しっぽきり

 正解にざわめく場内に満足感、そして自分が低く評価されていた事実に不快感を感じる文さんの視界に飛びこんできたのは、客席の見覚え在る三人。
 先ほどまで、監視対象である文さんが人目を集める場所に立った事実に血の気が引いた顔色で見つめていたシャルナさん、そして自分を意外そうな目で見る、執事服の少年と彼を従えた少女。事態を割りきってしまったのか、シャルナさんの顔色は戻っています。
 そのシャルナさんの思いきりの良さに侮れないものを感じながらも、文さんは当面の敵である、隣の少女をチラリと見やりました。
 ――伏兵の登場に戦々恐々、そんなところね。
 しかし、文さんは油断したりしません。平凡そうな少女の瞳の中にただならぬ決意が秘められていることを看破したからです。
 そして、第二問。
 地図記号で消防署はどんなマーク?
 ――消防署?
 その単語を聞いた瞬間に、文さんの手が大胆に、そして精密に動き始めました。





 解答する必要なんてないのに、問題を見ると考えざるをえない人のサガなのか、端から見ていた小学生に間違われることもしばしばな天才チビッ子ナギお嬢さまは、Yの文字を軽く凹ませて滑らかにしたような記号だと即答。
 一方、解答する必要のある西沢さんの答えはY。凹んでいないので不正解でした。正解を見てからなら「ちゃんと凹んでいる、角度の問題でYに見えるだけじゃないのかな?」と一ゴネも可能だったのかもしれませんが、正解を知らないのでゴネようがありません。
 そんなわけで考え直していると、文さんが「ふぁい!」と挙手しました。
 文さんのフリップに書かれていたのは、背中からの流血で床を赤く染めた成人男性が自身の血で「犯人は」と書いた後にYを凹ませたマークを書いている絵。
 司会者も、観客も、場内全てが一瞬静寂に包まれました。




 消して防ぐ、と書いて消防署。
 なにを消してなにを防ぐのか?
 火事か? 本当にそれだけなのだろうか? 
 文さんのそんな疑問に解決の糸口を与えたのは、文さんの兄が資料を読んで得たという二つの情報でした。
 ――悪魔は消防車を好む。
 ――とある高校の図書館で悪魔が消防車に関する本を探していた。
 文さんはゾッとしました。言われてみれば、あの真っ赤な消防車はどことなく血の色を連想させます。悪魔、血の色。考えを進めるうちに文さんは、情報が真実を含んだ嘘であると判断しました。
 そう、悪魔が消防車を好んでいたのではなく、悪魔と消防車は密接に関わっていたのです。人目を惹く赤い色。赤い色の消防車が動けば、人は誰でも火事が起こったのだと判断するでしょう。しかし、火事が起きた、その事実で人の思考は停止してしまいます。では消防車が出動する火事は、全て人によって起こされたものなのか?
 ――違う。
 文さんは、思います。
 赤は警告の色。赤は血の、生命の色。赤は日出と日没、つまりは始まりと終わりの色。
 消防車が消して防ごうとしていたのは、そして消防車が赤いのは、悪魔の生誕と死を消そうとしていたのです。悪魔は、人間界で生まれ死ぬとき、火を放つことでそれを欺き、そして消防車の放水によってその証拠は消し、人間に自らの存在を知られることを防ぐのです。
 悪魔は人間界に存在するのか?
 存在する。文さんは二つ目の情報から読み取りました。
 『とある高校の図書館で悪魔が消防車に関する本を集めていた』
 そう、悪魔は高校の図書館にいたのです。悪魔は高校にいた。情報を集めるにしても、わざわざ高校の図書館に行くという手間をかけずとも、一般の図書館で十分。おそらくは、高校生として生活し己の正体など欠片も見せない悪魔が、自分の通う高校の図書館でちょっとした調べ物をしたというところなのでしょう。
 人間を殺す、つまり滅ぼす犯人は、悪魔の存在を消している消防署という文さんの隠されたメッセージでしたが、読み取れた人間は場内には一人もいませんでした。




 なんだかんだとこなしているうちに、小学生時代の社会の時間で学んだ記憶を覚醒した西沢さんが、Yの字を凹ませて見事に正解。ポイントで並び、接戦に持ちこめる手応えを掴むのでした。お嬢さま的には低レベルらしくて、お嬢さまの言葉をフォローするハヤテ君も苦しそうなレベルの接戦でしたが。
 続く第三問は、連想クイズ。
 四つあるキワードのうち、モニターに浮かんだのはエプロンドレス。
 普段からマリアさんを見ている二人は、メイドさんを即連想。
 とりあえず数撃ちゃ当たるだろう的な思考なのか、二問めに続いて先陣を切ったのは西沢さん、解答は「お母さん」。ですが、司会の反応は「ちょっと惜しい」でした。年齢的な意味で?
 それならと考えをめぐらす西沢さんに続いたのは、ここでも文さんでした。

「たぶんHな体をしています!」
 
 何故か照れたように顔を赤らめている客席のハヤテ君。
 二つ目のキーワードは、「秋葉の名物」。「コスプレ」と反射的に答える西沢さんでしたが、これも惜しいどまり。そして、再び文さんの解答。

「文のお兄ちゃんが秋葉で買ってくる同人誌の中でたぶん……」







 文さんが不在の自宅を決死の覚悟で守ることに、使命感すら持っている文さんの兄が、自宅を空けてまで同じ志を持った仲間達と情報を交すために入手してくる同人誌。卑猥な絵の中に巧妙に隠蔽された思想を読み取り、世界の在り様を考える兄の顔を思い浮かべながら、文さんはその中の一冊。「縛ってメイドさん」を思い出していました。
 Hな体をしたメイドさんが、主人を縄で縛っててあんなことや、こんなこと。
 良識ある市民なら眉を潜めそうな内容ですが、淫乱な描写に隠された寓意を文さんは理解していました。
 従者であるはずのメイドが主人を縛る。
 体制によって束縛された者が、束縛しているはずの者を縛るのです。
 完全な支配などありえず、支配している者も支配されているのかもしれない。
 そう、あの日、時計塔で出会った黒衣の天使は、メイド服を着ていました。しかしその瞳は、従者として支配されている者のそれではなく、支配している者の輝きを放っていました。
 真の支配の在り様は、常に不定の物なのかもしれない。それを学べた有意義な一冊でした。
 ですが、司会者はその寓意を読み取れなかったようで、一から十まで聞き出そうとしてきます。ですが、斬新な視線で社会を斬ったとはいえ「縛ってメイドさん」は、表向きに口外するには憚られる内容の一冊。
 全てを語らなければ納得されないものかと迷い、文さんは具体的に語ろうとしました。しかし、視界はなぜかそれを拒否。文さんは、民衆と言うものが気まぐれであることを学ぶのでした。
 この問題は、諦めた文さん。ですが、自分の知るセカイをクイズの解答に隠して(読み取れるものはいないにしても)明かしていくという、緊張感を諦めるつもりはありませんでした。一人の少女が現れるまでは。
 優雅な足取りで境内に現れた少女を見つけた瞬間、文さんは震えました。
 華奢な体つき、柔らかに緩んだ頬。しかし、その瞳は嗜虐心に富み、怜悧に輝いています。
 ――下手をすれば、全てを見透かされる。
 そんな恐怖を抱いた文さんにできることは、口を噤み、馬鹿を装い見当外れの解答を続けることだけでした。
 





 なんだかんだあって、第三のキーワード「エプロンだけは取らないで」がかかったところで、それまで眠っていたかのようにピクリともしなかった理沙さんの祖父が「メイドさん」と即答。正解。
 三人が並ぶデッドヒートだけど、低レベルな展開に呆れるナギお嬢さまと、『エプロンドレス・Hな体・縄』でマリアさん主演の三題噺を脳内オンエアーさせるハヤテ君。そんな二人に声をかけてきたのは、愛歌さんでした。
 聞いてみると、銀杏商店街のスーパーヒーロー、レッドの正体が不明なシルバーシートが出演するステージの采配を振るっていたとかで遅れてきたらしいのです。

「ステージはどうだったんですか?」
「ええ、この規模の商店街のローカルヒーローにしては大成功だったわ。レッドのアクションが良かったって」
「ああ、特に剣さばきとか、すごかったですものね」

 納得するハヤテ君。ナギお嬢さまは、うずうずしながら尋ねます。

「それで、シルバーレッドは? サインとかもらえないかな?」
「シルバーレッドは、もう一仕事あってね」
「もう一仕事?」
 
 小首を傾げるナギお嬢さまに、愛歌さんは頷くと「ほら」とステージを指差しました。
 ナギお嬢さま、ハヤテ君が釣られてステージを見ると、煙幕が上がり、勇壮なテーマ曲と共に、シルバーレッドが現れました。
 残りニ問を飾るためのスペシャルゲストがシルバーレッドだったのです。
 はしゃぐお嬢さま、そしてクイズ大会の問題作成にも力を貸した愛歌さんも嬉しそうに微笑みを深くしました。



 
 仲間の結婚式を見に行ったらブスリとか、強化スーツを置いて子供達と遊びに行った隙に敵襲を受けてとか、南米に転属とか、中の人が――したから声ルフィで戦死とかで、一人残されたシルバーレッドが奮闘という筋書きのヒーローショーを無事切り抜けたシルバーレッドの中の人・ヒナギクさんは、休む間もなくクイズ大会のステージにスペシャルゲストとして上がりました。
 が、そこに待っていたのは、ヒーローショー以上の大ピンチ。
 恥ずかしいから正体を明かしたくないのに、解答者席に西沢さんと文さん。司会者とそのアシスタントに、泉さんと理沙さん。おまけに、客席にハヤテ君とナギお嬢さまと知り合いが一杯。さらに、客席の二人の側に、愛歌さんがいるあたり気が気じゃありません。
 面を被っているとはいえ、声を出してしまえばバレてしまうに違いありません。正体バレはヒーロー物の山場ですが、いかんせんこれは現実。バレれば、その後に待っているのは燃える展開ではなく、気まずく恥ずかしく、何かにつけてレッドレッドとからかわれる毎日、泉さんあたりにまで「私がレッドなのにな」とか、直後にツッコミを受けることを前提とした絡みを受けるに違いありません。
 そんなわけで声だけは出せないと固く誓うヒナギクさんが挑むのはインスピレーションクイズ。
 箱の中に手を突っ込んで、その反応を見て中身を当てるという古典的なクイズですが、運ばれてきた箱の中身にヒナギクさんは震えました。
 カエルでした。しかも一杯。
 更に、素手で手を入れろという条件まで追加されました。
 周囲のイメージ以上に乙女なヒナギクさんとしては、素手でカエルの群れの中に突っ込むというのは、嫌で嫌で仕方ないことです。
 しかし、いくら司会モードの時には気が利く泉さんが、「嫌なら言ってくださっていいですよ」と言っても「そうですか。じゃあ、すみません」と言うわけにはいきません。正体バレちゃうから。
 そんなわけで、グローブを外したヒナギクさん。カエルの群れの中に手を突っ込まなきゃいけないという状況に、目の前の親友が自分の手を「女の子みたい」とジッと見ていることなんかに気づく余裕はありません。
 唾を飲みこみ、覚悟を決めて、手を入れるヒナギクさん。
 触れた瞬間の、両生類特有のヒンヤリとした温度、粘つく粘液、ゲコゲコという不気味な鳴き声。
 その全てが、ヒナギクさんを体の芯から震わせました。
 そして、ヒナギクさんが震える様が、愛歌さんを愉悦に震わせました。
 愛歌さんが喜びを噛殺すように震えているとは、やっぱり気づく余裕なんてないヒナギクさんが、一心に祈っていたのは誰かが早く解答してくれること。
 動くカエルに思わず小さく声を漏らすヒナギクさん。
 狭い箱の中で飛び跳ねたカエルが、手首に当ったことに大きく体を震わせるヒナギクさん。
 そんなヒナギクさんを救ってくれたのは西沢さんでした。
 親友の解答に運命を感じるヒナギクさんでしたが、西沢さんの正答の理由は、カエルの鳴き声が漏れたからという、ヒナギクさんのリアクションというより出題側のミス的な身も蓋もない理由でした。
 次のクイズまでの準備時間に、手を洗おうとステージを降りるヒナギクさん。同じように、ステージを降りた友人二人の会話に思わず足を止めました。
 話題にしているのは、西沢さんのことでした。 

「よっぽど優勝してエーゲ海に行きたいんだな」

 エーゲ海。
 その単語に、アルバイト中に北斗さんから聞いたことを思い出しました。
 ――そういえばハヤテ君たち、エーゲ海に行くんですって。
 他の友人たちが海外に行くことは珍しくありませんでしたし、なにより、航空力学というヒナギクさんに言わせれば、不確かなオカルト的な理論で浮く鉄の塊である飛行機に乗らなければいけない海外に行くという時点で、ヒナギクさんがその情報に取りたてて感想を抱くことはありませんでした。
 しかし、西沢さんは海外に行きたいというのです。
 あんな飛行機に、想い人であるハヤテ君のために乗ると言うのです。
 そんな親友を、ヒナギクさんは尊敬するのでした。



 友人を尊敬しつつも、急ぎながらも必死に手を洗い、粘液とか感触とかを洗い流せたと自分に言い聞かせて、望んだ最終問題。
 正解すると十点というお約束ルールに、直前までリードしていた西沢さんを不憫に思うヒナギクさん。
 最終問題は三択クイズ。
 シルバーレッドが好きなものは何か? という問題でした。
 好きなものと言われて、ハヤテ君とか、家族とか、友人とか思い浮かべるヒナギクさん。ですが、モニターに浮かんだ答えにはヒナギクさんが思い浮かべたものはありません。
 一番下は、可愛いぬいぐるみ。
 これは好きです。周りからはイメージと違うと言われるかもしれませんが、ヒナギクさんも女の子ですので好きです。
 ニ番目は、甘いケーキ。
 これもまあ好きです。周りからどう言われることもなく普通に。
 一番上は、高いところ。
 ヒナギクさんは思いました。
 不憫なのは自分なのかもしれない。
 間違うと一発でアウト。十点入るだけあって厳しい条件の最終問題。尻込みする解答者の中で、真っ先に動いたのは矢張り西沢さんでした。
 勇気を持って選んだ選択肢は、高い所。理由はヒーローだから。
 確定。本当に、不憫なのはヒナギクさんでした。
 振りかえれば、ヒナギクさんが必死に手を洗っているときに準備されたであろう、縄はしごのかかった大型クレーンが一台。正解なら登ってくださいと泉さん。
 「予算のかけかたを間違っているんじゃ?」と毒づきたくもなるヒナギクさんの脳裏に、あの日、西沢さんと交した約束が浮かびました。
 西沢さんの恋を応援する。
 たしかに、そう言いました。しかし、同じ人を好きになってしまった自分。打ち明けたとき、西沢さんは笑って許してくれました。しかし、約束を反古にしてしまった負い目は消えません。

 ――ならば、ならば、せめて。

 ヒナギクさんの右手が縄はしごにかかりました。続けて、左手は上の縄に。足をかけて体を持ち上げる。夜風を受けて揺れる縄はしごですが、ヒナギクさんはその繰り返しを止めようとしません。

 ――優しさに報いよう。

 縄はしごを上っていくシルバーレッドの姿に、湧く客席。そして、クレーンの頂上に上った瞬間、場内の興奮は頂点に達しました。
 気絶しそうになりながらも、なんとか下を見ると、勝ち名乗りを受けた西沢さんが、万歳をして喜んでいます。
 
 ――よかったわね……歩……。

 弾けるように喜ぶ親友の姿に達成感を感じながらも、高いところに登ったら降りなければならないという事実に、身もすくませ、もう二度と、金輪際高いところには登らないと、ヒナギクさんは心に固く誓うのでした。


 
 西沢さんがクイズ大会に優勝したという話は、早いもので北斗さんの耳に入っていました。

「いったい誰と行くの?」

 そう、エーゲ海行きのチケットはペアチケット。誰を連れていくのか、西沢さんにとって大きな問題でした。
 家族を連れていこうかという考えも浮かびました。ですが、それは一瞬、浮かんだだけ。
 一緒に行きたい人の顔を思い浮かべた後は、迷いなくその人にしようと決めていました。
 ひょっとしたら、あの時、震える足を見た瞬間、決めていたのかもしれません。
 女の子みたいな綺麗な手、高いところで震えていた足。
 
「問題はどうやって飛行機に乗ってもらうかなんですよね~」

 高いところがキライという少し子供っぽいところがあるけど、とても優しくて勇気のある、夢をかなえてくれたヒーローの顔を思い浮かべて、西沢さんは微笑むのでした。












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