しっぽきり

 勝てば現状維持、負ければ連れて行かれたり剥かれたりと、金銭面以外はなんとなく割りがあわない感じの勝負もいよいよ大詰め。
 スコアは美琴さん九三万、サキさん五一万。単位が円で、場内のアメリカ人はどれぐらいの額か実感に乏しいものの、とりあえず一〇〇万になれば勝ちらしいし、何よりバニーさんが美味しいので、その熱狂は留まるところを知りません。
 なんとか差を詰めたものの、相手は一〇〇万円寸前。美琴さんが、堅実にポイントを増やし続けていること、そして、本人曰く根本的に運の量が違う、とあっては事態は悪化しているとすら言えます。
 現状に焦るサキさん。咲夜嬢もその認識は同じ。というよりは、さらに深刻に受け止めていたようで、次に取れなかったら負けとすら言います。
 美琴さんは、二万ずつ張って五倍以上のところを、四回に一回当てている。そして、さっき二回連続で外している。そう考えれば、あと二回張れば一回当てる。
 にわかには信じられないことでしたが、美琴さんは、自分には可能だと目を細めます。
 ジワリジワリと心を蝕むような美琴さんの攻め方に、いよいよ追い詰められてしまったサキさん。
 ここで負けてしまえば、ワタル君は美琴さんとアメリカ住まい。そして、自分は退職。ワタル君とは他人になってしまいます。
 そこまで追い詰められたとき、サキさんの中にふと疑問が浮かびました。
 なぜ、数年間も放っておいたワタル君と美琴さんは暮らそうというのか?
 そのまま質問をぶつけてみると、美琴さんは語り始めました。


 美琴さんには、昔、崇拝していた人がいた。
 眩しいばかりに輝く笑顔。いるだけで、包み込むように場を和やかにしてしまうような人。
 不器用で、体が弱いところはありましたが、それですらその人の可憐さを際出せているように、美琴さんには思えました。
 神様に、全てに愛された人。
 そんな彼女は、ある日、ただ一人を愛するようになりました。
 崇拝していた人の結婚。自分のものではなくなってしまったその人。
 本当に大好きな人の結婚。
 美琴さんには、それを祝福することなんてできませんでした。
 行き場をなくしてしまった愛情への哀れみか、ただの意地だったか、だから美琴さんもその人と同じことをすることにしました。
 自分のものではなくなってしまったおその人に、負けないくらいに幸せだと言いたい。そのためには、相手に選んだ陽一さんは、その時の美琴さんには、それを達成するためにちょうどいいように感じられました。
 それから数年経ったある日、その人の娘と同い年の男の子をあやしているとき、電話がなりました。
 その人はいなくなってしまった。
 美琴さんの世界は、真っ暗になりました。
 黒く塗りつぶされてしまった世界では、そのときまでにすっかり色あせてしまっていた陽一さんからも、ワタル君からも、美琴さんは何の色も見出すことができませんでした。
 
 更に数年経って、再会したとき、ワタル君はすっかり大きくなっていました。
 これぐらいにまで大きくなったのなら、私もあの頃のように――
 
 そして、思いました。
 家族の絆とやらを取り戻すのも悪くはないのかもしれない、と。

 

「なんなら陽一君を入れてあげてもいいわ。
 家族三人……アメリカで一緒に暮らさない?」

 美琴さんは譲歩し、そう提案しました。
 ワタル君、美琴さん、陽一さんが三人一緒に暮らす。普通に考えれば、それが自然だということはサキさんにも分かっていました。そして、勝ってもいいと言ってはくれましたが、ワタル君は、美琴さんのことが嫌いではありません。
 観念したように目を閉じたサキさんの耳を打ったのは、
 
「――ていうか……テレ東のない国で暮らせるかっつーの」

 サキさんが、そして美琴さんが、何を言っているのか分からずに目を見開きました。
 ググると「他のキーワード」で「テレ東 アニメ」が出てくるテレ東、一日の三分の一はアニメに突っ込んでるようなTOKYOMX、「日本の文化? アニラジとライオンズだろ」と声高に主張する文化放送。
 そのどれもが、ワタル君に必要不可欠なものでした。
 あと、こだわり的にもビデオ店の店長的にも、笑ったり管ったりすることなんて邪道でしたし、深夜にやんごとなき掲示板の同志たちとライブで楽しむことも、捨てられそうにはありません。

「人のそうゆう楽しみに、いちいちゴチャゴチャ言ってくる家族となら……とっくの前から一緒に暮らしてるっつーの」
 
 サキさんの隣で、そう言ってくれた少年は、照れ隠しが憎まれ口を叩いて、頬を赤くしていました。
 
「そう……だったら……力ずくで黙らせてあげる!!」

 大量のチップを、無造作に差し出す美琴さん。
 当てられれば、負けが確定する。
 突きつけられたその事実に、咲夜嬢がワタル君に策を問いました。しかし、答えは、

「ど!! どうしよう!!」

 決意表明をしてみたものの、どうやって勝つかという問題解決はまったくできていませんでした。
 ちらの気持ちなんて露知らず、理不尽に迫ってくる逆境。
 どうすれば、どうすれば勝てる?

「目を凝らすのよ」

 地図上の距離なんて露知らず、理不尽に彷徨いやってくる和服。
 突然聞こえた声の主は、伊澄さんでした。

「目を凝らせば見えるわ。勝利の鍵はすでにその手の中にあると……」

 驚く咲夜嬢をよそに、鷺ノ宮家に伝わる占いなのか、直感なのか、それともラスベガスに来るまでに砂漠の熱でやられたのか、そんなことを言い出す伊澄さん。
 その一言が、ワタル君にインスピレーションを与えました。
 そして、咲夜嬢に、携帯電話が日本にもつながることを確認すると、突然電話をかけはじめました。

「単刀直入に聞く!!
 赤と黒!!
 賭けるならどっちだー!!」

 この瞬間、ワタル君が信じたのは、

「どちらかというと「黒」……ですかね~」

 自分の目の届く範囲に干されていたマリアさんの下着の色をしっかり確認していたハヤテ君の不幸でした。
 そんなわけで、ワタル君はハヤテ君の逆張りで「赤」に賭けることを指示。慌てて、全額突っ込むサキさん。
 赤と黒の二者択一。二倍付けでも、五一万突っ込めば、一〇二万で勝利。
 そして回るルーレット。運命の玉が収まったのは、赤の一。
 こうして、ワタル君は、ハヤテ君の不幸力が国境とか日付変更線とか太平洋とかを越えても、不変のものであることを証明すると同時に、自分の運命を守ったのでした。



 勝負が終わって、安堵よりも勝利の興奮よりも、サキさんの胸に残っていたのは複雑な思いでした。
 ワタル君への歓声の中、敗北者として立ち去るときの、美琴さんの悔しそうな横顔と、小さく見えた背中。そして一条さんの、主への忠誠心は美琴さんだけに注がれるものではなかったこと。
 その事実が、サキさんの胸中を喜び一色に満たすのを許しませんでした。

「けど……ホントによかったんですかね?」

 勝ちたくて勝ちたくて、仕方ありませんでした。負けていたことを考えれば、今でも体が震えそうな思いです。
 しかし、それでもワタル君は、誘いどおりに美琴さんと暮らしたほうがいいんじゃないか? そんな思いをサキさんは消し去ることができませんでした。
 しかし、ワタル君は驚くようなことを言いました。

「向こうにその気がないんだから無理だろ?」

 目を丸くするサキさんに、ワタル君は淡々と説明します。
 五倍付けを四回に一回勝てるなら、二万ずつ賭けなくとも、一気にケリをつけることは可能だったこと、それをしなかったのは、美琴さんがワタル君と向き合う覚悟ではなかったこと、そして、そんな美琴さんの子供は、いつか悪運が尽きるかもしれない母親が帰ってこられるように、店を守り続ける覚悟でいることを。
 
 












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