しっぽきり

 咲夜さんはナギお嬢さまに問いました。
 決着をつけるとはどういうことか?
 ナギお嬢さまの狙いは、一度はあきらめるけど信じられなくて引き返してくる、というヤンデレの習性を活かすことでした。
 そこに、水族館でワーキャー言う二人を見せる。呆然とするヤンデレさんに、僕達付き合ってるんですと言えば、致命傷を負ったヤンデレにトドメをさせるはず。
 お嬢さまの作戦は、概ね思い通りに進んでいました。鉢合わせたのが、ヤンデレさんではなく、よく知る二人だったこと以外は。




「お待たせしました」

 ハヤテ君が振り向くと、そこにいたのは着替えを終えたマリアさん。
 ボーダーの七部袖にミニスカート。ファーのついたショートブーツに着替えたマリアさんは、ハヤテ君の目に、とても可憐に映りました。
 しかし、普段が普段。女の子といえばダボハゼのごとく可愛い可愛いと天然ジゴロってるハヤテ君の感想はイマイチ信用されていないみたいでした。
 そうこうしているうちに、水族館に到着した二人。
 入場券を買って、入場。
 水族館は初めてのマリアさん。入り組んだ構造に、そして魚の種類に純粋に驚いているみたいです。そのうちの一種類の魚、オオカネモチアジ(学名・ヒキコモリフゴウアジ)を指差し、微笑みました。
 
「あ、この魚ナギに似てます」
 
 言われてみれば目元とか、すぐ物陰に隠れようとするところがどことなく似ています。

「はは。それは不機嫌そうな所がですか?」

 一つ笑いあって、二人は奥に進みました。

「あっ、あの魚、三千院湖で見かけたことがありますよ」
「なんでもいますね、あの湖」

『ようこそ野方水族館へ!! ここはイワシのコーナーだよ!!』

「イワシ。そういえば煮干が切れかけて……やめときましょうか、こういう話は」
「……ええ、一応デートですしね。あっ、なんだかプールもあるみたいですよ」
「行ってみましょうか」
「そうですね」

 そんな二人は、自分達の後を見つめていた二人に気がつきませんでした。





 呆然自失、旅立ちを決意したものの、やっぱり気になって引き返してきた西沢さん。さて、二人はどこかと見回していると、駆けてくる見慣れた人影。なんとヒナギクさんでした。
 話を聞いてみると、ヒナギクさんも、二人がイチャイチャしているのを見て旅立ちを決意したんだけど、気になって引き返してきたとか。そんなわけで、二人は一緒にハヤテ君とマリアさんを追いかけることに。二人は情報を出し合いました。

「私が見たときは、ハヤテ君、女装してた」
「……似合いそうね。私が見たときは、マリアさんが水着を試着してたわ」
「そう。それは……なんと言ったらいいのか」
「なんで私の胸を見るの?」
「そ、そうだ水着を買ったってことは水に関係あるところに行ったんじゃないかな? かな?」
「……ここら辺、プールなんてないわよ?」
「じゃあ、水族館とか」
「水着関係ないじゃない」

 とは言うものの、他にデートスポット的な場所も少なかったので、二人はとりあえず水族館に向かうことにしました。
 そして、水族館。なんといました。マリアさんは何故か着替えていますが、ハヤテ君は見紛うことなき執事服。
 水族館でデート。なんとも恋人チックなデートですが、本当に二人がつきあっているのかは定かではありません。ハヤテ君は女の子が苦手とか、まだ付き合うことは考えられないとか、返事は保留とかそんな類のことを言っていたような気がしますが、考えてみれば年頃の二人が、一つ屋根の下で一緒の仕事をしているのです。

 ということは、宵っ張りとはいえナギもまだ子供。すっかり眠ってしまった後も、朝までには十分な時間がある。そして、ナギが眠ってしまった後の広いお屋敷の中には二人を見る目はない。
 二人きりの時間。
 少年の主が変わり、メイドである少女はお嬢さまへと変わる。
 少年は少女を優しく抱き上げ、部屋に。
 月光の差しこむ部屋、ポトリと花は落ちた。

 なにやらゴモゴモと口走るヒナギクさんの妄想力に西沢さんは驚くのでした。
 妄想力豊かなヒナギクさんを沈めてハヤテ君とマリアさんを追う西沢さん。
 二人は水槽の前で時折立ち止まっては和やかに会話を交わしています。
 そんな二人のいい空気に怯む西沢さんですが、しかし、まだ分かりません。そう、一つ屋根の下で暮らしているのですから、あれぐらい仲がよくても不思議ではありません。今は、静かに静かに見守るのみ。そう、物音を立てずに。気づかれないよう、気づかれないよう――

『ようこそ野方水族館へ!! ここはイワシのコーナーだよ!!』

 水族館に入ってからなんとなくソワソワしていたヒナギクさんが、イワシコーナーに設置された説明のボタンを押していました。
 怒ると「水族館来たの初めてだし」と涙目で言い訳。そんなこんなしているうちに二人を見失ってしまいました。

 


 暗い館内から外に出ると、プールの水面で反射した光が二人を迎えてくれました。
 細めた視界に映っでのは、水面から飛び跳ねたイルカ、舞う水飛沫。どうやら幸運なことに、イルカショーの時間に当たったようでした。
 席は空いているので、前で見ましょうと、緩やかな階段を降りていくマリアさん。不用意に前の席に向かうマリアさんをハヤテ君は、急いで止めに行きました。
 その甲斐あって、落ちてきたイルカの水飛沫でマリアさんが濡れたり、透けたり、サービスしたりするのを防ぐことができました。
 が、その拍子に髪止めが飛びました。
 そしてハヤテ君はマリアさんを抱き寄せていました。
 お互いの距離の近さに、息が止まり頬が染まります。
 すぐに、謝り離れる二人。会話は反れてイルカの可愛さに。
 突然のこととはいえ、抱き寄せられる形になったマリアさんの心中は穏やかではありませんでした。ハヤテ君に抱き寄せられたことがイヤなのではありません。あえて言えば、ハヤテ君に抱き寄せられたぐらいで、動揺してしまった自分がなんだか情けなかったような気がするのです。
 思えば今日は、ラブレターのこととか手を握られたとかで、ハヤテ君のことで動揺してばかり。これは今後のことを考えて、年上のお姉さんとしての威厳を示しておかなければいけません。
 なので、ハヤテ君にこう言いました。

「べ……別にハヤテ君のことなんか……なんとも思ってないんですからね!」

 とっても……二番煎じです。
 ハヤテ君はポカンとした顔で頷きました。これは行けません。なんだか、自分だけが意識してしまって空回りしているようです。
 敗北感に打ちのめされるマリアさんは、もっと大人っぽいところを見せつけることを誓うのでした。






 

 そんな二人を睨む視線が一つ。群れを離れた一羽のペンギンでした。
 水族館自慢のペンギンダンスをしようとラインを整えようとしているのに、従おうとしないはぐれペンギンに、次々に罵倒しはじめました。ペンギンの輪唱するような鳴き声に近くにいた子供も泣き出す始末。異様な状態でしたが、孤立していたペンギンはふてぶてしくクケーッと一喝。ペンギンの正体は、マリアさんとデートするハヤテ君に嫉妬した神父さんが取り憑いたペンギンだったのです。
 神父の心中にはハヤテ君への怒りが渦巻いていました。

 ――ガキの分際でメイドさんとデート! 秋葉原の誰もが夢見るメイドさんとデート! しかも、なんだ! メイドさんのメイド服を脱がして私服にしてしまうとは! エプロンドレスじゃなきゃメイドがメイドじゃなくなっちゃうじゃないか!

 しかし、このまま黙っている神父さんではありません。ペンギンに取り憑いて、みすみすメイドさんと他の男がデートしているのを見逃したとあっては、神父の名折れ。神様にも申し訳がたちません。
 ペンギンの姿でメイドさんの胸に飛び込めば、優しくだきしめてくれるはず。メイドさんがメイド服じゃないのは残念だけど、メイドさんなら心もメイドのはず!
 神父はメイドさんの豊かな胸めがけて飛びあがりました。
 が、ペンギンの足は水かき付き。軌道が少しずれていることに気づきました。放物線を描き飛びこんだのは、鍛え上げられた外見より分厚く硬い感触のハヤテ君の胸板。
 ペンギンが飛びこんでくるという異常事態にも関わらず、はしゃぐハヤテ君。せめて、媚びを売るようなつぶらな黒い瞳を向けてメイドさんに視線を向けました。

「そんなペンギンなんかではしゃぐなんて……ハヤテ君も子供ですわね」

 返ってきたのは、軽蔑をたっぷりと詰め込んだ微笑みでした。そして、見下すようなマリアさんの視線に突き刺されたまま神父の意識はブラックアウトしました。 
 


 ペンギンさんを見下した後、なぜか上機嫌になったマリアさんとのデートを終えたハヤテ君。ヤンデレさんが、あきらめてくれたかどうかは分かりませんが、嘘デートとはいえ、マリアさんと本当にデートしたように思えて楽しい一日でした。
 マリアさんにも感想を尋ねると、マリアさんは少し考えた後――突然の再会に言葉を遮られました。
 現れたのは、86という文字を軽く歪ませる胸囲の西沢さんと、真っ直ぐな心意気が売りのヒナギクさん。西沢さんは、ハヤテ君達を見失った後、探すという名目の元、水族館は初めてだというヒナギクさんと一緒に、本来の目的を蹴っ飛ばして、巻かれたエサに渦巻き踊る小魚のエサ巻きショーや、ジュゴンの水槽や、深海魚コーナー、取れたて魚の生け作りコーナーを回って、デート気分を満喫していたのですが、再会したとあっては真相を確認せずにはいられません。
 
「も!! もしかして二人はつきあってたりするのかな!?」

 勢いに任せて叩きつけた質問。二人の答えはノーでした。
 ヤンデレさんからの手紙をもらって、それを諦めさせるためにナギお嬢さま発案の嘘デートを見せつけるようとしていたという説明をもらって、ほっと一安心。
 最後のとっておきとして取っておいたイルカショーに向かうのでした。



 改めて自分達がやってきたことを振りかえり、赤面しながらも恋人同士に見えていたことでお嬢さまのプランを誉めるハヤテ君。
 そんなハヤテ君の横顔を見つめながら、マリアさんは、
 ――自分にもいつか本当に恋人ができて、そして今日みたいに一緒にデートするのかもしれない。
 と、今まで思いもしなかった物思いにふけろうとした瞬間に、ハヤテ君に声をかけられたりして、ハヤテ君のデリカシー不足を責めたりするのでした。
 そんな帰路についたハヤテ君とマリアさんは、「ウソだったらどうする?」と疑心暗鬼にかかる二人がいることを知らないのでした。












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