しっぽきり

 IT革命がどうとか叫ばれたり、ネット中に寝オチして電話代が!!!とかインパクが正直――だったとかも、最早一昔前のこと。
 そんなわけで、進歩したネットの大海原には、大容量の動画もなんのそのな動画投稿サイトが一杯あります。
 中には、コラーな動画や、ハァハァな動画も卓さん在るわけですが、それでもオリジナリティあふれる動画だとかもあるわけで、そんな動画を作るのが白皇学院動画研究部の使命だそうです。美希さんに言わせると。
 その熱弁を、ハヤテ君は無感動に聞いていました。お嬢さまの執事兼ビックリマンチョコのチョコ部分であるところのハヤテ君も、お嬢さまが幽霊部員として籍を置いている動画研究部の部員の一人。
 ハヤテ君が動画研究部の使命より気になったのは、部室にいるのが自分と美希さんの二人きりだということ。
 聞けば、泉さんと理沙さんは、頭のスペックが大変残念なので、GW前のテストに赤点。居残り補習を命じられたので居残り補習。それに引き替え、頭のスペックが大変優秀な美希さんは、赤点ラインを
一点もクリアした三六点だったので、クリアー。
 幽霊部員気味なナギお嬢さまは、飛び級組に義務付けられたGW前の特別講習でいません。付け加えると、こちらも幽霊部員気味な動画研究部部長であるワタル君も飛び級組で欠場。超富豪・ビデオ屋店主・光の巫女といまいち特別教育したところで、先につながりそうもない面子ですが、とにかく講習中。
 そんなわけで、動画研究部に残されたのは、ブルーと黄土色の二人。
 クラスメイトと部室で二人きり。
 当然、ハヤテ君的には、

 ――そんな……可愛い花菱さんと二人きりだなんて……こんな夢のような状況、フラグを立てずにはいられないよ。
 
 ではなく、

 ――そんな……こんな立派なオデコと二人きりだなんて……こんな夢のような状況、叩かずにはいられないよ。

 なので、美希さんに断られずとも、フラグを立てる気なんてないのでした。

 フラグを立てるかどうかは別として、ナギお嬢さまが講習を受けているということは、ハヤテ君も一時間ほど暇。なので、美希さんに付き合うことにしました。
 しかし、時間制限一時間。テーマを絞らなければ、まともな動画はできそうもない短時間です。尋ねてみると、「激走! 綾崎ハヤ子」や「落ちよバトラー」含めてお笑い動画はいっぱいあるので、切なくて泣ける動画を撮りたい、と美希さんは言うのでした。







 真剣な眼差しでした。
 神経全てを集中させた、人生を賭けた、己の存在を賭けた視線でした。
 その先にあるのは、自己啓発系モテ本。「一日三〇分なんたらかんたら」。読んでいるのは、二八歳体育教師さん。

 そんな切ない読書風景。

「猫を飼ってる女性は……さみしがり屋か……」

 わけもなく泣けてくる知識。
 美希さんが今回望んでいるのは、生活に少しうるおいを与える、切なさの中に感動を秘めた動画でした。
 さて、次の対象を探そうかと立ちあがる美希さんに、ハヤテ君はなんとダメだしをしてきます。
 今の動画はたしかに切なかったけど、別に感動はなかった。
 逆光は勝利。
 なにやらそれっぽいことを言い出したハヤテ君に、美希さんはビックリ。
 お嬢さまの講習が終わるまでに時間があるし、どうせならまじめに取り組もうと思っている。
 生真面目な顔でそんなことを語るハヤテ君。
 そんなハヤテ君に、美希さんは微笑みました。

「だがハヤ太君のそういうトコ、私は気に入っているよ」

 その笑顔を見たハヤテ君は、

 ――あれ? 花菱さんって……笑うとこんなに……

 ではなく、

――あれ? 花菱さんって……アホ毛が急に……

 と、出たり消えたり自由自在なアホ毛に夢中だったので、美希さんに惚れたりはしませんでした。


 じゃあ、まあ真面目にやりましょうか、と妥協を許さない完璧な動画対象を探し始めようとした二人。そんな二人の真摯な姿勢に、神様がご褒美をくれたのでしょうか。対象は、向こうから飛びこんできました。
 二人が見つけたのは、白衣の教師。牧村さん。
 よくよく見れば、その瞳は潤んでいます。
 いつもは子供子供しているとはいえ、牧村さんは大人。大人が涙ぐんでいるとなれば、そこには切なげな匂いが立ちこめてきます。
 普通じゃない学校の中でもトップクラスに普通じゃない、学校に紛れ込んだマッドサイエンティスト牧村さんなので、待っているのは意外に普通なオチかもしれませんが、それでも追いかける価値はあるはず。そう思い、二人は牧村さん追いかけることにしました。


 いつもの律動的な足取りは影を潜め、トボトボと歩く牧村さん。それを隠れ隠れ追いかける二人。
 突然、牧村さんの足が止まりました。
 当然、二人は繁みに身を潜めます。
 牧村さんの足を止めたのは、一人の男子学生でした。
 少年の名は竹崎君。前髪で目を隠しているところを見ると、声のON/OFFも可能な、自由自在のフラグビルダー。
 話を聞いてみると、竹崎君は牧村さんに手紙を渡したというのです。頬を赤らめる竹崎君。
 降って湧いたラブな雰囲気に尻込むハヤテ君ですが、ジャーナリスト魂に火をつけた美希さんは止まりません。意気込む美希さんに、手を焼くハヤテ君。とはいえ、牧村さんです。結局、竹崎君が渡したという手紙も、父や母や妹の復讐のために改造人間手術を希望するとか、そんなラブとは関係のない穏やかな内容の手紙に違いないのです。

「オレは先生のことが好きだ―――!!」

 違っていたみたいです。というかラブど真ん中。
 口をあんぐりと開くハヤテ君。思わずビデオを落としかける美希さん。ダメよと断る牧村さん、なおも迫る竹崎君。
 牧村さんが首を振り言いました。
 
「だいいち……そんなのズルイわ」

 ズルイ? 何がズルイのだろう?
 覗き見する二人にとっては、急だったとはいえ、手紙を渡して告白という竹崎君の取った行動にズルさはありません。あるいは、自分達の知らない事情があるのだろうか?
 耳を澄ます二人が聞いたのは、衝撃の事実でした。

「先生が先日彼氏と別れたばかりだって知っててそんな……」

 そもそも、牧村さんに彼氏がいたこと事態にビックリな美希さん。
 弱く叩けば弱く響き、強く叩けばちょっとヘコむ、そんなエイトが、別れて不要になった挙句に、スクラップになったかもしれないと想像して複雑な心境になってしまうハヤテ君。
 エイトの処理が、粗大ゴミなのか溶鉱炉なのかは別として、いよいよ場の空気は重たくなってきました。
 感動の動画とみせかけて、ふざけた動画を撮るつもりだったのにと吐露する美希さんは、思わぬ展開に戸惑うことしきり。
 それを振り払うように、部の先輩としてハヤテ君に命じました。
 
 武力介入して、マジを面白に変えてきて。

 そんなことを言われても、人間にはできることとできないことがあります。完全に二人の世界に入った二人の空気を変えるのは、たぶんできないこと。
 「それでも、エイトは今泣いてるんだ」と言って、飛びこんでいけば場の主役はハヤテ君かもしれませんが、その後は良くてスルー。悪けりゃ、細切れにされて溶鉱炉で一煮立ち、劇場版は立ち消え。やっぱりどうにもこうにもなる気がしません。
 第一、人の恋愛ごとを邪魔するのは、馬に蹴られて死んでしまっても仕方のないことぐらいに悪いこと。そう説得するハヤテ君に美希さんの表情が変わりました。
 わかってくれたか?
 と思ったのも束の間、「あえてハヤテ太に死んでもらう」とか断腸の思いで虫垂を切るかのように、言い始めました。
 当然、この世から切り離されるのは嫌なハヤテ君は、無介入を提案。
 そう。静かに見守っていれば、校舎裏で二人っきり、告白、愛を語らう、ぶつかる視線、触れ合う手と手、お互いの体温に染められる頬、抱き合う腕と腕、傾く顔、瞳は閉じられ、そして――
 ハヤテ君はそこで想像を止めました。

「い……いや、いくらなんでも花菱さん……それは……」

 そう。教師と生徒の禁断の愛。お話としては、あるかもしれませんが、そんなものが現実にあるだなんて、ハヤテ君には信じられません。
 しかし、美希さんは、ハヤテ君の言葉を否定しました。

「それがどおした!
 たとえ禁断の愛でも……スキな気持ちには変わらないんだから」
 
 そう語るのは、ハヤテ君が今まで見たことの無い、熱のこもった横顔でした。
 
「先生!! 僕は…」

 膠着を破る、突然の叫びに、ハヤテ君も美希さんも、牧村さんの肩を掴む竹崎君に視線を吸い寄せられました。
 しかし、竹崎君に唇をふさいだのは、牧村さんのそれではなく、手紙。
 
「だめ……その気持ちは……受け取れないわ」

 俯き謝る牧村さん。
 断られた事実に押されて、牧村さんから二、三歩離れてしまった竹崎君。打ちのめされても、事実には納得できないのか、救いを求めるように理由を尋ねました。

「それは私が……あなたの先生だから」

 そう言って、牧村先生は微笑むのでした。





 しばらく、二人が去ってからしばらくの間、私たちはその場を動けなかった。

「なんかすごいものを見たな」

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴って、ようやくそれだけを搾り出した。
 頷くハヤ太君はどうか知らないが、私にとっては、話に聞くだけで、現実に、しかも間近であんなものを見たのは初めてだった。
 だからだろう。本来の目的だったビデオを回すことを完全に忘れてしまっていた。
 そのことに苦笑する私に、「その方がいいですよ」と笑うハヤ太君。たしかにそうかもしれない。あんな動画、私たちの手には余る。
 まだ緊張感の残る場所を離れて、ようやく余裕が出てきた。
 ずっと確認したかったこと。
 今なら、流れで自然に聞けるはずだ。

「けどハヤ太君にはいないのか?」
「何がですか?」

 鈍いやつだ。内心、舌打ちしたが、重ねて問う。

「だからさ、告白とかしたい相手」

 ここまで言ってようやく、飲み込んだらしく、頷くハヤ太君。
 
「そういうのは……もう」 
 
 曇った顔で、俯きながらハヤ太君はそう言った。
 昔の彼女がどうとか言っていたが、今もそれは変わっていないのだろう。
 とりあえず、大丈夫なのだろうか?

「そういう花菱さんはどうなんです? 好きな人とか」
 
 興味、というよりは礼儀とか反射みたいなものだろう、そうハヤ太君は質問してきた。
 どう言葉にすればいいのだろう? 歩きながら考える。
 私の――好きな人。

「さっきの奴みたいに、フラれるにしてもつきあうにしても想いを伝えるという行為が……勇気のあるなしの問題だけならよかったんだけど」

 時計塔が目に入る。生徒会役員の私は、あそこに入れる。いくらでも近くにいける。
 けれど、私が今いる場所からは、手は届かない。

「言ったところで絶対に受け入れてもらえないと知っているから……」
 
 だから、

「見上げているだけさ」

 それ以上は何も言わず、私は歩く。一度だけ私の名前を呼んだ後は何も言わずにハヤ太君はついて来る。
 沈黙を破ったのは、二人の友人だった。

「うお――終わったぞ――」
「終わったよー」

 解放感そのままに背伸びをして理沙が、疲労感を笑顔に滲ませて泉が私たちに近づいてくる。どっちの顔もおバカっぽい。だから、補習なんぞ受けるんだ。
 ハヤ太君の待ち人も来たようで、小さなご主人様が「つまらん授業だった」とボヤきながら歩いてくる。
 
「まったく雪路だけじゃなくヒナもいたから」
「授業大変だったよ」

 ヒナも、いたのか。

「なに言ってんの。
 私だってやりたくてやってるわけじゃないんですからね」

 声のほうを振り向くと、そこには話題の主がいた。
 ヒナのことだ、理沙達の不満を耳にするまでもなく、それは一生懸命に教え込んだんだろう。昔からの付き合いだ。それぐらいわかる。
 塾に通っていたころも面倒くさがる私を、強引に勉強会に誘ったりしていた。

「なんだ。補習はヒナが教えていたのか」
「そっ。お姉ちゃんだと、単なる遊びになるからって理事長さまから電話で直々に」

 雪路とは正反対の生真面目な性格だもんな。
 だから、政治家の娘として浮いていて、イジメられることの多かった私を助けてくれて、友達になってくれたんだろう。

「だったら赤点でもよかったな」
「やめてよね。これ以上、困らせないでよ」

 そんなこと言いながら、誰かのために勝手に困っているのがヒナだ。
 それなら、私がこれぐらい困らせてもバチなんて当たらないはずだ。
 助けられる者には、手が届かないのがヒーローなんだから。












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(待ちに待った)ハヤテのごとく!第196話感想 - Like or Love ? それとも……
(前書きは飛ばして感想本文だけ読みたい方はRead Moreをどうぞ) それは、凄まじい衝撃だった。 こうするようになったのはいつからだろうか...

2008.10.15 23:39 | ~碧に架かる贈り物~

ハヤテのごとく!196話【切なさ炸裂アドベンチャー】畑健二郎
 まさかの花菱美希回!ついに来たー、と思う一方で遅きに失した感じが否めないなぁ……ハヤテの周辺はアーたんにとどめを刺すガチガチの過当競争だし、百合路線には最強の新種ハムスターが陣取っている。ぶっちゃけ彼女の立ち位置を考えるのがいちばん切なさ炸裂なのであ...

2008.10.15 23:54 | 360度の方針転換