しっぽきり

 この星で最も偉大な女神の名前こそが自分の名前、アテネだと、少女は名乗りました。
 なるほど。たしかに、夕日を浴びながら微笑む少女はどこか人間離れしていて、神秘的です。
 ですが、よくよく考えると変な気もしました。人の名前なのに女神の名前なのです。永遠の高校生兼超能力戦士兼アイドルとかいう設定ぐらいに変わっています。特に最後の設定。
 子供ゆえの素直さか、あるいは、天性の余計な一言を言わずにいられないデリカシーの無さか、ハヤテ君は率直に感想を言ってしまいました。ですが少女は得意げに自分も気に入っていると答えました。
 唯一無二・天上天下唯我独尊・他のナンバーワンの存在を超越した真実のオンリーワン・絶対不可侵の存在である自分にこそふさわしい名前だと、さらに胸を張りました。
 そこまで言い切られては、それ以上の言及はできず、ハヤテ君が口篭もっていると、少女はハヤテ君にここに来た理由を問いました。
 小さな子供がこんなところには来るのには、よほどの理由があるはず。そう思って彼女は質問したのですが、ハヤテ君がひっかかったのは質問の意図ではなく、自分より小さな少女が「小さな子供」と言う言葉をチョイスしたこと。
 話の腰を折るように、少女を、首の長さと頭の大きさ分だけ見下ろすハヤテ君。
 不躾な視線を浴びせるデカ頭を、小顔さんは叩きました。日傘で。それはもう思いっきり。
 ダウンした子供に少女はもう一度問い返しました。
 それなりの事情がなければ……この庭で泣いてたりはしないでしょ? ……子供が!!
 最後の一言を強調する少女に脅えながらもヒョロ首が食いついたのは、またしても質問の中身ではなく、「この庭」という細かい語句でした。
 今度のハヤテ君の反応は、揚げ足撮りではなく純粋に疑問を感じているようでした。少女も怒らず問い返します。
 この広い花畑が誰かの家の庭だなんて、ハヤテ君は考えもしませんでしたが、少女はハヤテ君がそんなことに疑問を抱くなんて心外といった様子です。
 話がいまいちかみ合わず慌てるハヤテ君に、少女はとある方向を指差しました。
 白い人差し指が指し示した方向を見た瞬間、ハヤテ君は言葉を失いました。
 驚くハヤテ君に少しの間だけ呆れたあと、少女は「へえ」と口の端を歪ませました。
 夕風を受けて、の中で花びらが舞い散る先。
 ――そこは、世界の中心。
 崖の上に佇む城。
 ――カルワリオの丘に立つ神さまが棲むという城。
 それが少女の住む「王族の庭城」でした。




 戦陣の意匠が施された重たいな扉を開けると、そこは時計を動かす歯車の軋みが響く高い高い天井の広い広いホール。
 あまりの光景に驚くハヤテ君は質問を繰り返します。
 
「あの時計、何分進んでるの?」
「時間通りよ」
「五分ぐらい進めておいたほうが余裕をもって行動できない?」
「五分進んでるって知ってたら意味がないでしょう?」
「そうかな。ところで、こんな崖の上にお城を建てて、崩れないの? 怖くない?」
「ヒュペリオン地質だから大丈夫」
 
 どこを見ても広くて、何を見ても綺麗で。狭くて汚い自宅とは大違いのお城を「こんな広い家に住んだら幸せ過ぎて死んじゃうよ」と評す、2LDKでも失神もののハヤテ君。
 そんなハヤテ君の夢のなさに嘆息する少女。そう。いくら日本の住宅事情が厳しいとはいえ、親がまともに働いていればそれぐらいの所には住めるはずなのですから。
 ですが、ハヤテ君は口篭もります。
 お城にあんまりにビックリしていて、忘れていた両親のことを思い出しました。
 ごまかすように笑いながらハヤテ君は、自分の状況に絶望していました。
 あんな両親のところには帰れない。でも、自分には一人で生きていくことなんてできない。ならば、野垂れ死んでしまおう。
 少女はハヤテ君の精一杯の笑顔をジッと見据えると、自分の家が人手不足であることを告げました。
 関係のないことを語り始めた少女の背中を怪訝な表情で見つめるハヤテ君。
 振り向き、少女は言いました。
 
「あなた、私の執事をやってくれません?」

 少女が何を言っているのか、ハヤテ君は理解できました。
 執事がどういう職業か、概ね理解してもいました。
 広いお城、狭い家、綺麗な少女、汚い汚い両親。
 どう考えても目の前の少女が住む世界に自分がいられるとは思えませんし、あまりに小さなハヤテ君は自分が何になれるとも信じることができませんでした。それに何もわざわざ自分なんか選ばなくとも他に人はいるはず。そう思い、ハヤテ君は断りました。
 しかし、少女はハヤテ君に背を向けると、それを否定しました。
 そして、階段を上り始めます。
 このお城には、誰もいないのだと。
 たしかに、今も広い城に響いていたのは、二人の声と足音、時計の歯車が回る音だけです。
 それでもハヤテ君は少女の言葉を信じることができません。いくら偉そうにしていたって、アテネさまだって自分と同じ年頃の女の子。両親がいるはずです。
 それも、少女は否定しました。
 いるはずがないと。なれたから一人でもさみしくないと。
 その言葉が本当の言葉なのかどうか、小さなハヤテ君には理解できませんでした。
 


 少女はその話は終わりだとばかりに、ハヤテ君に自分の執事をやるのはいやかと尋ねてきました。
 ハヤテ君は、少女が嫌いなわけではありません。
 
「ちがっ……!! だけどアーたん!!」

 咄嗟にハヤテ君の口から漏れた聞きなれない響きに少女が振り向きました。
 アテネという名前を略してアーたん。
 ハヤテ君は、自信たっぷりにそう言いました。
 ですが、指摘されて気づきます。アテネは三文字。アーたんは四文字。
 声に出してみると、略したように感じるのに、実際の文字数は増えている。言葉の不思議にハヤテ君が戸惑っていると、少女は吹き出し始めました。

「ほんとまったく……しようがない子ね……ハヤテは。
 けどいいわ」

 そして、満面の笑みを浮かべてアーたんはこう言いました。

「アーたんって呼ぶの、私の執事になってくれたら……ハヤテには許してあげる」

 その笑顔にハヤテ君の心臓が一つ大きく鳴って、何かが溶けていきました。
 
「けど……僕にできるかな?」

 そして最後の一欠片に、アーたんの暖かい桜色の唇が触れました。

「私は……あなたともっと話がしたいもの……」

 ハヤテ君はようやく頷きました。
 アーたんの笑顔をもっと見たい。
 それが、ハヤテ君が初めて執事になった日でした。












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