しっぽきり

 とある日。
 とっても仲良しの紫子ちゃんと初穂ちゃんは、宝物庫で隠れんぼをしていました。

「もういいかーい」
「まーだだよー」
「もういいですかー」
「ねえ、初穂ちゃん」
「なんですか? 紫子ねえさま」
「このハコの中にかくれたいんだけど、高くてかくれられないの」
「それじゃあ、このハシゴをつかってみては?」
「まあ、初穂ちゃんって頭がいいのね」

 嬉しそうに笑う初穂ちゃん。
 本当に頭がいいなら何か気づきそうなものですが、じっと紫子ちゃんがハコに隠れようとするのを見ていました。
 せっせせっせとハシゴを昇る紫子ちゃんは、空っぽだとばかり思っていた箱の中に、何かを包んだ布があることに気づきました。

「なんだろう?」

 包みを持ち上げると、バラバラと小さな何かが落ちていきました。
 全部で九つ。小さくて綺麗な、見ていると吸い込まれそうになる不思議な石でした。







「亡い女を想うと書いて……妄想って読むんですよ」
 
 そうやってハヤテ君を牽制してみると、なんだかハヤテ君は興を削がれたような表情を浮かべました。
 これでいいのです。
 そう、時刻は夜の十時。十代の二人が、他には誰もいない広い屋敷の狭い部屋で二人きり、触れ合う手だとか、何気ない会話から発展してアレレとか、溜めに溜めてウワーッとか、ちょっとした油断が人生のエンディングに直結しそうな危険なシチュエーションです。用心しすぎてしすぎることはありません。
 ですけど、ハヤテ君の視線は手元の問題集に釘付けでした。たまにこっちを見るときも、口にするのは問題についての質問ばかりで、襲いかかってくるどころか、下心すら感じさせません。
 そういえば……お風呂で鉢合わせたときも、サウナで倒れたときも、ハヤテ君は襲って来たりなんてしませんでしたし、西沢さんに告白されたのに断ったり、ハヤテ君は真面目な子でした。
 第一、以前に二人きりで勉強を教えたときも何もありませんでしたし、ひょっとして……用心、しすぎたのでしょか?
 そう気づいていしまうと、起こるはずもないことに一人で大慌てしていた自分が、今度は恥ずかしくなってきました。
 
「うーん……」

 唸り声に釣られてハヤテ君を見ると、軽快に動いていたペンが止まっています。

「どうしました?」
「いえ、この問題が難しくて」

 何一人で興奮しちゃってるの?

 どれどれとハヤテ君から問題集を受け取ると、そこに書かれていたのは、見ていると不快感を催す真顔の丸顔が、そう言っている問題文。
 偶然の一致とはいえ、なんなんでしょう? この問題。
 こんな挑戦的な文章を問題文にするなんてありえないでしょう、常識的に考えて。
 ふとハヤテ君の顔を見ると、少し疲れているようでした。根を詰めすぎても良くありませんし、それに私も気分を入れ替えたほうがいいのかもしれません。

「とりあえちょっとこのへんで休憩にしましょうか。
 私、お茶いれてくるんで、ハヤテ君も執事服で勉強はキツそうなんで着替えていいですよ」

 と休憩を提案するとハヤテ君も、一瞬(2の「ある人は、彼は映画版には三人目の歌姫が登場するはずだと考えていた可能性を指摘したし、ある人は幼女の喪が明けるのを待っていたのだと主張した。だが、事実としては彼は何も考えていなかっただけだった」という問題に目をやったものの、お礼を言ってくれました。


 軟水を沸かして、茶葉をポットに入れる。そして、沸かしたお湯を注ぐ。
 何百何千回と繰り返してきた慣れ親しんだ作業をしていると、どんどん心が落ち着いてくのが分かりました。

「なに一人でハヤテ君に振り回されているのかしら私は」

 冷静になって考えてみると、ナギに言われてやった嘘デートがいけなかったのかもしれません。あの時のことがあって、変に意識してしまったに違いありません。あれから、変な手紙もないところを見ると、成功したらしいから、まだいいのですが。
 自分も着替えようかと一瞬思いましたが、ハヤテ君を待たせるわけにはいきません。リボンを解いて髪だけを下ろして、戻ることにしました。
 部屋に戻ると、聞こえてきたのはカリカリというペンを走らせる音ではなく、穏やかな寝息。余程疲れていたんでしょう、ハヤテ君は座ったまま眠っていました。寝息を立てて眠るハヤテ君のあどけない横顔は、まるで女の子ようです。
 起こさないように、静かにお盆を置く私は、ハヤテ君の首元にペンダントがかけられていることに気がつきました。こんなものを持っていたかしら? そう思いながら覗いていると、そのペンダントに使われている石に見覚えがあります。
 あら……あれは……。




 これは……紅茶の匂い?
 気づくとマリアさんが、すぐ側で僕の首元を覗いていた。
 たしか、着替えて、座って……これは、眠ってしまった?
 慌てて飛び起き詫びる僕に、マリアさんはこんな質問をしてきた。

「ところでハヤテ君、そのペンダントは……」

 聞かれてみて、気づいたけど、たしかにマリアさんにもお嬢さまにも、おじいさまからもらったペンダントを見せたことはなかった。
 隠すことでもなかったし、お正月のことを一部始終、話しているうちにふと疑問が浮かんだ。
 この石は、一体何なんだろう?
 マリアさんなら知っているかもしれない。僕の勘は当たっていた。
 
「それは……「王玉」です」

 したくもなく重ねてきた経験上、宝石の類には詳しいつもりだったけど、王玉なんて石、聞いたこともない。

「私も詳しくはしりませんけど、ナギのお母さんの紫子さんが昔、宝物庫で隠れんぼしていて見つけた、三千院家の伝説の秘宝と聞いています」

 三千院家の秘宝。常軌を逸した財力を誇る三千院家なら、そういうものがあっても不思議ではないかもしれない。そう思えば知らなかったことは、納得できたけど、でも、そんな大事なものをなんで僕なんかに、あんな軽く投げ渡したんだろう?
 
「けど全部で九個もあったらしいですし、昔からおじい様の気になった人に結構あげてたみたいですから、ナギの執事になった記念でくれたんでしょう」

 九個。それでも随分希少価値が高いように思えるけど、「結構あげてた」というのなら、それほど大きく考えることもないかもしれない。それに、随分と仲が悪いように見えたけど、執事になった記念にくれたのなら、お嬢さまのことをなんだかんだ言って気にかけているのかもしれない。もしそうなら、なんとなく嬉しい。
 一緒に住んでいたのに知らないことがあったことに感心した後、勉強は再開した。
 一息いれたおかげもあって、何よりマリアさんの教え方が的確なので、いつも以上に効率良く進む。一人で参考書を読んでいるときも、スラスラと問題が解けていく。

「けどマリアさん勉強教えるの上手ですよね。本当にためになります」

 素直に感想を口にする僕に、マリアさんは当然とばかりにこう言った。

「そりゃまぁ、それが本来の仕事ですからね~」

 仕事? メイドさんの仕事って、勉強を教えることも含まれていただろうか?

「ああ、言ってませんでしたっけ?
 私は元々、ナギの家庭教師なんですよ」
「ええ?」

 驚く僕にマリアさんは、お嬢さまとの生活が始まった切っ掛けを話してくれた。
 少しでも学校に行く期間を短くしたくて飛び級するぐらいのお嬢さまだから、その当時も不登校気味だったらしい。

「自分より頭の悪い連中に教えてもらうことなどない」

 今よりもっとひねくれていたお嬢さまは、まだ深く知らなかった頃のマリアさんにそう言ってのけたらしい。
 そこで、マリアさんはこう条件を持ちかけた。

「じゃあ私とチェスで勝負して、私が勝ったら話くらい聞いてもらえます?」

 チェスと言えば、知性と閃きが問われるゲームだ。お嬢さまも自信たっぷりに受けて立ち、そして、マリアさんは手加減せずにお嬢さまを打ち負かした。
 負けず嫌いのお嬢さまのことだ、何度も挑んだだろう。その度にもう散々に、どうしようもなく、コテンパンに、打ちのめされたのだろう。なんとなく、お嬢さまがマリアさんにだけは頭が上がらない理由が理解できた。

「まぁそういう事もあって、あの子、私以外になつかなかったから、身の回りの世話とかもするようになって……今にいたるわけです」

 少しだけ嬉しそうな表情で、マリアさんは話を、そう結んだ。
 意外なことだった。
 マリアさんが、はじめは家庭教師だったことではなく、今まで二人が出会った切っ掛けを自分が知らなかったことが。
 でも、考えてみれば当然のことかもしれない。当たり前のように感じているこの関係も、つい四ヶ月前までは影も形もなかったのだから。そう言うと、マリアさんも笑って同意してくれた。

「それが今や、大きな屋敷の小さな部屋にふたりきなんてやらしーですねー」

 そう、部屋に二人きりだなんて、やら……しー?
 いやいや、ちょっと待って。
 二人きりってお嬢さまは――伊澄さんのところか。
 でも、いや、なんで?
 マリアさんも、僕も言葉なんて出なかった、出せなかった。
 ついこの間までは、赤の他人だった僕とマリアさん。
 じゃあ今は? 今は、僕もマリアさんもお嬢さまに仕える、いわば同僚だ。
 でも、本当にそれだけなのだろうか?
 二人きりで部屋にいる僕は、僕達はどんな関係を望んでいるのだろうか?
 でも、もしそうならば、だからと言って、それを望んでいいのだろうか?
 何を考えても縺れていくばかりの思考。見つからない言葉と答え。
 沈黙を破ったのは、僕の携帯の着信音だった。

 一発かましたれー 一発かましたれー

 場違いな着信音がイエイエイ言い出す前に慌てて、電話に出ると、聞こえてきたのはお嬢さまの声だった。

「ついに新なる力、「アンドロメダ太陽ブラックホール打法」によって……ハト魔人を倒すことができたよ」

 …… 何を言っているのかは正直サッパリだったが、用件は問題が解決したから迎えにきてくれということだった。

「ナギからですか?」
「ええ。問題が解決したので帰ると」
「そうですか。ではまた勉強はまた今度みてさしあげますわ」

 お嬢さまを迎えに行く準備を始めた僕に、マリアさんは部屋を出て行くときそう言ってくれた。
 さっきの感情は、場の雰囲気に流された、ただの気の迷いに違いない。
 だけど、マリアさんにまた今度と言って貰える、そういう関係でいられることは嬉しかった。
 
「ありがとうございます! では行ってきます!!」

 鷺ノ宮邸に着き、伊澄さんの部屋に続く廊下を歩いていくと、神父が座りこんでいた。幽霊が座りこむ、というのも変な話だけど、とにかく座りこんでいるように見えた。
 近づいてみると、何故か泣いて、震えている。何かしでかして、伊澄さんに脅されでもしたのだろうか。そうだといいのだけれど。障子を開ける前、チラリと見ると、「ハト魔人が……五人だ」と呟いている。
 理解はできないけれど、嫌な胸騒ぎがした。障子を開くと、ナギお嬢さまも伊澄さんも、打ちひしがれたように震えている。

「む……無理だ。まさか五人もいたなんて……」
「地球は終わりよ」

 畳の上に散らばっている原稿を見ると、お嬢さまが描いたであろう、漫画。その一コマに、ハトの顔をした変人が五人、踊っている。
 これは、その、つまり、

「あ、そうでうか……それは大変ですね」

 とりあえず、軽く流すしかなかった。












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2008.11.05 21:56 | 360度の方針転換