しっぽきり

 五月一五日は西沢さんの誕生日なので、西沢さんメイン回の感想を書いてみました。
 少し湿った空気。
 街灯と月の灯り。
 自分の足音のみの静寂。

 夜の全てがナギお嬢さまの傷心を包んでいきます。
 デリカシーのないハヤテ君への怒りに任せて、お屋敷を飛び出してきたナギお嬢さまはふと我に返りました。
 ここはどこだろう?
 


 一方、飛び出された方の、原因が自分にあるとは欠片も思わないハヤテ君。
 マリアさんからお嬢さまが家出したことにもさして驚きません。なんといっても、お嬢さまの家出なんて、自主的な外出の大半を占めるぐらいの日常茶飯事。慣れっこです。
 ですが、慣れたとはいっても、探し出して、連れ戻すのは正直言って手間がかかります。ですから、せめて家出の原因でも突き止めて、自分の学習能力を示すとともに、仕事の効率化を目指したいもの。そんなことを考えて、ハヤテ君はお嬢さま捜索に出動することにしました。
 


 自分が迷子になったかもしれないという事実を忘れるためか、ナギお嬢さまは怒っていました。
 矛先はもちろんハヤテ君。
 ヒナギクさんのために必殺技を覚える。約束した。
 たしかに、ハヤテ君は言いました。
 必殺技を覚える。それはヒーローの特権。そして、ヒーローの行動は、大抵ヒロインのために行われるもの。つまりは、ハヤテ君の必殺技の習得は、恋人である自分のために違いない。ナギお嬢さまは、そう信じこんでいたのに、ハヤテ君はこともあろうにヒナギクさんのために覚えると言い出したのです。しかも、自分の前でいけしゃあしゃあと。なんという侮辱でしょう。
 自分のノートを取りにいった昨日の夜。夜の学校と言えば人気も無くて、二人きりに違いありません。ひょっとすると、帰宅したときに言った「悪霊に取り憑かれたかもしれない」という台詞は、浮気心が生まれたと言う隠れたメッセージだったのかもしれません。
 最悪の最悪。想像したくもないことですが、一夜の浮気だけではなく、もしもハヤテ君がヒナギクさんの方を好きになってしまったら――。
 お嬢さまを、そんな不安を振り払うように、更に怒り始めました。
 そう。ヒナギクさんがどうだっていうのでしょう。
 ヒナギクさんなんて、ちょっと可愛くて性格が良くて運動神経抜群で、人望があって、自分もちょっと憧れてて――なんだか、旗色が悪くなってきました。何、この完璧超人。
 でも、ヒナギクさんと互角の勝負ができるところもあります。お嬢さまは天才少女。性格は互角。胸だって、貧乳でペッタンコでナイチチと互角です。ツンデレ分で言えば、金髪ツインテールの分だけ自分の方が上に決まっています。
 何だか胸が痛みますが、段々調子に乗ってきました。勢いでハヤテ君を狙い始めた瞬間でした。
 誰かが話しかけてきます。

 聞き覚えのある庶民声。
 MTBじゃなくママチャリを押してくる制服姿の普通人間。
 お嬢さまの灰色の脳みそに刻み込まれた名前は、どろぼうハムスター。不満そうなので、不法侵入ハムスター。もう一声で、スネークハムスター。
 ムキームキー怒るハムスターさんが、そういうナギお嬢さまは何者、ハヤテ君とはどういう関係だと問い返してきます。
 何者だと聞かれれば、三千院家の次期当主。ハヤテ君との関係はと聞かれれば、今現在は主人と執事と答えるしかありません。今はそう答えたい気分です。
 ハムスターさんを打ちのめしたお嬢さまは、まだやや釈然としないながらも、帰ろうと振り向きました。
 ですが、ハムスターさんはナギお嬢さまの肩を掴みました。そして、「待つよろし」何故か片言で制止しました。敗北のショックでATOKが狂ったのか、いやでも変換ミスってレベルじゃねーぞと驚くお嬢さま。
 そんなお嬢さまにハムスターさんが勝負を挑んできました。このまま負けて帰るわけにはいかない、だから勝負。泥沼にはまり込むギャンブラーみたいな発想ですが、ヘタレな負けず嫌いという扱いにくい根性のお嬢さまは快諾。ハムスターさんに導かれるまま、戦いのリングに向かうのでした。

 そんな二人を追う影が二つ。
 ナギお嬢さまを探していたハヤテ君とマリアさんでした。
 わざわざ探しに来たのですから、二人ともナギお嬢さまのことが心配でした。でも、少しばかりのその心境には違いがあります。
 よく知るクラスメートであった少女がナギお嬢さまと一緒にいることが不思議なハヤテ君。
 一度見かけただけの女の子が、ナギお嬢さまと一緒にいること、さらに、どうもその女の子とハヤテ君が、ハヤテ君の様子を見る限りただの友達の一言では片付かない関係だったらしいことに、
 とにもかくにも、二人は不思議な組み合わせの二人を追っていきました。



 辿り着いた戦場はカラオケBOX・MAIHIME。
 西沢さんにとっては、十代女子二人が使うにはちょっと広いかな? という部屋も、ナギお嬢さまにとってはトイレより狭い閉塞感一杯の不思議スポット。
 負けの連鎖を止めるためにカラオケに来たのに、これ以上、劣等感でペースを掴まれてなるものか。西沢さんは主導権を握るため、飲み物を注文、さらに料理も一品ぐらいならおごると、後で思い出せば後悔したくなるような見栄を張ろうとします。
 が、ナギお嬢さまが注文したのは、よくわからないけど凄そうなメニュー。たぶん、カラオケBOXには置いてない感じです。



 尾行してきた二人も当然カラオケBOXにいました。
 何だか分からないけどカラオケをすることになったらしい。覗き見るハヤテ君は、西沢さんとナギお嬢さまという組み合わせに何を心配していいのかわからなかったのですが心配は心配でしたので、とりあえず一安心。そして、緊急に動くような必要もないようなので、これからどうしたものかマリアさんに尋ねました。
 が、いつもは冷静なマリアさんの様子がちょっと変です。キョロキョロ当たりを見まわしたり、感心したようにため息をついたりと、なんだか挙動不審です。
 怪訝に思いながらも、あらかじめ抑えておいた手前の部屋に入ることを提案するハヤテ君。
 室内に入っても、マリアさんの挙動不審は納まりません。
 リモコンを手に取り驚いたり、別室のナギお嬢さまと同様に部屋の狭さに感心したり、歌本を手に取りパラパラとめくったり。
 いつもの落ち着いた様子からは想像できない、はしゃぐマリアさんに、ハヤテ君は自分が見張っているから歌ってみるように勧めてみました。
 流行の歌も知らないし、ナギも心配だから、そんなことはできないと断りますが、「洋楽とか、古い、昔のとか、懐メロとか、フォークとか、グループサウンズとか、終戦直後の日本人を勇気付けた歌とか、民謡とかもありますから」と尚も勧めるハヤテ君。渋るマリアさんでしたが、ハヤテ君のこの一言が決定的でした。
 マリアさんの歌も聞いてみたいですし。
 じゃあ少しだけ、と頬を赤く染めたマリアさんはしっかりとマイクを握りました。



 最初にマイクを握った西沢さんの歌いっぷりは、熱唱というに相応しいものでした。
 どこかで聞いたことのある流行歌を、小指を立て、時に瞳を閉じ、時に見開き、感情を込め、薄っすらと汗をかきながら、歌いあげる。
 紛れも無く熱唱でした。
 が、熱唱への採点は三五点。
 いかんせんオンチでした。
 落ち込む西沢さんからマイクを受け取ったナギお嬢さまのリクエストは当然アニソン。一曲めこそなかったものの、二曲めはありました。
 マイナーなチョイスをするナギお嬢さま。
 一方、西沢さんは一曲め三五点にも関わらず、勝利することを疑っていませんでした。
 ――初カラオケの子がうまく歌えるはずが無い。何曲も歌えば私の勝ち。
 ですが、西沢さんの根拠の無い自信は即座に打ち砕かれます。
 ナギお嬢さまは、幼い頃から英才教育を受けて育ったスーパーお嬢さまでした。その英才教育には、ボイストレーニングも当然含まれていたわけで。そのお嬢さまの歌いっぷりは、
 北のほうから光が満ち溢れていて、桜が咲くように明るく、生きる理由を求める不確かさを歌いあげていて、魂を超えていて、なおかつ自分自身を証明するような、正真証明の熱唱でした。
 採点は百点。一曲めは六五点差で、ナギお嬢さまの圧勝でした。
 ですが、簡単には諦めないのが西沢さん。勝負は続行されました。



 歌いつづけて夜遅く。
 結局全敗。相手は思いっきり歌ってスッキリと、なんだかいいとこの無しの西沢さん。自分がオンチなのかもと、根拠のありすぎることまで思い浮かべますが、しかし意地は残っていました。カードでカラオケ代を奢ろうかと言うナギお嬢さまの言葉を、ライバルに借りを作りたくないと拒否。ハヤテ君の連絡を受けて、迎えに来たSP達とともに引き上げるナギお嬢さまに、再戦を約束し、二人の対決の第一ラウンドは終わるのでした。




 一方、別室。
 楽しげにマイクを握り、歌うことで頬を赤く染めたマリアさんはしっかりとマイクを離しませんでした。












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