しっぽきり

「はいお母さん。プレゼントだよ」

 人形を渡し、そう言った瞬間、ワタル君は自分が夢を見ているのだと分かりました。
 その夢は温かくて柔らかい夢でした。
 まだ、今よりも随分と小さい頃の夢。
 大好きな人が、それに応えてくれていた頃の夢。




 そして、ワタル君は目を覚ましました。
 目の前には、温かくて柔らかい物がありました。
 胸でした、サキさんの。
 そして、もう一つのことに気付きました。
 自分はサキさんと一緒に寝ているんだと。
 思わぬラッキー展開ですが、ワタル君は自分が何かしてしまったのかと、びっくり。旅先の開放感がどうのこうの的なことが自分にも降りかかったかと、叫んだ後に前夜の記憶を思い出そうとしていると、サキさんが目を覚ましました。
 頭の上にメガネを乗せて寝るという、普段お店では見せてくれない小器用なテクニックを披露してくれたサキさんの言うところでは「ツインの部屋を頼んだのにベッドが一つしかないから一緒でいいって言ったのは若」ということでした。
 
「私から一緒に寝ようだなんて……言うわけないじゃないですか」

 そんなことを言って頬を赤らめるサキさんでしたが、


 とりあえず、着替えた二人はアメリカラスベガスツアーの定番、グランドキャニオンに向かいました。
 そこでワタル君が覚えたのは大自然への限りない愛。
 それを大声で表現しているワタル君の姿にデ・ジャブを覚える咲夜嬢。
 一方、サキさんは、いかにもアメリカというグランドキャニオンの絶景に感心していました。
 旅慣れしている咲夜嬢は同意しつつ、グランドキャニオンの崖は高さ二五〇〇メートルとレクチャー、それにまた感心のサキさん。そんなサキさんの元に、現れたのがリスちゃん。愛らしいリスちゃんが、壮大ではあるけど過酷そうな大自然で生きていることに、またまた感心するサキさん。
 そんなサキさんに、咲夜嬢はこんなことを再びレクチャーしました。

「かまれたら死ぬで」

 悲鳴をあげて駆け出すワタル君、そしてサキさん。
 グランドキャニオンで最も危険な動物が、あんなかわいらしいリスであることに、サキさんは呆然とするのでした。
 そんなわけで安全圏にまで逃げた二人は、咲夜嬢に忠告のタイミングについて抗議。ですが、言う前に出会ったよっぽど乱暴にやらない限り大丈夫と咲夜嬢は取り合いません。
 悪びれる様子のない咲夜嬢に何か一言だけでも言い返したいワタル君ですが、元々頭の上がらない存在だけあって、言い返せません。

「けどめったにでくわさんはずの野生のリスにこないに簡単に出くわすとは……自分らの運のなさも相当やな~」

 それでもどこかの借金を抱えた執事よりはマシと、負け惜しむワタル君ですが、自分でも「いきなり親に捨てられて一億五千万円の借金を抱えた天然ジゴロよりはマシ」と比べてしまっているだけに、幸運に振るはずだったポイントを年上キラーのスキルに注ぎ込んでしまったワタル君も、けして幸運な人間とは言えません。そんなワタル君に、もっと危険なものと出くわすかもしれないと脅す咲夜嬢。

「けっ!! なんだよ!! そりゃ!!
 今度はガラガラヘビやトラにでも出くわすのかっつーの」
「まぁヒドい。人のことをそんな猛獣扱いして……」

 振り向くとそこには、見慣れた、しかしここにいるはずのない影。
 自分が女ヒョウだ、あなたがアホウドリだと押し付けあう二人。
 橘家に使える執事の一条さんと、そして、

「母ちゃん!?」

 夢の中とは殆ど顔、そして乾いた風に流されてくる香水の香り。
 ワタル君の産みの親である美琴さんでした。
 ほんの気まぐれが生んだ偶然の再会。
 三年間、自分を放っておいた、しかし自分を産んでくれた存在との再会に複雑そうなワタル君。
 そんなワタル君を大きくなったという美琴さん、身長はあまり変わらないと呆れる一条さん、その言葉に怒るワタル君。
 取り成しつつ、ご馳走をしてくれるという美琴さんに、ワタル君は一条さんをにらみつつも、とりあえず従うことにしました。

 一方そのころ。
 日本では、グランドキャニオンには乾燥した高地で水が引けないから、世界一値段が高いかもしれないハンバーガーチェーン店があるとナギお嬢さまがハヤテ君に教えていました。無論、それが幾らなのかは「ハンバーガーの値段? ……四〇〇〇円位」と庶民感覚のないナギお嬢さまには分かりませんし、マリアさんも開店当時の値段が八〇円というのは知っていましたが、現在幾らなのかは知りません。が、ナギお嬢さまもマリアさんも、自分達が執事の皆勤アリバイ作りのために利用されていることは知っていました。




 そんなわけで、本当は全米二位らしいハンバーガーをパクつくワタル君。
 ですが、食事を受けたのは別にハンバーガーを食べたかったからではありません。久しぶりに会ったのなら、聞きたいことがある。そのために付き合ったのです。
 なぜアメリカにいるのか。そして、親父はどうしたのか。
 畳み掛けるように聞いてくるワタル君に呆れながらも、お母さんは答えます。

「陽一君ならグァムよグァム」

 二年前、最後に会ったとき、グァムでモツ鍋のチェーン店を開くと息巻いていた。
 どこから突っ込んでいいのか分からないワタル君でしたが、とりあえず倒産と背中合わせに生きている少年社長として、グァムのモツ鍋という悪ふざけみたいな取り合わせに突っ込まざるを得ませんでした。
 「流行らないんじゃない?」と鼻で笑う美琴さんは、パイプを一度大きく吸い込んで、遠いグァムにいる陽一さんと、そしてワタル君に言いました。

「商才がないのよ……橘の男は……」

 反論しようとして、ワタル君は言い返せませんでした。

「ね、サキちゃん。流行ってないでしょ? あのビデオ店」

 サキさんも答えられません。
 五〇万円の旅行代金に汲々としている現実に、ワタル君もサキさんも反論の根拠を見つけ出すことはできませんでした。
 それでもワタル君は、自分の現実を否定するわけにはいきませんでした。

「母ちゃんみたいに遊びほうけてたって金なんか作れねーだろ!!
 人間コツコツ働いていればいつかは……!!」

 ワタル君がそう宣言すると、美琴さんは一条さんに目配せをしました。
 静かに頷き、立ち上がると一条さんはケースを取り出し、そして開くと中身を地面に下ろしました。
 それはお金でした。
 大量のドル紙幣に、戸惑うワタル君に、ため息を漏らす美琴さん。

「コツコツコツコツ……いつまで働くつもり? ワタル君」

 
 積み上げられた札束を手に取るワタル君。

「橘のダメな男と違って……私の眼力は本物よ」

 美琴さんの瞳が冷たく光りました。
 そして、言いました。あのビデオ店を使って二年で十億作ってみせると。  
 ワタル君は美琴さんの言葉を信じられませんでした。
 ワタル君は、出来うる限りの、考えられる限りの手段を尽くしている自負があります。それでも旅行資金の捻出に苦しんでいる。そんな状態から、十億だなんて――。

「私の読みではこの二〇〇五年からの二年間で東京の土地はガンガン上がるわ」

 あの店を売れというのか。
 美琴さんが話ならないと目を瞑り、「バカね~」と言い放ちます。
 瞳を開くと、まるでその瞳で全てを見通しているかのよううに錬金術の公式を謡い上げました。
 土地を担保に、株を全力で信用買い。
 軽く七倍。楽に十億。
 確定したように近未来を語る美琴さんの言葉に逆らいがたいものを感じらながらも、ワタル君は否定しました。そんな上手くいくはずがないと。
 自分の言葉を信じようとしないワタル君に、美琴さんはパイプをもてあそびながら言いました。

「ワタル君。
 お母さんと一緒にアメリカで暮らしなさい」

 真意が読めず驚くワタル君。ですが、美琴さんは本気のようでした。
 子供の遊びは終わり、お店なんてサキさんに渡してしまえばいい。
 一方的に告げる美琴さんに、資金はギャンブル次第とはいえ楽しい旅行を想像していたワタル君とサキさんの前に、突如として訪れた転機。
 そんなことできるわけがない。
 怒るワタル君でしたが、美琴さんの笑顔は崩れません。
 メイドさんと二人で暮らすよりも、親子で暮らすほうが自然なこと。
 散文的な現実のみで考えるなら動かしがたい正論でしたが、ワタル君としてはそれでも納得できません。
 美琴さんは、ワタル君の意地に、二枚のカードを提示しました。
 ダイヤのキングと、そしてジョーカー。
 王様になるか、死神におびえるか。

「勝負のときよ」

 そう告げる美琴さんの笑みは、その日一番深いものでした。












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ハヤテのごとく!205話【ところがどっこい夢じゃありませーんとかは言わない】畑健二郎
 嫉妬玉エネルギー充填率87%!!まだまだ上昇中だーッ!!!みんなオラにエネルギーを分けてくれ!などとのたまう友人。怪奇!マザコンの夢をみて目が醒めるとメイドの胸が目前に展開されていた。それで何にも出来ない坊やはワムでも聴いてな!!  まったくワタルも情け

2008.12.27 18:56 | 360度の方針転換