しっぽきり

「あ!! 流れ星!!」

 紫子さんに言われナギお嬢さまが見上げると、たしかに夜空に一筋光が流れていきました。

「なにかお願い事はした?」
「しないよ~
 だいたい流れ星なんて宇宙のゴミが大気圏で燃えただけだろ? それか人工衛星かもしれないじゃん」

 早熟の天才ナギお嬢さまは、星に願いをなんてお年頃すでに経過済み。
 紫子さんに夢のない子とか、誰が育てたとか言われても、動じはしません。
 そんな聡いナギお嬢さまに、紫子さんはこんなことを言いました。

「毎日、一生懸命お願いすれば、一つくらいは叶うかもよ」

 星にお祈りなんて非科学的なことに、根気を見せる紫子さんに呆れ気味のナギお嬢さまですが、呆れることは他にもありました。

「寒くなってきたからあったかい肉マンが食べられますように。
 寒くなってきたからあったかい肉マンが食べられますように。
 寒くなってきたからあったかい肉マンが食べられますように」

 その情熱をお母さんがムダ使いすることです。そもそも肉マンなんてコンビニで一〇〇円程度のもの。それに、大切な星の願いを使うだなんて、信じてないとはいえ力のムダ遣い。
 そう訴えるナギお嬢さまですが、紫子さんはナギお嬢さまの肩にストールをかけて笑いました。

「大丈夫よ」

 紫子さんの体温が移ったストールは心地よく夜風を遮ってくれました。

「ムダ遣いしてもいいように点店大事なお願いはこれからも、お星さまが困るくらいたくさんするから。
 さ……帰りましょ」
 
 手を握る母親の言葉にナギお嬢さまは、大きく頷きました。
 




 思い返してみれば、紫子さんはいつも星を見ていて、そしてナギお嬢さまもいつもその側にいました。
 







 マリアさんが、ハヤテ君の厄介事へのエンカウント率から現状を察して街を探し回っている頃、そして過去でマリアさんの推察通りにハヤテ君が厄介ごとに巻き込まれている頃。
 ナギお嬢さまもマリアさん同様ハヤテ君を探し回っていました。

「まったく!! なにがヌーディストビーチだ!!」

 怒りながら。
 いくらハヤテ君とはいえさすがにヌーディストビーチになんかには行くまいというナギお嬢さまは願っていました。
 それに、メイトの一八禁スペースでも刺激が強すぎるのにヌーディストビーチとなると、戦力差を直視しなければならないことも含めて、ナギお嬢さま自身も行きたくはありません。
 そんなわけで、小さな歩幅でノシノシと街を歩き回るナギお嬢さま。しかし、マリアさんがポツリと言っていた、ハヤテ君がナギお嬢さまのことを嫌いになったかもという台詞が離れません。
 
「いやいや、そんな事はない!! 私とハヤテはいつだってラブラブなのだ!!」

 そう、出会ってから、一目ぼれで告白してくれた人間が、ラブラブでないわけはありません。
 思えばハヤテ君と出会ってから四ヵ月。
 色々なことがありました。
 変なロボットから守ってくれたり、一緒に遊んだり、旅行をしたり、お母さんのお墓参りをしたり。
 どれをとっても温かい――
 裸を直視されたり、捨てキャラの園芸道娘といちゃついてたり、伊澄さんと抱き合ってたり、普通の子となんかいい感じになってるようななってないような。
 ――イラッ☆とする思い出でした。
 そう、真意はともかくとして、幸福の吸引力は皆無なのにハヤテ君の女性への引力は並外れたものがあります。
 このミコノス島でも一人きりになったハヤテ君はその引力を存分に発揮しているに違いありません。
 対象として考えられるのは、

「あのクラスの女どもの所に行ったに違いない!!」

 あの三人組でした。
 ハヤテ君はギリシャ語が分かりません。となれば、候補は日本語の使えるあの三人。
 聡明なお嬢さまは、三人組がフト漏らした宿泊場所を覚えていました。
 それならば踏み込んで邪魔をするのみ。
 ナギお嬢さまは覚悟を決めました。
 憤怒は、逆にナギお嬢さまの神経を研ぎ澄ませました。
 一歩一歩、小さな歩幅を目一杯に伸ばして、三人が泊まっているホテルに迫っていきます。
 小悪党なあの女どものことだ。ハヤテが純朴なことをいいことに、たぶらかそうとしているかもしれない、いやそうに違いない。
 そして、ナギお嬢さまの足を止めました。 
 ――ここがあの女どものハウスだな!



「おかーさん、あと五分……あと五分だけだから」

 ランチに誘う二人をよそに、ムニュムニュと泉さんはそんな寝言を口にしました。
 アテネでぐっすりだったのに、移動の疲れとかファーストキスについて問い詰められたりで疲労が貯まっている泉さんは夢の世界。
 天使のような寝顔を見せる泉さんに、優しい二人は寝かせてあげることにしました。
 そして、どこまでも優しい二人は、泉さんの手間を省いてあげようとメイクも施してあげました。猫髭と伝統の肉マークで。

「ハヤテはここかー!!」

 さて出かけようかと準備を始めようとした二人の耳を打ったのは、ナギお嬢さまの怒鳴り声。
 下に行くと、声のように激怒しているナギお嬢さま。
 
「ここにハヤテがこなかった!?」

 自らの執事がどこにいるかを問うてくるナギお嬢さまに、二人は顔を見合わせました。
 一瞬の沈黙の後、アイコンタクトが成立しました。



「そういえば泉もいない!!」
「そういえばさっきこっそり出ていった気がする!!」

 ナギお嬢さまは、思いました。
 ――まさか、あのいいんちょが!?
 小悪党的な三人組の中でも、天然ゆえの悪っぽいところがある泉さんがハヤテ君をたぶらかしているとは、にわかには信じられません。

「もしかしたら二人で……!!」
「浜辺にチューでもしに行ったのかもしれない!!」

 ――チューだと!?

「ああ。ここ数日間の話を総合するに……」
「泉はものすごくえろえろな女だったのだ!!」

 ナギお嬢さまも泉さんが、ドM気質っぽいところはなんとなく察してしました。
 しかし、そんな泉さんがえろえろとは、

「そりゃあもぉひとたび男を部屋に上げると無防備を装い下着姿になり……」
「もぉそっからは泣かすやら燃やすやらのやりたい放題……」

 つまり普段の姿は、いじめられるの大好きっ子を装う擬態、見えないところではその反動でえろえろ。
 やりたい放題するからこそ、普段やりたい放題されるのを甘受しているのかもしれない。
 そう考えれば納得できます。
 まくしたてる二人にお嬢さまが、疑念を確信に変えようとしたその瞬間、

「してるかー!!」

 噂の泉さんが、オールで二人の頭を打ちました。

「そんなこと全然してないよーだ!!」

 必死に否定する泉さんですが、旗色が悪くなったを何らかの手段で知り、あたかもハヤテ君とは会ってもいないと言わんばかりに乱入。ナギお嬢さまが納得して引き下がったら、ハヤテ君とまた逢引を続けるのかもしれない。二人が言っていたことを考えれば、それぐらいの策を弄しても不思議ではありません。

「ね!! ナギちゃんも私がそんなことしてないって……信じてくれるよね!?」

 しかし、ナギお嬢さまは泉さんの言葉を信じることにしました。
 その理由は、泉さんの訴えるような純粋な瞳、ではなく肉と猫髭メイクでした。



 結局、諦めた二人もハヤテ君を見かけていないことを白状しました。
 つまりは、本当に突然いなくなってしまったのです。
 日が暮れた街をトボトボと歩くナギお嬢さま。
 そういえば、前にもこんな気持ちで街を歩いたことがありました。 
 
 過去でも未来でも……僕が君を守るから……。

 ずっと昔、ナギお嬢さまが今より小さかった頃、マフィアから命を救ってくれた少年。そういえば、彼も突然いなくなりました。
 奇妙な運命を感じつつも、ナギお嬢さまは、ずっと昔に交わした約束を頼りに、彼が突然いなくなってしまった場所へ、浜辺へ向かうことにしました。
 夕暮れのビーチには、人気がありませんでした。

 一緒に星を見にいきましょう。

 その時、少年はそう言ってくれました。
 でも、思い返してみれば、あの時のナギお嬢さまは自分でも思うぐらいに、ワガママな子供でした。だから、本当は自分と一緒にいたくなかったのかもしれません。
 浜辺にウソツキと恨みを描いてみても、心の中に描かれるのは自分への軽い嫌悪。
 あの頃と、どれぐらい違うのだろう?
 自分が変われたかどうか、ナギお嬢さまには自身がもてませんでした。
 だから、ハヤテ君もいなくなったんじゃないか?

「ハヤテ……」

 最初の声は、自分の耳にも届きませんでした。

「ハヤテ……」

 会いたい人の名前が、波の音にかき消されました。

「ハヤテ――!!」

 とうとう叫んだ声も、夕日にと赤く染まる海に吸い込まれていきました。
 疲れたのか、腰を下ろしたナギお嬢さま。
 どんなに待っても、どれだけ呼んでもハヤテ君は来てくれません。

「ふんだ……ハヤテのバーカ……」

 自分が悪いのにそんなことを言うから嫌われるんだ。
 そう自己嫌悪しながらも、言葉は止まってくれません。

「バカバカバ―――……」

 そこでナギお嬢さまは、叫ぶのをやめました。
 人の気配に振り向けば、そこにいたのは呆然と麦わら帽子を抱えるハヤテ君。

「ハヤテ!!」
「!? お嬢さま?」

 お互いがなぜここにいるのかを問いあう二人。
 お前を探していたとは、恥ずかしくて言えず、自分のことをなんとかごまかすナギお嬢さま。

「ところでお嬢さま。僕さっき不思議な体験をしたんですよ」

 小首を傾げるナギお嬢さまにハヤテ君は白昼夢だったかもしれないと、自分でもその体験のことを上手く口に出来ないようでした。
 白昼夢に思えるぐらいに不思議な、非科学的なこと。

「それはきっと……誰かが星の力を使ったんだろう」

 星の力という言葉に、どこか訝しげなハヤテ君に、彼がかぶせてくれた、どこか懐かしい麦わら帽子をいじくりながらナギお嬢さまは言いました。

「流れ星に三回願いを言えば願いが叶うって……そういう魔法をどこかの誰かが使ったんだろ?」

 どこか遠くの、母の星から、自分のいる星に飛んできた流星に思いをを託せば願いが叶うように、そんな不思議なことがハヤテ君の身に起こっても不思議ではありません。
 星を見上げるナギお嬢さまは、ハヤテ君の目が大きく開かれたことに気付きませんでした。

「きっといつも星空を眺めていた人が……祈るように願っていたんだろう」

 自分の母親がそうだったように。

「時間を飛びこえてでも守ってやれってですか?」

 呟くハヤテ君。
 何を言っているのかよくわからないナギお嬢さまに、ハヤテ君は微笑みかけました。

「けど、何も言わなくても……お嬢さまには、全部伝わっている気がします」

 飛び越えた時間、弾痕のある麦わら帽子、そして守ってやれという願い、ハヤテ君の微笑み。

「……そうだな」 
 
 麦わら帽子を目深に被ってナギお嬢さまは頷きました。

「これからの未来もヨロシクな!」
「はい! ヨロシクお願いします」

 ナギお嬢さまはハヤテ君と約束し、そして、同じ事を星にお祈りしました。












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ハヤテのごとく!212話【あの星に願うように、祈るように】畑健二郎
 回想で星に願いをかける三千院母娘。ナギを育てたのは紫子だと自他共に認めているらしいのに驚いてしまった。乳母とか本当にいないのか。育児放棄の橘美琴にゆっきゅんの爪の垢を煎じて飲ませるべし(悦びそうである)。  しかし、ナギの知識まで紫子から来ているとは...

2009.02.20 12:32 | 360度の方針転換