しっぽきり

 分からない。

 罪を犯したことを分かっています。
 どんな罪を犯したのか分かっています。
 何を言ってしまったのか分かっています。
 


 でも、僕は――




 その罪を贖えるのでしょうか?
 その罪をいつ与えられるのでしょうか?



 分からない。









 アーたんからもらった、大切な指輪。
 アーたんが持っているには不自然に大きいその指輪は、それが大切なものかもしれないとハヤテ君に予感させていました。
 そんな大事な指輪を握り締めてハヤテ君は、家路へと急いでいました。
 が、足元がお留守になっていたのか、石ころに躓いて危うく、指輪を落として無くしてしまうところでした。
 なんとか、取り押さえたものの、剥き出しにして持っているのは、どこで落とすのかわからずあまりにも危険です。ポケットに入れておくにも、何かを出したり入れたりするときに落としそうでこれまた怖い。ならば、財布か紐でもあればとポケットから出てきたのは、一人遊びで鉄砲ゴッコをするときに使っていた輪ゴム、そのときの的になっていた洗濯機マン、いじめられッ子の必携アイテム・バンソウコウ、昔盾から飛び出すギミックあったよねBB戦士で――でもなんで盾から? と思わずにはいられない拾ったBB弾、ハヤテ君の砂を噛むような人生を象徴するかのような砂。
 一人遊びになら使えそうですが、指輪を引きとめておくとなると、心もとないものばかり。
 とりあえずお守りの中に入れて、スーパーとかでヒモをもらって首にかけようかと工夫していると、声をかけてくる大人が二人。
 ハヤテ君のお父さんとお母さんでした。
 振り向き経ちあがるハヤテ君。
 しかし、親が不思議なことを言っていることに気づきました。
 ――五日も家に帰らないで。
 五日? 二ヶ月は家に帰っていなかったはず。そんな疑問も、子供の家出の理由をいまだに察していない両親の脳天気さに消えてしまいました。
 怒りにまかせてハヤテ君は、糾弾しました。

「だってあんなの泥棒じゃないか!! 幼稚園のみんなの給食費を盗ったりして!! そんなの……ダメに決まっているだろ!!」

 一気に吐き出して、肩で息をしながら、ハヤテ君は父親を睨んでいました。






 ハヤテ君の叫びに、少しの間、お父さんは不思議そうな顔をしていました。
 この子は何を言っているんだろう?
 まるでそんな風に。
 ですが、泣き虫のはずのハヤテ君が、いつまでも睨むことを止めないのを見て考えを変え始めました。
 この子に何があったんだろう?
 父親の知っているハヤテ君なら、こんな風に向かってくることなんてありませんでした。
 お母さんと目で会話をします。

『この子こんな子だったっけ?』
『さあ? 最後にあったのはあなたでしょ? あなた何か言ったんじゃないの?』
『飴は、あげたかな』
『じゃあ、違うわね』
『君なにかしたかい?』
『まさか。わざわざ、夕食にカップ麺棚から出しておいてあげたりしてのよ。感謝されこそすれ、恨まれる覚えはないわ。それにハヤテ君、たぶん帰ってきてないもの』
『ふーん。じゃあ、違うのかな。まあ、いいや。どうする?』
『ごまかせば』
『子供だしね』
『ええ、子供ですもの』

 ハヤテ君の方を向き直ってお父さんは言います。
 ついうっかししていたと。
 笑いながら謝るお父さんに、釣られるようにハヤテ君の視線も緩んできました。
 ここでもう一押し。
 盗んだお金はしょうがないけど返そうか。
 ハヤテ君の表情が完全に緩みました。
 給食費は、既に、馬主の橘氏が二億五千万で買ったことで有名な、後々、一一月の福島開催未勝利戦で激走二着になることになるタチバナショタオウの単勝一本に突っ込んでスってしまい返せないのですが、それはそれ。後でどうにでも言いくるめればいい話です。
 とにかく、何やら希望と自信に目を光らせているハヤテ君を、この嘘と、人好きのする笑顔で完全に掌握してしまいました。
 
「でも、どうやって返せばいいのかな~」
「う~ん、お父さんお金よりも夢を追うタイプの人だもんね~」

 お母さんも流石、お父さんが生涯の伴侶に選んだ人です。
 以心伝心。アイコンタクトどころか、呼吸だけでお父さんの考えを分かってくれます。

「ハヤテ君ががんばって働けばいのよ。お父さんの手本になって」

 お父さんのいいように、そして自分の楽なように話を進めていってくれます。お母さんとはじめてあったとき、お父さんは、理解できない人間だらけの世界に、もう一人の自分を見つけました。
 お父さんは、数いた女性の中から(どの女性も、最後にはなぜかお父さんのことを、人間のクズと呼んでいきました)お母さんを選んだことを、誇りに思い、お母さんに感謝していました。
 お母さんはお父さんの人生を豊かにしてくれました。

「なるほど~」

 こんなにも素直で、

「それにしてもハヤテ君。さっきから気になっていたんだけどそのキレーな指輪はなんだい?」
「これはその……とても大事な人にもらった大切な指輪で……」
「じゃあハヤテ君ががんばって働いているときに落とさないように、お父さんが特別な場所で預かっておいてあげるよ」

 そして、

「うん!! ありがとう!!」

 こんなにも便利な道具を生んでくれたのですから。





 
 ハヤテ君は、走りました。
 ロイヤル・ガーデンを出てきたときよりも、足取りは軽いものでした。
 そう、もう何も心配はいらないのです。
 お父さんも、お母さんも変えられると分かりました。アーたんが一緒に住むことも認めてくれました。特別な場所に指輪を預けてくれました。美味しいお寿司も食べさせてくれました。
 今はまだ少し足りないかもしれないけど、指輪をあげられたんだから、きっとアーたんを養っていく甲斐性も身についていくはずです。
 自分さえ、自分さえ頑張れば全てうまく行く。
 思い浮かぶのは、両親と、そして何よりアーたんとの蜜のように甘い甘い生活。
 森を駆け抜け、花畑を駆け抜け。
 戻ってきたロイヤル・ガーデンを照らす月光が、ハヤテ君を祝福してくれているようでした。









 分からない。

 何が間違いだったのか?
 あの子に出会ってしまったことか。
 あの子に手を差し伸べてしまったことか。
 あの子を城に招き入れてしまったことか。
 あの子に笑いかけてしまったことか。
 あの子を返してしまったことか。
 あの子を――

 それでも、まだ間に合うはずだ。
 どんな手を使っても。





「アーたーん――――!!」

 呼ぶ声がする。
 明るい声。何も知らない、無垢な、そして無知な声。
 
「聞いて聞いて!! お父さんたちにアーたんの事話したら一緒に住んでもいいって。
 それで一緒に住むと何かと物入りだから家具とか持ってこれないかって……ねぇ!! アーたんってば!!!」

 持って行ってどうなる? 売るのか。ああ、いい考えだ。この城の装飾品だ。さぞ高く売れるだろう。それをどれぐらいで使いこむ? 何年だ? 何ヶ月だ? 何週だ? それとも奴らなら何時間か? 
 ありもしない希望に弾む声に、背中越しに答えるのは否定の言葉。

「行きませんわ」

 否定の言葉への反応は沈んだもの。
 
「そして、もう行かせもしませんわ」

 同時に打ち鳴らされた指に合わせて、取り囲むように剣が降ってくる。
 あんな奴らのことは忘れてしまえばいい。
 面食らうのを余所に、語るのは本心。
 連れ出してくれる白馬の王子さまなんか望んでたわけじゃない。そんなことは、ありえないことだ。
 両親と暮らしたい。そう望むのなら、誇りと自信をつけさせて外で幸せになってもらいたかった。幸せになれると信じられれば、それもできたかもしれない。元に戻るだけ。ただ、それだけのことだ。
 でも、あんな二人では不幸になるだけ。
 ならば、もう答えは決まっている。

「あんな奴らは……地獄に行けばいいと言っているのです!!」

 戸惑い、必死に訴える。
 両親に会えば、両親に会えば。
 そればかりを繰り返す。
 まるで、操り人形のよう。
 どこまで愚かで、いつまで甘いのか。
 本当に、本当に大切な二人の指輪。
 その指輪を、あっさりと金に換え、残さず一時の享楽のために注ぎこむ。
 そんな人間達を――どうして?

「だ、大丈夫だよ!! 大切な指輪だってこと父さんたちにもちゃんと説明したから!! だからこそ特別な場所にって……」
「子供のそんな気持ちを……知っていながら!! それか!!!
 よく聞け!!
 お前の両親は人間のクズだ!!
 人の優しさを喰いものにし!!!
 不幸をまき散らす!!!
 そんな奴らにどれだけついていったところで!!
 ボロボロになるまで使われて!! 捨てられるだけだぞ!!
 それが……!!
 わからないのか!?」

 どうして、言葉は伝わらないのだろう。
 どうして、心は伝わらないのだろう。
 
「僕はただ……!!
 みんなで……仲良く……!!」

 どうして、ありえもしない蜜のように甘い言葉を口にするのだろう。
 どうして、あんな生き物に縋りつくのだろう。

「大事な人が不幸になるとわかっていて……!!
 行かせたりはするものか!!
 あんな親のことはもう忘れて、私といなさいハヤテ!!
 あなたがいれば……私は……ここを……!!」

 全てを許して、全てを忘れて、ずっ一緒にとここにいる、そうすれば、そうすれば、うまくいくはずなのに、幸せになれるはずなのに、まだ間に合うはずなのに、

「いやだよ!!」

 どうして、天からの糸を切ってしまうのだろう。
 どうして、捨てずに両方を選ぼうとするのだろう。
 
「なんだよさっきから!! アーたんには……お父さんもお母さんもいないからそんな事……!!」

 言ってはいけないこと。
 聞かせてはいけないこと。
 それを口にする。
 禁句を口にする。
 痩せて枯れて、荒れ果てた心の奥底に踏み込み、月光に曝す。

 それは、罪。

 眩暈と震え。
 拳を握らせたのは怒り。 

「お前に何がわかる!!!」

 そう、何も知らない。
 何を失ったのかも知らない。

「わたしがどんな思いでここにいるかさえ……何も……何も知らないくせに―――――!!」

 何を思っているのかも知らない。
 心も言葉も、何もかも、みぃんな伝わらない。
 何か伝えようとしてくれるのはわかる。でも、その思いすらも方向違いの役立たずだ。





 分からない。

 飛びのき、何かに気づき慄きはじめる。
 でも、そんなことはどうでもいい。
 

 今となっては何もかも分からない。

 何をしたかったんだろう?
 何を求めていたんだろう?
 


 私は、何を信じたかったのだろう?
 

 分からない。












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