しっぽきり

「は―――――」

 と、あまりの心地よさに大きく吐息を漏らした愛歌さん。
 それもそのはず、愛歌さんがいるのは三千院家本家のミストサウナ。あまるほどの財力が投入された適度な熱さは、まるで極楽のよう。
 そんなミストサウナであったまった愛歌さん。着替えようとサウナを出ますが、そういえば着替えはアレコレあったのでずぶ濡れ。ハヤテ君にパシらせたことを思い出した愛歌さん。もうちょっと待ってみようか、それとも――とりあえず、もう一度ミストサウナであったまって、考えることにしました。



 一方、パシリを仰せつかったハヤテ君は迷っていました。
 女装は日常茶飯事の女顔とはいえ、自分は男。男が女物の下着を買うのは条例とかに違反しないかどうかで一悩み中。代わりに買ってきてくれそうな人を考えてみたものの、従者として主人に買いに行かせるわけにはいきませんし、マリアさんに頼むのも論外、他の女の子の知り合いは揃いも揃って外国へ旅行中とあっては打つ手がありません。
 そんな困りきったハヤテ君をジッと見つめる少女が一人。ラブ師匠からの情報を受けて一つ大人の階段をのぼったナギお嬢さまでした。
 ラブ師匠曰く、「彼氏のピンチを利用して高感度UPのチャンスにしよう」。これと肉体的刺激を絡み合わせれば、倦怠期脱出もロックオン同然。ナギお嬢さまの胸の鼓動が高まります。

「そのピンチ……!! 私が助けてやろうか!?」

 そう名乗り出るナギお嬢さまに驚くハヤテ君。
 ――この調子で押していけば。
 反応に手応えを感じるナギお嬢さま、しかし、ハヤテ君は次の瞬間、こんな意味合いのことを言い出しました。
 ごめん、それ無理、サイズ的に。
 完全に出来上がっていたリズムやら流れやらをブチ壊すこの言葉にはナギお嬢さまもプツン。
 肉体的刺激でハヤテ君を打ち上げて、空気を読めとお説教。
 空気を読んだハヤテ君は、お嬢さまに尋ねてきます。

「普段どんなところで下着を買ってらっしゃるのですか?」

 言われてみてナギお嬢さまは、普段マリアさんが下着を適当に用意してくれているので自分の下着事情についてよくわからないことに気付きました。
 口ごもり考え込むナギお嬢さまに助け舟を出すつもりなのか、ハヤテ君が質問を変えました。

「もしくは……お嬢さまは今、どんな下着をつけていらっしゃるんですか?」

 変態執事への返答は再び肉体的刺激。
 直接的にすぎるハヤテ君に、オブラートの重要性を説いた後、ナギお嬢さまは、大手デパートに行こうと言い出しました。
 東京なら新宿のそこに行けば大体のものは揃うようになる、なかったらハンズ。
 そんなわけで二人は出かけることにしました。



 到着。エレベーターから降りるとそこに広がっていたのは、下着下着下着。
 思わず息を飲むナギお嬢さまとハヤテ君。女性であるナギお嬢さまはともかく、生物学的には男性であるハヤテ君は居心地が悪そうです。しかし、ナギお嬢さまには、倦怠期を脱出するという大目標がありますから、自分のことで精一杯、むしろ手を借りたいぐらいです。そして、そんな絶妙なタイミングで手を差し伸べてくれるのがラブ師匠。
 送信されてきたメルマガを、子羊のように戸惑うハヤテ君の目を盗んで、読むナギお嬢さま。さすがのラブ師匠、ランジェリーショップでの攻略法が記されています。
 ラブ師匠への畏敬の念を持って画面をスクロールさせていくと、そこに書かれていたのは三つのステップ。
 彼氏の代わりに店員さんを呼んであげる。
 彼氏の代わりに店員さんと軽く談笑。
 彼氏の代わりに店員さんにリクエスト。

「この人に合うセクシーランジェリーをください」

 軽やかにスリーステップを踏むナギお嬢さまに抵抗するハヤテ君。ですが、ラブ師匠に後押しされたナギお嬢さまのステップは止まりません。
 どうしても女性物の下着を着けたい、こいつが。
 女装するなら、是非中までこだわりたい、こいつが。
 そんなナギお嬢さまのリクエストに、さすが一流百貨店の店員さんは心得たもので、細かい事情などくどくどと聞かずに、ブルーの下着を選んできてくれました。
 ここまで状況を整えて、ハヤテ君もようやく踏ん切りがついたのでしょう。

「じゃ……じゃあその青いので……」

 ようやく、受け入れてくれました。
 ラブ師匠から受けたレクチャーをこなし、とりあえずは満足のナギお嬢さま。そうすると、今度は下着そのものに興味が出てきました。いつもマリアさんが用意してくれるとはいえ、ナギお嬢さまも女の子。ラブ師匠の応援を受ければ、一足飛びに大人の階段を上っていけるに違いありません。そんな大人の女性も間近な自分が、下着の一つも選べないようでは情けない。そんなわけで、女性用下着を手に、羨望のあまりか頬を赤らめているハヤテ君にカードを渡し会計を任せて、下着を物色するナギお嬢さま。
 あれやこれやうわこんなきわどいのまで、などと手に取り目を走らせるナギお嬢さまが、ふと顔を上げると、女性用下着売り場にいるという興奮のあまりに頬を赤らめていたはずのハヤテ君の顔が青ざめています。ハヤテ君の視線を追っていくと、そこにいたのは、ミスター園芸道の娘・京橋ヨミさん。こちらは、「……あっ、そういう、性癖……ご趣味があったんですね……へー」という気まずそうな表情。お嬢さまはこの瞬間、確信しました。
 ――ラブ師匠に教えを紅請うてよかった。
 ヨミさんは、ハヤテ君の女装を受け入れられませんでした。いえ、ハヤテ君は女装すらしていない。それなのに引いてしまった。
 つまり、ヨミさんはライバルになり得ない。
 ついには走ってその場を去っていってしまったヨミさんを見送りつつ、ナギお嬢さまは、他の人にもラブ師匠のメールマガジンを勧めてみようと心に決めるのでした。




 ところ戻って三千院家。
 SPから来客があったと知らされたマリアさん。おもてなしをしようと廊下を歩いていると、その来客である愛歌さんとバッタリ。
 数少ない同年齢の知り合いと話していると、ハヤテ君はお客さんを放っておいて使命があるとかないとかで飛び出して行ってしまったというのです。後で、事情を問いたださないと思いつつ、帰るという愛歌さんを見送るために共に外に出るマリアさん。

「ちょっと中がスースーしてますけど……まぁ車を呼びましたので……」

 スースーという言葉に戸惑っているうちに、車が来ました。
 お風呂を誉め、そして愛歌さんは、体の弱い主人に呼び出されたためか若干顔をこわばらせていた運転手さんを笑顔で安心させると、お別れの挨拶を口にしました。

「それではまた……ごきげんよう」
 
 愛歌さんを見送ったマリアさんは、夕飯の準備まではまだ時間があることに思い至りました。急いでやるようなことも無いし、愛歌さんが入ったばかりですから、お湯もまだ温かいはず。マリアさんは、今のうちにお風呂に入ってしまうことにしました。
 メイド服を脱ぎ、リボンを解き髪を流す。
 生まれたままの姿で、湯船に足を入れる。お湯は少し熱いように感じられましたが、少し身が縮むような感触は、心地よいものでした。
 深く吸い、深く吐く。
 窓から差し込んでくる日差しは明るいものでした。
 お昼に一人で入る広いお風呂。
 いつもとは違うのに、それでも何故かたっぷりとした安堵感に身を浸していると、声がしました。
 扉越しで少しくぐもっていましたが、間違いなくハヤテ君の声です。

「あの~ご入浴中すみません。とりあえず急いで買ってまいりました」

 完全に自分だけの時間だと思っていたタイミングでかけられた声、そして何を買ってきたのかということに困惑して沈黙していると、何かカサリとビニール袋を置く音がしました。

「気に入ってもらえるかどうかわかりませんが……着ていただけると嬉しいです」

 そう伝えるとハヤテ君は足早に去ってしまいました。
 状況もわからないまま取り残されてしまったマリアさん。とにかく、ハヤテ君が何を買ってきたのか確認しようとお湯から出て、着替え場に戻ると、ハヤテ君が置いていったビニール袋を手に、急いでお風呂場に戻りました。
 先ほどまでのゆったりとした時間はどこへやら。混乱をごまかすように苦笑しながら、ビニール袋をあけていくと、出てきたのは、女性用下着。それも、生地が少なめで薄めの。
 マリアさんは首をかしげ、小さくうなり、目をぱちくりさせ、唾でのどを鳴らし、とにかくありとあらゆる器官を驚かせました。
 ――なんでハヤテ君はこんなものを私に買ってきたんでしょう? あ、これが使命なんでしょうか? 使命とまで言うのなら身に付けないとまずいのでしょうか? そもそもなんで自分の下着を買うのが使命? どうせ買うのならナギのを――それも……まずいですね。
 そんなこんな混乱しているうちに、時間は過ぎていくのでした。
 












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