しっぽきり

 三千院家にはメイドがいます。才色兼備、とても理知的でお嬢さまへの母性もたっぷり、落ち着いた立ち振る舞いが同世代の女性とは隔絶した印象を与える大人なマリアさん。
 そんなマリアさんは、三千院家に届いた郵便物を改めていました。
 郵便物は、ピザ・すし・闇金・パソコンの新機種・メイドの宅配・あんなサイトやこんなサイトを使ったんだから幾ら幾らこの口座まで払ってください的なアレ・巻きますか? 巻きませんか? などなど多種多様。
 が、その中の一通だけ明らかに違う空気を持っていました。ハートの縁取りがしてあり、丸っこい文字で『あやさきハヤテくんへ』と書かれている手紙。
 ――なんだかラブレターチックなダイレクトメール。ひょっとしたら、ハヤテ君が見栄を張るために自作自演した脳内彼女からの手紙?
 ですが、ハヤテ君は天然ジゴロですし、そうではなさそうです。ならば、手の込んだ宣伝かと思いきや、宛先を見ると業者の名前ではなく、これまた神代令子という女の子名前と文化で1134なアパートの住所が丸っこい文字で書かれています。
 あまりの事態に、嘘だっと叫ぶ余裕はなく、どうにかうめく様に、うそ……だろ? と現実を否定しようとしましたが、書かれている住所がそれを否定します。
 一縷の望みをかけて、『クラスの男友達が暇つぶしのイタズラで「放課後、学校裏の川原で待っています」とラブレターを友達のゲタ箱に投下したのを読んで喜び勇んで体育館裏に向かう僕。が、そこには、ボロ雑巾のように叩きのめされた手紙を投下した友人達と、たまたまその日、学校裏の川原を喧嘩場所に指定していて、勘違いして友人達を叩きのめした不良集団、どうやら勘違いのし重ねで自分のことを援軍かなにかと思っているらしい。一対多数。鉄パイプやら何やらエモノを片手に迫り来る不良集団、考えても考えてもマグガイバーみたいな名案は浮かばない。どうする? どうする?』的な全国でよく見られるケースかと思って手紙の匂いをかいで見ると、可愛らしい女の子が匂いがします。
 つまり、これは、もはや疑いようもなくハヤテ君あてのラブレター。
 とりあえず、本人に渡そう。よろめきそうになりながらもマリアさんはそう決めるのでした。





 そんなことは露知らず、ハヤテ君は今日も今日とてパソコンの前にへばり付くお嬢さまの側に仕えていました。
 広大なネットのなかでお嬢さまが興味を示したのは、通りを正確に見られるというグーグル先生の新サービス。犯罪に活かせそうとか、ミステリーのトリックに使えそうとか漫画家志望っぽいことを言うお嬢さま。夢へ邁進するお嬢さまと捉えるべきか、物騒なことを考えちゃいけませんと叱るべきか、迷うハヤテ君にマリアさんから呼び出しがかかりました。
 


「は? 僕にラブレター」

 側にいて、お嬢さまの為に働くという同じことを考えているうちに、いつしか絆が芽生え、そして好意に育っていったに違いない、いやしかし僕は――とか都合のいいことを考える前にマリアさんは、ハヤテ君の妄想をバッサリ否定しました。
 かくかくしかじかと事情を説明し、ラブレターを手渡すと、ハヤテ君はあっさり断る方向で話を進めはじめました。
 何故、そんなあっさり。
 一応顔だけ見て可愛かったらつきあってしまおうとかないのかと尋ねると、そんな不器用な真似はできませんと、これもあっさり。ハヤテ君にはハヤテ君で、十週分の事情がありましたし、そもそも女の子と付き合いたいと思えば既にキープはいるので、この手のラブレターに頼る必要もありません。
 断るにしてもハヤテ君は、ラブレターを貰ったことがありません。一度、普通の女の子が渡そうと夜遅くまでかかって書いたものの、その時封をせず、朝起きてから封をする前に読みなおすという致命的なミスをしたため未遂に終わったことがあるのですが、ハヤテ君にとっては知る由もありません。
 とにかく、貰ったことがないので、「急に告白が来たので」は経験していても、あらかじめ断る時と決めたときの断り方は未経験のままです。
 なので、ハヤテ君の中ではそういう経験を含めて色んな人生経験が年齢相応に豊富そうに見えるマリアさんに断り方を尋ねてきます。
 たしかにマリアさんは、白皇時代から才色兼備の女子高生でしたから、そういう手紙をよく貰っていました。ですが、そういう手紙から匂ってきたのは可愛らしい女の子の匂いではなく、十歳の女の子にラブレターを出す男子高校生という「犯罪スメル。手紙も「マリアさん」でも「マリアちゃん」でもなく「マリアたん」と名前が書いてありました。少し怖くなって、牧村さんに相談すると「ブラクラかもしれないから、私が確認します。大丈夫、これも生徒会長を助ける副会長の仕事だから気にしないで」と心強く引き受けて、出した相手を戦闘用介護ロボの試作機の実験台にすることで解決していたので、マリアさんもラブレターへの断り方は知りません。
 とりあえず中身を確認すると、手紙を埋め尽くしていたのは「スキ」の二文字×一杯。
 ハヤテ君の脳裏を一杯にしたのは、空鍋とかタワシコロッケとか、ヤンデレな感じのワードが一杯。デレがあるかどうかも分かりません。可愛い女の子の匂いなんてどこへやら、手紙の中身は犯罪スメルが放たれています。
 なるべく早く、できるだけ柔らかい表現で断りの手紙を出さねばと慌てふためく二人を、いつのまに来ていたのか、ナギお嬢さまが制止しました。
 落とし神のサイトで、ヤンデレの攻略法を会得しているナギお嬢さまは「お断りだ!!」と大書する男らしい断りの手紙を投函。
 「私のハヤテに手を出そうなんて千年早いのだ」と意気揚揚に帰宅するお嬢さま。
 しかし、同時に三千院家のポストに何か届きました。
 中身は「殺す殺す殺す殺す」と一杯の殺意と血の手形。神代令子のヤンデレレベルが少し、というか大分上がっていました。
 手紙で断るのではラチがあかない。そう、悲しいかなこれは現実。現実とゲームの世界を一緒にしてはいけない。落とし神さまもそう言ってたっけ。ゲームと現実では落とし方も違う。ゲームのやり方は通用しない。
 ならば、ならば――




 ――漫画のやり方ならいけんじゃね?

 そんなわけで、古典的ラブコメ路線でナギお嬢さまは攻めることにしました。






 待ち合わせ場所は、ショッピングモールの広場前。
 
「ハヤテく~ん」
 
 手を振りながら少女が近づいてくる。
 名前を呼ばれた少年が、笑って言う。

「やあマリア。今日もキレイだね」

 少女の名前はマリア。
 少年の名前はハヤテ。
 ごく普通の二人は、ごく普通の待ち合わせをして、ごく普通のデートを始めました。
 でも、ただ一つ違っていたのは……二人は恋人でもなんでもなかったのです。


 
 ちょっと前。
 ゲームと現実は厳しいけど、漫画と現実は行けるはず。そう意気込むナギお嬢さまは一つの計略を立てました。
 ハヤテ君とマリアさんをデートさせて、ヤンデレさんにラブラブなところを見せつければ、必ずあきらめるはず。ヤンデレが性質上早めにフラグを消しておけば大丈夫なことと、相手が十中八九、ハヤテ君を監視していること、そしてハヤテ君の相手が自分じゃないのは自分では事実はどうあれハヤテ君の妹にしか見られないからという細かいところまで見越した、思わずげーっと叫びたくなるような、お嬢さまの罠でした。
 最後に、ハヤテ君に変な気を起こさないように締めて、ナギお嬢さまの『ヤンデレ撲滅☆ドキドキデート大作戦』はスタートするのでした。


 お嬢さま発案のうそデートを続ける二人。しかし、なぜか周囲から注目されています。訝しがる二人ですが、完璧なお嬢さまの作戦にはもう一つ秘密がありました。
 マリアさんをメイド服のままデートさせる。
 つまり、ハヤテ君が彼女に街中でメイド服を着たままデートすることを強要する人間と思わせようとしたのです。こうすれば、ヤンデレさんを怯ませることができるはずという心積もりでした。遂行する人間も心にダメージを負いそうですが、マリアさんなら、普段からメイド服でもかまわず街中に出ていっちまう人間なので大丈夫です。
 注目されて手を繋いで見るといることは不思議だけど、とにかくヤンデレから逃げたい一心でお嬢さまの指示に従うしかしょうがないハヤテ君は、服を買いにいくことにしました。
 そして、これもお嬢さまの指示通り、ハヤテ君はマリアさんの手をそっと握りました。
 触れ合った感触に一瞬できる沈黙の中、見つめあう二人。
 慌ててこれもお嬢さまの指示ですからと打ち消すハヤテ君と、わかっていますと、これまた慌てて同意するマリアさん。そんな二人に周囲の男衆は怒りを持って睨むのでした。

 何気ない会話。二人で歩く街並み。そして、つないだ少し細くはあっても自分より大きく温かい手。
 マリアさんが、うそデートとはいえ、初めてつないだのはそんなハヤテ君の手でした。






 同時刻、鷺ノ宮邸。

「ところで神父さん。さっき書いていた手紙はなんだったんですか?」
「ひまだからいたずらを……しかし君のお香は可愛らしい女の子の匂いがするね」

 会話がなくなった後、DVDを再生するモニターを見ながら、ポツリと神父が言いました。

「君の幼馴染のお勧めDVDだが、私の趣味と合いそうだよ」

 口許を袖で抑えて、伊澄さんが言いました。

「ええ。ワタル君の趣味はマニアックですから……」

 神父は一つ身震いをした後、DVDを少し巻き戻し、コマ送り再生にして、モニターを食い入るように見つめました。












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マリアさん@189話 「スキ? キライ? スキ!!」
好きとスキの境界線には何があるのでしょう。 そんな事に想いを馳せつつ、189話の感想に参ります。

2008.08.27 20:47 | PureSelectMaria

ハヤテのごとく!189話@初心なマリアさん
水泳なのかなぁ。習い事だと。一番続いたの バスケはあれ部活だからなぁ

2008.08.27 20:54 | 蒼のごとく!

ハヤテのごとく!189話【愛ゆえに人は苦しむと聖帝も言ってたしね】畑健二郎
 ヤンデレさんからお手紙着いた。マリアさんたら読まずにやきいも。仕方がないのでお手紙書いた。さっきの手紙のご用事、何かはしらんがお断りだ!!それも投函する前にやきいも。  くらいの豪快さを示してくれても良かったのに……「うそ…だろ?」からのモノローグが...

2008.08.27 21:19 | 360度の方針転換

第189話感想?「恋文」
今回は雪路の出番こそありませんでしたが、次回の雪路登場が多少期待出来るお話でした。

2008.08.29 21:39 | ゆきヤミ