと、船室からの明かりけでも分かるぐらい顔を真っ赤にせざるをえません。
 
「けど、この旅行にきて初めてじゃないかな? こうして二人きりでゆっくり話すの」
「ああ……そういえばそうね」

 もう解放とばかりに、笑顔を切り替えた歩さんの笑顔にホッとしつつも、自分のクラスメートである三人を思い浮かべヒナギクさんは謝りました。

「ごめんね……せっかくの旅行なのに色々騒がしくして」

 三人のはしゃぎぶりを拝むように謝るヒナギクさんでしたが、幸いなことに歩さんは「仲良くなれてとっても楽しいよ」と、むしろ喜んでくれているようでした。

「昨日の夜なんか衝撃の事実を知って、もードッキドキだったし……」
「衝撃の事実?」

 一昨日なら、泉のキスがどうって話があったけど。怪訝なヒナギクさん。そういえば自分は、昨日早々と寝てしまったなと思い出しつつ聞き返すヒナギクさん。

「理沙さんの事」

 自分達の中では、一番背の高い少女。
 どこかつかみどころのない少女、彼女がどうかしたのか。
 小首を傾げるヒナギクさんに、歩さんが彼女の口真似をして、衝撃の事実を語りました。

「ま……とはいえキスくらい私はした事あるんだけどな」

 キス?
 魚のキスかと現実逃避しようとしましたが、泉さんのキス話を思い出してしまった以上、文脈的に口付けのキス以外にありえそうにありません。
 
「その時、ちょうどヒナさんが起きて、ハンバーグなら食べるって――」
「いや、それはいいから」

 今度は、寝ぼけたような口調で自分の真似を始めかけた歩さんを制止すると、ヒナギクさんは話の続きを促しました。
 理沙さんが男の子と付き合っているなんて聞いたことのないヒナギクさん。
 ――泉みたいに小さい頃の話、よね?
 
「いや? ここ二ヶ月ぐらの出来事だけど」

 ヒナギクさんの脳裏に浮かんだ思いと、同じ質問をぶつけられても淡々と動じずにそう答えたというのです。
 四六時中一緒にいるわけではもちろんありませんが、それでもキスをするような仲の人がいたなんて知らなかったヒナギクさん。

「身近にいても、意外と知らない事ってあるのね……」

 呆けたように呟くヒナギクさん。
 友人が自分よりも何歩と進んでいたという事実にショックを受けていたせいか、同意していた歩さんの微笑がイタズラめいたものに変わったのを気付けませんでした。

「けどヒナさんは、ハヤテ君とキスしたいのかな?」

 俯いていた顔を上げ、いきなり爆弾を投下してきた歩さんに「何をいきなり」と抗議するヒナギクさん。ですが、抗議が実ることはなく、更に追加の爆撃。

「ヒナさんって……なんでハヤテ君のことがスキなのかな?」
「な……!! なんでって!!? 何をいきなり!!」

 同じ言葉を繰り返し再び抗議するヒナギクさんですが、結果は今度も同じ。二人きりじゃないと聞けないと質問を撤回してくれる様子はありません。

「正直その、私が言うのもアレなんだけど……」

 笑顔を消し、どこか気まずそうな歩さん。
 どうも、本当に聞きたいことらしい。
 ヒナギクさんは、歩さんの言葉を聞き漏らすまいと耳を澄ませました。

「あの白皇の生徒会長になるような人とハヤテ君ではその……バランスが悪いっていうか」

 事実とはいえ面映くはありましたが、仮にも片思いどころか告白までした歩さんがそう言うと、

「ホントあの人立つ瀬がないわよ」

 そうは言ってみたものの、歩さんとは違う意味でハヤテ君と自分のバランスが悪いことは自覚していました。
 どことなく頼りない印象のあるハヤテ君と、何かにつけては男勝りだなんだと言われる自分。
 それなら何で好きになったんだろう?
 あの日、時計塔での二人の夜以来、何度となく自分の心に問いかけてきました。
 今ある場所を肯定してくれた時か? 自分と似た過去があると知った時か? あの旧校舎で助けてくれた時か。
 考えてみましたが、どれも違いました。
 何かあるごとに感情は大きくなって、濃くなっていきましたが、感情が生まれた瞬間はそのどれでもありませんでした。

「絶対言わない?」
「はいはい」

 何度も何度も夜のベッドの中で、しどろもどろになって探した、自分の心の中にあった答えは、

「だから……その……一目惚れよ……」
「はー……」
 
 強く口止めすると、親友は困ったように笑って言わないことを約束してくれました。

「けどそっか……一目惚れか――そりゃまあ、不幸にもなるわなぁ~ハヤテ君……」

 満天の星空を見上げながらの親友の呟きはヒナギクさんには理解できませんでした。

   
 
 
 
 一目惚れで好きになったけど、告白はしない。
 ――負けず嫌いにも程があるんじゃないのかな?
 それでも聞いてみれば、本人曰く、負けず嫌いじゃなく、

「ただちょっと、くやしいっていうか……」
 
 なのだそうですが、その答え自体が負けず嫌いであることを認めたくない負けず嫌いな発言であって、
 ――やっぱりヒナさんは負けず嫌いなんじゃないかな?
 と、苦笑しつつも、可愛いなと思う歩さん。
 そんなこんなで、船はミコノス島に着いていました。
 陸地へのタラップを降りながら「絶対にハヤテ君にスキだって……言わせてみせるんだから!!」と負けず嫌いをこじらせている恋敵に、その前に自分が口説き落とすと反撃しつつ、二人は無事船旅を終えました。
 心地よい意地の張り合いに笑いながら、石畳の上を歩いていると、誰かが歩さんたちのほうに近づいてきます。海外旅行は始めての歩さん。外国人に話しかけられることを想像しちょっと体がこわばる思いでしたが、かけられた声は日本語でした。
 
「あれー? 西沢さんじゃないですか」

 しかも自分の名前を呼んで来ます。顔を見れば、

「ハ!! ハヤテ君!!」

 隣にはナギお嬢さま。
 なんでここにと咄嗟に口走ったものの、答えは聞くまでもありません。

「旅行で……ですけど」

 そういえばそうでした。そんなことはさっき船で話していたこと。が、望んでいたとはいえ、いきなり会うと慌ててしまうもので、すっかり吹き飛んでしまっていました。
 そして、一つ疑問が解決すると代わりに心配事が生まれました。

「ていうかハヤテ君……今の話聞いてた……?」

 ハヤテ君のことが好きだのどうのというお話。自分が好きだということを知られる分には構いません。というか既に告白済み。それでも、今は様子見の日和見中なので、なるべくなら決定的な答えを迫られる芽は潰しておきたいですし、ましてやヒナギクさんのハヤテ君への好意が知られては大変なこと。ヒナギクさんがハヤテ君が好きなことを知られてしまったら――知られてしまったら、それはそれで自然なことのような気もしますが、ヒナギクさんの意志が台無しになってしまうので、とにかく避けなければなりません。

「へ? 今の話って……? 何か面白い話でもしてたんですか?」

 どうやら聞いていなかったようで一安心。自爆で急展開ルートは回避できたようです。

「じゃ!! まぁそういう事で旅行楽しめよ。行くぞハヤテ」

 この場にいるもう一人の負けず嫌いverHIKIKOMORIが不機嫌に言い残して立ち去ろうとします。
 しかし、歩さんはそれを許しませんでした。

「待ちたまえ!!」
「えーと、あー、西沢さんでしたっけ? 何か私にご用ですか?」

 歩さんの制止に、急に他人のフリをし始めたナギお嬢さまですが、今日の歩さんはヒナギクさんイジリの勢いでSモード。
 ミコノスがどれぐらい広いかとか、遭遇率は別として、この広い世界でGWの旅行先をミコノス島に選んで出会えた奇跡は大事にしなくてはならない。歩さんの使命感が燃え上がりました。

「せっかくこうして、はるか異国の地で再会したんじゃない。
 だったら、なんというかもっとこうお祝い的な事を……」
「行くぞハヤテ」

 ところがナギお嬢さまはあくまでも冷淡でした。
 ハヤテとの二人きりプラスワンのバカンスが、ゾロゾロと見知った顔の登場で崩れかかっているところにハムスターとヒナギクにまで来られてたまるかと不機嫌なナギお嬢さまですが、もちろん歩さんはそこまで心を読めませんし、読めたところで、はいそうですかと引き下がるつもりもありません。むしろ邪魔したい。
 なので、どんなに会ったことが不運だとかなんだとか言われても、バイトで先に着替えをしていたという理由で、先輩風を強烈に吹かして歩さんはナギお嬢さまの後をついていくのでした。






「あの、紅茶かコーヒーでもおいれましょうか?」
「あー、いやお構いなく」
「おねしょしたら困るもんな、寝ぼすけさん」
「しないよ、そんなの。それより、先に寝たら仕返しするからね」
「お前じゃないんだから、そんなヘマしないよ」
「それに、そんな宣言してる時点でなぁ、美希さん」
「ああ、所詮いじられ好きの負け役の台詞だな、理沙さん」
「も~!」

 ナギお嬢さまからハヤテ君を発見したと連絡を受けて、とりあえず一安心、別荘に戻ったマリアさん。そんなマリアさんを待っていたのは、ナギお嬢さまのクラスメート、泉さん・美希さん・理沙さんでした。
 話を聞いてみると、フラリと遊びに来たとかで、とりあえず立ち話もなんですからと、ナギお嬢さまが帰ってくるまで上がってもらうことにしました。
  
『だからなんでついてきてんだよ!!』
『いいじゃいちょっとくらい! 同じバイト仲間でしょ!!』

「おっ、お嬢さまのお帰りみたいだな」
「でも、あの声」
「みんな勢ぞろいというわけか」

 外から聞こえた叫び声は、間違いなくナギお嬢さまの声。続けて聞こえた声もマリアさんは聞き覚えがありました。回数は少ないけれどたしかに聞いたことのある、それもごく最近。
 思い浮かんだのは、可愛らしい少女の顔。ハヤテ君の元クラスメイトにしてナギお嬢さまの現同僚、西沢歩さんでした。
 程なくして扉は開き、思ったとおりハヤテ君とナギお嬢さま、歩さん。そして、歩さんと一緒に来たのでしょう、ヒナギクさんもいました。
 一気に賑やかになった室内ですが、ナギお嬢さまのテンションはガタ落ち。
 ――ハヤテ君と二人きりになれると思ってたんでしょうね。
 苦笑しつつ、察したものの、三人が帰る様子は、

「はっはっはっテレるなテレるな!! 我々は同じ動画研究部の仲間じゃないか」
「仲間になったおぼえはないわ!!」

 ありません。
 動画研究部という単語に、このネット時代、今もあんな画像やあんな動画がネット上を駆け巡ってるんじゃないかと、嫌なことを思い出すマリアさん。そんなマリアさんの思いも過去も、知りようがないハヤテ君がこんなことを言い出しました。

「せっかくみなさん集まったわけですから、お祝いでもするのがいいかもしれませんね」

 快哉をあげる理沙さんと、憮然とするナギお嬢さま。
 ナギお嬢さまが自分をどう思っているかはともかく、この場で何を望んでいるのかは察しているであろう筈のハヤテ君がそんなことを言い出したことに驚くマリアさん。そんなマリアさんにお祝いをしていいかと許可を得ようとハヤテ君が近寄ってきました。
 ハヤテ君も手伝ってくれれば簡単な料理はすぐ準備できるし、さして問題はありません。
 ですので、許可を出しつつも、そんなことを言い出した理由を問うと、ハヤテ君は、一つ頷いてから喋りだしました。

「お嬢さまがすぐ引きこもろうとするのは……友達と遊ぶ楽しさがあまりわかっていないからだと思うんですよ。
 だからお嬢さまの執事として僕が、このリゾートで、みんなで仲良くすることの楽しさを教えてさしあげないと。
 そうじゃないと……あの星空から見ている人が、また心配してしまうから……」

 そう語りハヤテ君は、着替えるために自室へ戻ってしまいました。
 
「みんなで仲良く……か」

 ポツリ呟いてみて、自分にはそんな存在がいただろうかと考えると同時に、なんとなくイヤな、厄介なことが起こるような気がしたりもして、マリアさんの心配事はなくならないのでした。












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2009.02.27 12:33 | 360度の方針転換