しっぽきり

 その部屋で打ち鳴らされていたのは二本の剣。当然、模造品。内一本は、弾き飛ばされてクルクルと回転しながら空中に。もう一本、弾き飛ばした方はハヤテ君の眼前に突きつけられていました。
 目前で制止した剣に思わず腰が砕け、座り込んだばかりか、そのまま後ずさってしまうハヤテ君。そんなハヤテ君にアーたんは呆れていました。
 なんとか言い訳しようとするハヤテ君ですが、アーたんはそれを許しません。
 自分の、気高く美しい自分の、もっとも偉大な女神の名前を持つ自分の、寝る直前でも縦ロールを維持していて胸の膨らみらしきものも確認できる自分の執事が泣き虫とは我慢がならない。だからこそ、鍛えてあげている親心への返礼が言い訳とは許しがたいことなのです。
 泣き虫執事さんという呼ばれ方に怒るハヤテ君は、抗議しました。

「そんなに泣いてなんかないよ!!」 

 泣いてないと完全否定できないのが辛いところですが、もっと辛いことにそう抗議するハヤテ君の目からは涙がこぼれていました。ダメじゃん。




 なおも続く、アーたんの特訓。
 後から思い出してみても、アーたんの剣さばきは完璧なものでした。
 攻撃とすら呼べないようなハヤテ君の振り回す剣を受け流し、ハヤテ君が紙一重で避けられる攻撃を繰り出す。
 まるで舞っているかのようなアーたんの剣技に引き上げられるかのごとく、ハヤテ君は自分が少しずつ少しずつ成長していく実感を覚えていました。
 数時間に渡る特訓が終了し、倒れこむハヤテ君。
 疲労した頭に浮かんだ疑問を、アーたんにぶつけてみました。
 ――この特訓、何か意味あるの?
 答えはこうでした。
 
「さぁ? あんまり意味はないんじゃない?」

 簡単に、否定したアーたんに、ハヤテ君は思わず体を起こします。
 ですが、さすがアーたん。この特訓自体の直接の意味はなくとも、しっかりハヤテ君のことを考えていてくれました。

「けど、その力を使う事がなかったとしても、日々の努力が自身につながりますわ」

 そうすれば、泣き虫な性格も治るし、そうしなければ、いざというとき目の前で泣いている人を守ることができないでしょう、と微笑むアーたん。
 ハヤテ君が、その微笑を見つめているとアーたんは、石像に目をやりました。
 その石像の額に刺さっていたのは一本の剣。名前は白桜。
 アーたんの語ることには、黒椿という剣に匹敵する正義をなすための王の剣で、正義の味方の最終兵器。よほどの人間でなければ抜くこともできないらしい、名剣でした。
 がんばれば、いつかそんな名剣も抜けるかもしれない、などと言われても、否定はしても、今のところ泣き虫執事であるところのハヤテ君には、それを抜く自分の姿は想像できませんでしたし、それに名剣を手にすることや、目の前で泣いている人(アーたんが泣くことや、自分を頼りにするなんてこと想像できませんでしたし)を助けることなんて目標にしなくとも、アーたんが笑って誉めてくれれば、頑張るのには十分な理由笑顔を見るのと同じぐらい大好きなことがもう一つありました。
 倒れている自分を起こそうと伸ばしたアーたんの手をつかんだ瞬間、ハヤテ君はそれを思い出して、隙だらけなアーたんに顔を近づけると、アーたんの唇に自分の唇を触れさせました。
 アーたんの頬が赤くなった熱を感じると、唇を離しハヤテ君は満足そうに笑いました。
 怒るアーたん。逃げるハヤテ君。追う、アーたん。
 夕日を浴びながら自分を追いかけてくる彼女の怒った顔も、ハヤテ君にはとても綺麗に見えました。

 そんな、ただただ楽しい、黄金の毎日でした。



 でも、そんな楽しい毎日も、前の生活を忘れさせてはくれませんでした。たとえそれが、どんなに輝いた毎日でも、自分の辿ってきた道を消し去ってはくれません。
 ハヤテ君が忘れられなかったのは、家族のことでした。
 ときどき、夜になるとハヤテ君は、自分の知っている人の周りを移す「天球の鏡」に写る家族の姿を見ることがありました。
 その日も母親を見ていました。
 
「まだ寝ないの?」

 随分遠い存在になった母親に、見入っていて気付かなかったのか、アーたんが後ろにいたことに気付けませんでした。
 謝るハヤテ君に、アーたんは鏡を覗き込むと、「お母さん?」と尋ねてきました。
 うなずくハヤテ君。
 あの最低な父親は許すことなんてできません。ですが、それ以外の家族、母と兄には恨みはありませんでしたし、それにお別れを言いたい気持ちもあります。
 じっと母親の写る水面を覗き込むハヤテ君に、アーたんが尋ねました。
 もし、ここが入ったら二度と出ることができない場所だとしたら、どうする?
 アーたんの目には、試すような、そして縋るような光がありました。
 ハヤテ君は答えます。
 その方があきらめもつくと。そして、アーたんがずっと一緒にいてくれるなら、それでいいと。
 ハヤテ君の答えに瞳を閉じ、振り向くとアーたんは言いました。
 最初に来た花畑の先に、森がある。そして、そこを真っ直ぐ走り抜ければ城の外に、ハヤテは出られると。
 そして、戸惑うハヤテ君に、振り向きアーたんは言いました。
 約束して、と。
 家族とのお別れを済ませたら、他の何事にも気をとられずに、自分のところにすぐに帰ってきてと。
 どうしてそこまで必死なのかは分かりませんでしたが、涙目で叫ぶアーたんを月光の中で抱きしめ、ハヤテ君は約束しました。

「必ずすぐに帰ってくるよ。すぐに……」


 天球の鏡を弾く少女が一人。
 波紋を見つめ、胸を抑え、つぶやきます。

「そろそろ、戻ったころかしら」

 立ち上がり、部屋に戻る少女の足音が広い城の中にさびしく響きました。



 ハヤテ君は、アーたんの言いつけどおりにまっすぐ森を走りぬけました。
 森が邪魔でお城が見えませんでしたが、まあそれはそれ、さっそくお別れを済ませなければと、駆け出そうとしました。
 その時、どこからか悲鳴が響きました。

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2008.07.02 22:59  | # [ 編集 ]













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