しっぽきり

 二人を包むのは潮の香り、エーゲ海を望む真っ白な砂浜と、それを赤く染める穏やかな夕日。
 砂浜から望むのはエーゲ海。
 黄昏の美しさに感嘆を漏らす私。
 手をかざし、目の前の風景に感嘆を漏らす私と、それに同意するハヤテ君。
 
「けど……」
 
 けど?
 ハヤテ君は何を言おうとしているんだろう?

「その夕日に照らされている西沢さんの方が転……もっとキレイですよ……」

 突然のハヤテ君の台詞に。言葉に詰まる私。
 夕日を浴びていることとは別の理由で頬を真っ赤にした私に、ハヤテ君が近づいてくる。

「いやだ!! なんでそんな冗談……」
「本当ですよ。西ザ泡さんの笑顔はあの太陽の何倍も輝いています」

 言葉通り、少し身を屈めて私の顔を覗くハヤテ君の瞳には嘘なんて欠片も含まれていない。
 
「スキです……西沢さん」

 そして、私と彼の唇が――

 そんなわけで平凡な団地に住み、それほど高くないベッドと新しくも古くもない枕で眠る、ごくごく普通の女子高生である西沢さんの朝は、「夢見てんじゃねーぞ、普通人風情が!」的な夢落ちから始まりました。
 それでも、高校二年生のGWは一生に一回。恋する乙女である西沢さんとしては、普通じゃない夢ぐらい見ても罪ではないと思うのでした。
 そんな夢を見たのも、バイト帰りに貰った一枚のチラシが原因でした。
 そこにはこう書かれていました。
 一等商品 トルコ・エーゲ海海外旅行券。


 バイトに出かけた
 エーゲ海。というか、海外。
 そもそも夢の設定自体に無理がありました。
 そう、二人でエーゲ海の夕日を見るには、自分だけじゃなくハヤテ君もエーゲ海に行かなくてはならないのです。あの、お金の匂いがトンとしない、借金返済と生活費を稼ぐために、西沢さんのアプローチを尽くスルーしてきたハヤテ君が海外だなんて、考えられません。
 そう、ハヤテ君が海外に行くなんて――

「ハヤテ君海外行くんですって」

 ありました。そういや、あの野郎大金持ちの執事でした。
 しかもエーゲ海です。
 バイト頼もうとしてたのにとグチる加賀さんに、呆然唖然の西沢さん。
 景品の商品もエーゲ海、ハヤテ君が行くのもエーゲ海。
 偶然の一致、いや、運命!
 本当は、ナギお嬢さまが一枚噛んでるだけの必然なのですが、そんなこと西沢さんは知る由もありません。
 なので、バイト代を受け取り、「朝の夢は正夢にちがいない。それに、去年夢の島のチケットも当てたからクジ運には自信アリ。だから絶対に一等を当てる、いや当たって当然、自分以外の誰が当たるというのか! もう一等を当てるのは宿命といってもいいんじゃないかな?」ぐらいの意気込みで福引くこと一〇回。
 エーゲ海に餓えるジャンヌ・ダルク、西沢さんが挑んだ宿命の戦いの結果は、

 白白白白白白白白白白。

 夢見てんじゃねーぞ平民風情が! 的な結果でした。

 失意に打ちのめされ、向かったのは四菱東京USJ銀行。
 そうそう世の中はうまくいきません。
 クジを引く前から、自分を盛り上げてはみたものの、薄々気付いていました。
 一等があたる確率がごく僅かだということを。
 それでも、五百円の買い物で一枚の福引き券がもっと一杯あれば可能性があるはず。
 もっと一杯のお金があれば。
 そこで、西沢さんは自分が銀行に来た理由を思い出しました。バイト代四万円を預けに銀行に来たことを。
 四万全て突っ込めば、八〇回はクジを引ける。八〇回引けば、八〇回引けば――ですが、小市民であるところの西沢さんには、さすがにそんなことは出来ませんでした。
 全部突っ込むには、一ヶ月近いアルバイトを経て貰ったばかりのお金は重過ぎました。
 それにしても、エーゲ海に行きたかった。
 ため息混じりに独り言を漏らす西沢さんに声をかける少女が一人。

「だったらその未来を自分の手で切り開いてみないかい!?」

 振り向いてみると、そこにいたのは巫女服の少女。
 日常的とは言いがたい服装に面食らう西沢さんでしたが、よくよく顔を見れば見覚えがあります。
 そうだ、この人は。
 ヒナギクさんの友達の、朝風理沙さんでした。
 名前を思い出し、気になったのはさっきの台詞。
 そのことを聞くと、理沙さんは一枚の手紙を西沢さんに渡しました。
 手渡されたチラシには、理沙さんの家の神社で行われるクイズ大会の商品がエーゲ海であることが書かれていました。
 またエーゲ海。
 この流れに西沢さんは、運命を見出しました。人が集まらないという状況も、自分を後押ししてくれている。西沢さんの確信がますます深まっていきます。
 これで、私はエーゲ海の花になる。
 神様に感謝の祈りをささげながら、西沢さんは宿命の戦い第二ラウンドに挑むことを決断するのでした。


 
 そして、夕方。
 決戦に備えて勝利へのイメージトレーニング中の西沢さん。
 そんな西沢さんに、理沙さんは自信の程を尋ねました。
 西沢さんは答えました。
 私はクイズが得意な女。なぜなら、毎週いろんなクイズ番組を観て、家族に圧勝しているから。
 誇らしげに語る西沢さんに、理沙さんは日本のテレビ事情を少し悟るのでした。
 そんなわけでクイズに自信を見せる西沢さん。家族内百戦錬磨の自分なら、どんな相手でも圧倒できるに違いない。
 そんな鼻息荒い西沢さんに、声をかけてきたのはハヤテ君でした。その隣には、西沢さんを敵視してくるナギお嬢さま。
 まさかハヤテ君も参加者に!? ひょっとしたら、ハヤテ君のエーゲ海旅行というのも、このクイズで優勝することを当て込んでいるのかも。ああ、でも私が勝ってしまうのは運命。そうなれば、ハヤテ君はエーゲ海に行けない。なら、いっそのこと負けて――でも、そしたら、私が行けない。なんという運命のイタズラ。これは、ちょっとヒドいんじゃないかな? 神様。

「え? なんの話ですか?」

 そう否定したのは、神様じゃなくハヤテ君。どうやら、二人はお祭りに被写体を探しにきただけでクイズ大会には出ないみたいです。
 理沙さんの説明によれば、ヒローショーがあったりするとかで、ハヤテ君がたいしたものはないと一笑に付した出店も含めると、商店街の本気がうかがえます。
 そして、商店街の本気の粋が、祭りの主役であるお神輿。
 オタ貧乳、ツンデレ姉、天然妹、同人メガネ、純粋ロリー、寡黙貧乳と時をかけそうな程神々しいご神体を祭ったお神輿とか絵馬とかに、ハヤテ君は鷲宮的な本気を感じるのでした。

 そんなこんなしているうちに、あっというまにクイズ大会。
 校内マラソン大会を含めて、司会・実況なことには定評のある魔女コスの泉さんが「クイズミコサンアカデミー」の開催を宣言しました。
 解答者席には、西沢さん含めて他数名。
 そこにナギお嬢さまは、見覚えのある顔を発見しました。
 それは、お嬢さまの頭にパンくずを乗せた新入生、日々野文さんでした。



 文さんが、銀杏商店街に訪れたのはほんの気まぐれでした。
 文さんの本質を見抜けない愚昧な教師が課した補習を済まし、シャルナさんとの帰り道に見つけた人だかり。それが、銀杏商店街のお祭りでした。
 湧く人の群れをかき分け進んでいくと、渡されたのは一枚のチラシ。文さんの目に止まったのはクイズの景品である海外旅行の四文字。
 エーゲ海。
 西暦以前の世界に覇を成したその国には、支配とその維持に必要な秘密があるかもしれない。
 そんな思いで参加したクイズ大会。
 席に着いた文さんの前にあるのは見知らぬ機械。
 些細な疑問でも、放置しておけば思わぬ障害になるかもしれない。
 隣に座っている少女が、人畜無害そう普通の少女であることを確認してから文さんは問いました。

「隣のお嬢さん、これはいったいなんですか?」

 少女は、答えがわかったときに押すボタンだと言います。言われるままにボタンを押すと、ピンポーンと大きな電子音が響きました。
 その音に文さんは震えました。
 文さんの計画の第一歩として行ってきたピンポンダッシュ。単なる悪戯にしか思えないその行為にも、文さんの、「ピンポンの音に出てくる。しかし、そこに誰もいないとなれば不安になる。その小さな不安が集まっていけばこそ、絶対的な指導者を求めるの下地となる」という深謀遠慮が秘められていました。
 そんな文さんの思惑など知りもしない他者たちは、ある者は文さんを道化であるかのように笑い、あるものは失笑し、あるものは組しやすしと笑いました。
 そんな状況に不満を覚えながらも、文さんは、いよいよ出題される問題に耳を済ましました。

「1192296358+4589365466+5587963621の答えは?」

 会場がざわめき始め、文さんの隣の少女は叫び、ある解答者は「ええ?」と困ったように笑いはじめました。
 出題者兼司会者の少女が、制限時間が一分であると宣言すると、更に会場が湧き始めました。
 あまりに無理な展開でしたが、少女は司会者を任されるだけあってか、意外な柔軟性を見せはじめました。
 数字をもう一度ゆっくり読もうとする、司会の少女の機転に観客と解答者が安心したその時でした。

 ピンポーン。

 解答の合図は、誰もが鳴らさないと思っていた瞬間に、誰もが鳴らさないと思いこんでいた解答者が鳴らしました。
 文さんでした。
 戸惑い、あるいは解答できるわけがないのにという冷たい視線が文さんに向けられました。
 その中で文さんは、一息に言いきりました。

「11369625445」

 場内の半分は当てずっぽうに答えたと失笑し、場内の半分は司会の少女の「はずれです」という言葉を待っていました。
 うろたえ、答えの書かれた用紙を何度も確認した後、司会の少女は言いました。

「せ、正解」

 解答者、観客の区別なく場内が驚きに包まれました。
 幼い頃から好きだった数学。小さな頃は、ただただ問題が合理的に解けていく計算が好きなだけでした。
 しかし、今では民草は数字で管理されるべきだという信念が、文さんの数学への情熱をかき立てていました。
 他の参加者のレベルの低さに安堵に見せかけた失望の溜め息を漏らす文さん。ですが、その視界に褐色の肌を捉えた瞬間、その表情をこわばらせました。
 シャルナさんの、文さんを見つめる冷ややか視線。
 ――わかっている、わかっている。
 超能力開発のためインドの犯罪組織から派遣されてきたに違いないシャルナさん。ですが、インドといえばゼロの概念を生み出した国。そのような国の犯罪組織なら、超能力開発に留まらず、文さんの数学の才能も、獲得の視野にいれているに違いありません。
 それにとある情報筋から、ゼロこそが人を服従させる力、ゼロこそが異世界を巻きこみ「虚無」を作り出す力という情報を得ていました。ゼロという数字には、もちろんそんな力はありません。しかし、神秘の国であるインドの未知なる概念と、そのインドが超能力のルーツであり脈々と悪事の根を張り巡らせてきた白皇の力が合わさったものが、超常的な力である“ゼロ”を産み出しているのではないのか。
 そこに、文さんの才能が加われば、シャルナさんの背後にある組織は、世界に鎮魂曲を流すだけの力を得るでしょう。
文さんは自問しました。
 ――逆に、自分がその力を得られれば。
 想像するだけで恐ろしくなるような愉悦を、文さんは正解を喜ぶ笑顔の中に潜ませるのでした。












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