しっぽきり

 善意からの行動でワタル君を泣かしてしまったハヤテ君。ここは謝罪をしたほうがいいんじゃないかと提案しました。
 この頃は、まだワタル君が年上キラーとは知らなかったマリアさんは、精神的に屠られたワタル君を不憫に思い、ハヤテ君に賛同。ナギお嬢さまは不服そうですが、屠った和服さんが賛成したので、付き合うことにしました。
 
 よし行くとなったのはいいのですが、ここで問題が二つ。ワタル君の家はどこで、どうやって行くかです。
 一つ目の問題はすぐ答えが出ました。ワタル君は、都心の中心部にある橘グループ本社ビルの上のフロアに直接住んでるんだとか。
 二つ目の問題を解決するために、ハヤテ君は提案しました。この時間帯だと道路は混むから電車で行きましょう。
 合理的な提案だとハヤテ君は内心自負していましたが、三人の反応は芳しくありません。
 あれあれ、どうしたのだろう? 
 不思議がるハヤテ君。口ぶりから察するにお嬢さまは電車未経験、伊澄さんも二種類ぐらいしか乗ったことがないらしいのです。お嬢さまは元日に自分と乗ったはずと主張しますが、あの時のお嬢さまは夢の中。そんなことはお嬢さまの記憶には存在しないようです。頼みの綱のマリアさんも、電車イコール新幹線と勘違いしている状態。
 地下鉄って知ってる?
 常識を求めて、尋ねてみたものの、庶民の常識なんかお屋敷には存在しません。
 新幹線地下開通?
 地下鉄の景色は地獄絵図?
 帝激?
 と、帰ってくるのは質問ばかり。
 困惑せざるをえないハヤテ君でしたが、未知の交通機関・地下鉄にお嬢さまは興味を示されたようです。
 ワタルん家には行きたくはないけど、地下鉄には乗りたい。
 目的と手段が逆転したような気もしますが、こうしてマリアさんを除く三人で地下鉄に乗るついでにワタル君の家に行くことが決まりました。
 
 

 いざ送り出す段になって不安がるマリアさん。
 新宿だけで一日数十万人が利用するから、とハヤテ君の、ハヤテがいれば大丈夫、不思議なことも見られるかもしれない、とナギお嬢さまの説得にも、マリアさんの不安は消えません。
 マリアさんの不安とは逆に、消えたのが、マークを外す動きに定評のある伊澄さん。ちょっとした会話すら伊澄さんには姿を消すに十分な時間だったのです。
 これに慌てたのがナギお嬢さま。親友の身に何かあっては大変と、探しに駆け出しました。追いかけるハヤテ君。お嬢さまから警備への連絡を頼まれたマリアさんが、道を知らない二人による二次災害を危惧しているうちに、二人は伊澄さん探索を開始するのでした。
 その頃、迷子になるという技術において、空前にして絶後のレベルにある伊澄さんは、工事現場の親方に、「太正時代、レビュー中の劇場に新幹線が突っ込んで、その怨念が地底人を恐竜へと奇形的に進化させた地下世界への入り口はここですか?」という問いを親方にぶつけ怯ませる隙に、見事地下に侵入することに成功していました。



 伊澄捕獲作戦の作戦会議を、思い出の負け犬公園で開く二人。
 伊澄さんは、伊澄さんの考える地下鉄に行くはず。伊澄さんの考える地下鉄は本物の地下鉄であるはずはない。よって、伊澄さんは地下鉄に辿り着けていない。
 完璧な三段論法で、伊澄さんの居場所を推理していくナギお嬢さま。迷子にならないよう見張っていくことは不可能でも、これぐらいの理解はできます。さすが、親友。
 歩く、休憩、歩く、スタバで休憩、店員にダメだし、ようやく注文を済ましオープンカフェで一服、クシャミ、ハヤテ君にコートをかけてもらって頬染め、歩く、錯乱したと思われる工事現場の親父の言動から親友の位置を確認、弟俳優多瞬き作家太郎に電話して工事現場を買収、地下に潜入。



 辿り着いたのは、巨大なトンネル予定地。
 声が大袈裟に反響する中、交わしたのは「そういえば、闇雲に地下を目指したって迷うだけだよね」という会話。
 このままでは遭難してしまう。銭つぎ込んで迷子とあっては、恥かきの極み。一旦、戻りましょう、と提案するハヤテ君の袖をお嬢さまが掴みます。暗闇の中で、かすかに震えるお嬢さまの小さな手と声。
 ナギお嬢さまは、昔のちょっとした出来事が切っ掛けで暗いところが苦手でした。ですから、夜も一人では眠れません。そのことを、マリアさんから前夜聞いたことを思い出したハヤテ君は、そういえば、とそのことについて言及します。
 大声で否定するお嬢さま。顔を真っ赤にして否定するお嬢さま。
 が、ハヤテ君が次に口にしたのは、それもまた可愛いという肯定の言葉。
 自分で怒らせて慰める。さすがの高等テクニック、マッチポンプを披露し、目の前のお嬢さまの陥落度合いを深めたハヤテ君ですが、世の中はいいことだけではありません。
 お嬢さまの否定の大声。地下空間での大声。とある連中への刺激。
 ハヤテ君の心配は的中しました。次の瞬間、二人は囲まれていたのです。
 包囲していたのはネズミ。小動物だからと侮ってはいけません。
 オーバーオールに身を包み、二本足で歩いて喋ることもできないストレスを溜めこんだ数え切れないほどのネズミ集団。彼らの飽くこと無い食欲は、むしりむしりみちゃりみちゃり、と二人分の人間の肉を平らげるぐらい、造作もないことなのです。特に、お嬢さまの柔らかそうなお肉は垂涎の的。
 溢れんばかりの食欲に押し出されるように、一気に飛びかかるネズミ軍団。ナギお嬢さまを抱えて逃げ出すハヤテ君。ぼんやりと突っ立っている伊澄さん。
 そう、伊澄さんもこの地下空間にいたのです。しかし状況は、深く繋がった親友同士が再会を喜ぶことを許してくれません。小さな体ながら、数の力で大波のように押し寄せるネズミ大隊。
 圧倒的な数の前に二人が絶望した瞬間、伊澄さんが微笑みました。
 その微笑に魅了されたのか、ネズミ達の動きが止まりました。
 ゆっくりと袂から一枚のお札を取り出しました。 
 ネズミ達が動き出しました。ただし後向きに。
 
 こうして、ハヤテ君たちは辛くも命拾いをし、そして地下鉄への野望は費えたのでした。












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