しっぽきり

 主との永遠を約束したその日の夜。少年は夢を見ました。
 暗闇の中でキラキラと光輝く黄金を見つけた遠い昔の夢を。
 そして、かつて永遠を誓った少女との夢を。








 ハヤテ君は以前、信じられないような胡散臭いサンタから、信じられるかもしれない言葉を教えられました。
 最後に笑うのはきっと、ひたむきでマジメな奴、と。
 それに縋って、ハヤテ君はマジメに必死に生きていました。
 ですが、十年ほど前のある日、ハヤテ君にこんな現実が突きつけられました。
 給食費泥棒。
 幼稚園の子供達が騒ぎ始めました。幼い頃のハヤテ君は、騒ぎ声を聞くと、それが誰に対してのものか分からなくとも脅えてしまいまう癖がありました。
 子供達が先生に訴えているのを聞いて、ハヤテ君はようやく状況を理解しました。
 今日収めるはずの給食費がなくなっている。
 一人がハヤテ君を指差しました。その前から、チラリチラリと何人もの子供がハヤテ君を見ていたのですが、指差した子供が口火を切った瞬間、一様に同じ意味の言葉を口にしました。

「お前が盗ったんだろう」

 勿論、ハヤテ君は否定しました。
 違うよ。僕が盗ったんじゃない。そんな悪いことしたりしない。
 幼いハヤテ君は、知ってる限りの言葉を尽くして自分がやっていないことを訴えました。
 でも、ハヤテ君を責める子供達はこう言うだけで済みました。

「だって、ハヤテ君の親は悪い人だもの」

 誰もハヤテ君を分かってくれません。
 ハヤテ君は必死に言葉を探していると、見かねた先生が間に入ってくれました。
 先生は子供達をなだめてくれました。
 先生はハヤテ君をかばってくれました。
 先生はハヤテ君を守ってくれました。

 でも、




 
 先生はハヤテ君を信じてくれませんでした。
  






 ハヤテ君は泣きながら帰り道を歩いていました。
 結局、給食費はどこからも出てきませんでした。かなりの長い時間、ハヤテ君に“ちゃんと言った”後、「先生達が立て替えておくから」と、ようやく帰してくれました。
 ハヤテ君にとって、こういうことは珍しいことではありませんでした。
 ハヤテ君も、知っていました。親が悪いことをしているかもしれないということは。
 ――だからといって、自分は何もしていない。それに、僕の親だってそんなヒドい人間じゃない。
 ハヤテ君は、何度も心の中でそう叫び、すすり泣いていました。
 そんなハヤテ君を、偶然通りかかったのでしょう。お父さんが呼びとめました。
 お父さんは、ハヤテ君が泣いている理由を尋ねてきました。
 答えられず言葉に詰まり、泣きつづけるハヤテ君を見かねたのでしょう、ポケットからアメ玉を取り出し、くれました。アメ玉の甘さがハヤテ君を慰めてくれました。
 アメ玉とお父さんの優しさに励まされて、ハヤテ君はようやく、幼稚園で給食費泥棒扱いされたことを話せました。
 話しているうちに、また悲しさが戻ってきて、ハヤテ君はまたすすり泣き始めてしまいます。
 お父さんは泣きつづけるハヤテ君の頭を、大きな手で撫でました。
 そして言いました。
 信じる、と。
 ハヤテ君は、嬉しくなりました。
 そう、ハヤテ君は、給食費を盗ってなんかいないのです。そんな悪いことなんかしません。
 やっぱりお父さんは分かってくれた。無実の自分を分かってくれるお父さんは、皆が言うようなヒドい人なんかじゃない。
 そうなんだ。そうなんだ。皆が給食費を無くしたのか、忘れてしまったのか、あるいは盗んだのは自分以外の誰か他の人。そう盗ったのは――

「父さんだ」

 お父さんは嬉しそうにハヤテ君の通う幼稚園で使っている給食費袋を取り出しました。
 ドクン!
 ハヤテ君の心臓が大きな音をたてました。
 お父さんは、中身を確認すると「最近は給食費まで不況なのかな」と肩をすくめ、おどけました。

 そんな嬉しそうに喋ってほしくありませんでした。自分がやったからなんて理由で、無実を証明してほしくなんてありませんでした。
 ただ、ハヤテ君はそんなことしないイイ子だと、言ってくれればよかったのに。

 ガリッ!
 ハヤテ君の歯が、まだ大きかったアメ玉を噛み砕きました。
 お父さんは、給食費を銀行振込みにしなかった他の家の怠慢を指摘し罵りました。
 
 ハヤテ君は、涙が流れ一瞬だけはっきりとした視界に、本当に酷い人間の顔を見ました。
 その瞬間にハヤテ君は叫び、そして駆け出していました。
 














 イヤだ。























 嘘だ。


















 誰もいない。






















 信じてくれない。



 


 











 本当に――








































 ヒドいことばかりじゃないか。




















 どれぐらい走ったでしょうか。
 ハヤテ君は花畑に倒れていました。
 荒れた呼吸に入ってくる柔らかい花の香り。少し目を開けば、緑の茎と鮮やかな桃色の花。
 一瞬、ハヤテ君は自分が天国にいるのかと錯覚しました。
 でも、そんなわけがない。あんなヒドイ人間の子供である自分なんかが天国に行けるわけが無い。そう思いなおしました。
 一度、そう思ってしまえば後から湧いてくるのは絶望の言葉。
 辛い。帰りたくない。あんなの親なんかじゃない。帰る場所もない。立ちあがるつもりもない。
 そんなハヤテ君に希望が一つ浮かびました。
 地獄くらいには行ける。
 そうすれば、親の顔なんて見なくてすみます。随分と、少なくともあの親から貰ったアメ玉より甘美な考えに思えました。

「このまま死んでしまえばいいんだ」
「ダメよ。そんな悲しいことを言っては」

 綺麗な声がハヤテ君の希望を否定しました。
 そして、ハヤテ君に立てと促します。
 ハヤテ君には、随分と理不尽な言葉に聞こえました。
 自分がどんな辛い目にあっているのか何も知らない。そんな人間が自分に立てと言うのです。
 草を握り締め「ほっといてよ」と声を拒否しました。
 でも、声は、こう続きました。

「けどあなたの心がずっと……助けて、って叫んでいることだけは聞こえているわ」

 一度も会った事のなかった、ハヤテ君のことなんて何も知らない、でも誰よりもハヤテ君を分かってくれる言葉でした。
 
「だから、ほら。最後の勇気を振りしぼって、自分の足で立ちなさい。
 一人じゃ無理というのであれば、左手ぐらいなら私が貸してあげますから……」

 声と一緒に差し出されたのは、声と同じぐらい綺麗で、白く透き通るようで、優しくて暖かい少女の左手でした。
 



 違う涙を流すだけ流した後、少女はハヤテ君に名前を尋ねてきました。
 答えると、少女は名前を誉めてくれました。
 礼儀なのか、あるいは単に知りたいと思ったのか、ハヤテ君は少女に同じ質問をしました。

「アテネ。天王州アテネ」

 心地よい響きの名前でしたが、あまり聞きなれない名前をハヤテ君が口にすると、少女は頷き、降りかえります。
 涙も終わり夕日を日傘が遮り、少女の花のような笑顔を、そして動く唇を、ハヤテ君ははっきりと見ました。

「この星で最も偉大な女神の名前よ」

 それが、二人の始まりでした。












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