しっぽきり

 飛行機には格差があるそうです。
 庶民は三万円のエコノミー。
 金持ちは一五万のビジネス。
 富豪は三〇万のファーストクラス。
 超富豪であるところのナギお嬢さまは、自家用ジャンボジェットでした。 
 なんでも、ミコノスの空港に直接乗り入れられるそのジャンボジェットの内部は、大型のワイドテレビだとか広々としたソファーだとか、観葉植物というよりは軽い密林みたいな植物があるわで、エコノミー症候群とは無縁そうなくつろぎ空間。
 初めての飛行機がこんなので、軽く感覚が狂いそうになるハヤテ君は思わずため息。
 なんでも、これならミコノスの空港に乗り込めるし、普通の飛行機に乗るのも自分を狙った誘拐やらハイジャックやらがあるから気詰まりなんだとか。
 それを聞いて、ナギお嬢さまが狙われる立場の人なんだと、改めて実感し、海外旅行に浮かれていた自分を戒めました。
 三千院家の執事として僕がお嬢さまをお守りしなくては!!
 そう決意を固めるハヤテ君ですが、守るべき対象であるはずのナギお嬢さまはこんな一言。

「お前、旅行中は別に執事服、着なくていいからな。バカンス中は好きにしていいぞ」

 驚き理由を聞くと、ミコノスはもう何年も大きな事件のないものすごく安全で平和な島だから大丈夫だというのです。
 イタリアマフィアがいたらしいのですが、それも今は昔。ハヤテ君が執事として、ナギお嬢さまを守る必要はないそうです。
 なにより、

「これはバカンスなんだから」






 ネット上の百科事典は言いました。
 バカンスはロマンスが生まれやすい。
 文字が似ているとかじゃなく、開放感に溢れるからとかそんな意味合いで。
 下田への旅行が、墓参りが主目的だったり、色々と邪魔が入ったり、新幹線から途中下車かましたり、宇宙旅行かましたりしたので、バカンスムードはかもせませんでした。
 しかし、今度は海外。
 誰の邪魔も入らない完全無欠のバカンスモードです。
 あの夢のごとく、抱きしめられたり、顔を近づけあったり、それ以上とかも、ハヤテ君が望むならやぶさかではありません。
 そんな妄想に身をくねらせていると、そのハヤテ君が叫びました。

「見てくださいよお嬢さま――エーゲ海が見えてきましたよー」

 その声に窓際に移動したお嬢さまの視界に飛び込んできたのは、見慣れた日本の海の青とはまた違う青い水面。
 ハヤテ君には新鮮さを、ナギお嬢さまには懐かしさを覚えさせるエーゲ海。
 多少の感慨があっても、感動とまではいかないナギお嬢さまですが、

「けどほんと……ありがとうございます、お嬢さま」
「へ?」

 四ヶ月前、全てから見放されていた自分を旅行に連れてきたことについて、

「これも全部お嬢さまのおかげです。
 本当に……ありがとうございます」

 とお礼を言うハヤテ君の言葉と笑顔には、胸をドキッと言わせるしかありませんでした。
 そして、こう確信しました。
 こんなに自分のことが大好きなハヤテ君と、海外で、リゾートで休日。結ばれるのが必然! これぞ運命のゴールデンウィーク!!



 そして、お嬢さまを待ち受けていた運命は、

「あーやっぱりハヤ太君たちだー!!」

 空港でクラスメイトとバッタリという運命でした。GW二回目のクラスメイトとの遭遇。
 二人きりのリゾートのはずなのに、無邪気に踏み込んでくるクラスメイト。美希さんと理沙さんにいたっては、

「やはりこれは運命だな」
「うん。運命だな」

 などと軽々と運命という台詞を言い出す始末。
 ハヤテ君にすがりたいところですが、そのハヤテ君は会話中。

「そういえば瀬川さんたちだけなんですか?」
「ううん。さっきアテネでヒナちゃんたちの船を見送ってきたから夜にはくるよ」

 増援まで来る?
 お嬢さまは更なる衝撃を受けました。
 更に増える。そのことも不愉快でしたし、なにより、ハヤテ君の反応も不愉快でした。

「わーそれは楽しみですねー」

 楽しみ? 何が、楽しみなんだ?

「なんかこんな所で会えるなんて……みなさんと運命を感じちゃいますね、お嬢さま」

 たまたま、偶然会っただけで、軽々しく運命を口にする。

「運命をバカにするな――!!」

 そんなハヤテ君に、お嬢さまはプツン。
 とりあえず、旅行カバンをぶつけて怒りを露にするのでした。



「うわー!! これがエーゲ海ですかー!!」

 空港を出て、別荘についてからもナギお嬢さまの機嫌は直りませんでした。
 あの三人に出会うまでは耳に心地よかったハヤテ君の嬌声も、今は耳障りで仕方ありません。
 
「ほらお嬢さまも早く早く!! 海スゴくキレーですよ~」
「私のノートパソコンのクリアブラック液晶もキレーだからいい」

 大手ニュースサイトでニュースをチェックしつつ、あしらいました。
 そう、テンションを上げる理由なんて一つもありません。
 開放的に二人きりになれる天国だったはずのミコノスは、いまやクラスメート達と自分をライバル視してくるハムスターやらと、ちょっといいムードになったところで乱入されるかもしれない窮屈な地獄に変わってしまったのです。
 だから、ハヤテ君に幾ら誘われようが外に出るなんてもってのほか。引きこもりのプロとして、リゾートでも引きこもり道を貫き通すのみ。このままオンラインゲームにでも洒落込んでやろうか。
 そう考えていたナギお嬢さまですが、

「ああ……お嬢さまと一緒に楽しくリゾートを満喫したかったなぁ~」

 とため息をつき、膝を抱えて旅行本の前に座り込むハヤテ君に、その態度を保つのは困難なことでした。

「ああもうわかったよ!! ちょっとだけだぞ!!」

 そう、バカンスだからといって焦る必要なんてなかったのです。
 ハヤテ君はいつでも自分と一緒にいてくれるのですから。昔、このミコノスで会った、約束破りのウソツキなんかとは違うのですから。
 


 そんな人間がいたことをハヤテ君に話したりしているうちに、風で帽子が飛ばされて、それを追いかけたハヤテ君が、

「どこに行ったのだハヤテは!!」

 迷子になってしまいました。
 そんなわけで再びご機嫌斜めなナギお嬢さま。
 飛ばされた帽子を拾いに行っただけで迷子だなんて、いくら海外とはいえ考えられません。
 そんなナギお嬢さまを、バカンスだから好きにしていいと言ったんだからとなだめるマリアさん。
 たしかに、あのハヤテ君のことですから、心配はないでしょうが、それにしてもとお嬢さまが憮然としていると、マリアさんがこんなことを言い出しました。

「私たちと一緒にいるのが……よっぽど嫌だったんですかね~」

 一瞬で、まるで神隠しにでもあったかのようなスピードでいなくなってしまったハヤテ君。とはいえ、自分のことが大好きなハヤテに限ってそんなことはありえない、と言い切ろうとしたナギお嬢さまですが、振り返ってみると、身体能力の差を軽く覆して色々とボコボコにした記憶が蘇ってきます。
 
「まぁ私たちと遊ぶより、瀬川さんたちと一緒の方が楽しいのかもしれませんね~……」

 ――今までのことを振り返れば、たしかに自分はわがままに振舞ってきたのかもしれない。そんな自分よりも、他の女といたほうがハヤテは楽しいのかも。
 自嘲的な気分になり涙ぐむお嬢さまでしたが、そんな気分はすぐに吹き飛んでしまいました。

「もしかしたら瀬川さんたちとビーチに行ったのかもしれませんね」
「……ビーチ?」
「ほら、あったじゃないですか。パラダイスビーチっていう……ヌーディストビーチが」

 ヌーディスト、裸。
 純朴なハヤテ君が、開放的なリゾートでそんなものを見たら――ナギお嬢さまは、ハヤテ君を探すべく、止めるべく、走り出すのでした。

「ちょっと、お灸が効きすぎたのかもしれませんね……」

 自分だけで都合のいい想像をして盛り上がり、自分だけでそれが上手くいかないと凹む。そんなナギお嬢さまに振り回されるハヤテ君を不憫に思い、嗜めるはずが、ナギお嬢さまを変な方向に刺激してしまったことに言葉の難しさを感じつつ、マリアさんはナギお嬢さまを追ってビーチへの道を小走りに辿り始めるのでした。












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