しっぽきり

 その朝、三千院家にナギお嬢さまのご学友である、理沙さんと美希さんから、速報がもたらされました。
 これまたナギお嬢さまのご学友である泉さんが引きこもりになってしまったというのです。
 とりあえずハヤテ君の反応は、お愛想程度に挨拶して、出口送り。
 その偽画廊時代に鍛えた洗練された騙しっぷりに二人も思わず帰りかけてしまいましたが、しかし辛うじて本来の目的を思い出し、自分達をスルーしようとしたハヤテ君に怒りました。
 舌打ちなんかをして、渋々といった様子で二人の話を聞いてみれば、たしかに高尾山から帰ってきて以来、泉さんを見かけません。お嬢さまをファミリーレストランに誘ったときも二人でした。
 高尾山遠足。迷子になった泉さんを結局誰もフォローせず、放置してしまった高尾山遠足。それが、泉さんのトラウマになり、Mを飛び越えて人間不信になってきたのかもしれないと、二人は言うのです。
 ですが、ハヤテ君には一つ疑問がありました。
 いくらクマが出たりするとはいえ、あの高尾山でそこまで極端な迷子になるとは考えられなかったのです。そもそもハヤテ君には、頻繁に迷子になってはひょっこり帰ってくる伊澄さんに慣れていたので、迷子になってもなんだかんだで勝手に帰って来れるものと思いこんでいる節がありました。
 ですが、あくまでも伊澄さんは幸運の女神さまに溺愛されている特殊ケース。いじめられるのがとても好きなことを除けば、普通のアホな子の泉さんにはそんな能力は備わっていません。
 それでも携帯電話なら、携帯電話ならなんとかしてくれると思いこんでいたデジタル万能信仰のハヤテ君でしたが、生憎その時泉さんは携帯電話を持っていませんでした。
 道で猫に取られて、もうすぐ新しい機種が出るから、わざわざ繋ぎの電話を入手するのももったいないと思い買っておらず、結果として、それが仇になってしまったのです。
 聞いてみると、泉さんの携帯電話を奪った猫は、額に十字模様のある黒猫とのことでした。
 おや、どこかで見たことのあるような猫だ。そう思ってハヤテ君が振り向くと、そこにいたのは三千院家の可愛い方の猫、シラヌイ。額に十字模様のある黒猫。更に、どこから取ってきたのか携帯電話で、「おれ無職のた三五歳。こんな俺だけど、このサイトにクリックしてから十日で人生が変わったんだ。お前もアクセスしてみれば? ミユキもやってるらしいぜ」式のアドレスをクリックしまくっています。
 どうも話の流れからさっするとシラヌイが強奪したようです。三千院家の力を持ってすれば、動物を意のままに操ることなど容易いことのはずと、二人は三千院家の陰謀に脅えますが、そんなこと聞いたこともないハヤテ君は全力でそれを否定。事実、三千院家の動物調教術は、タヌキとウサギを使ってナギお嬢さまをコントロールすることぐらい容易いのですが、それは三千院家でも極々少数、中枢にいる人間しか知らないことでした。 
 それでもペットの不始末は主の不始末と、ナギお嬢さまはハヤテ君に、携帯電話と菓子折りを持っておわびに行くように指示するのでした。



 そんなわけで菓子折りを買う金で、ばら売りのビスコを買って(本当はうまい棒で済ませようとしたのですが、ハヤテ君の高潔な良心がそれを許しませんでした)瀬川邸に訪れたハヤテ君。
 三千院家ほどではないとはいえ、根が庶民だけあって瀬川家の広さに感心、「朝風邸というか神社にも訪れたし三人中二人だけってわけにもいかないから花菱邸にも何か理由をつけて訪れよう。そこからなんだかんだ弱みを握って政界入りってのも悪くないな」と交友関係を広めることにご執心なハヤテ君。そんなハヤテ君に、美希さんは信じられないことを口走ります。
 瀬川さん家は、世界的な電機メーカーだと。ゲーム機を始めとする高性能な製品と、優秀なタイマーで知られる世界的な電機メーカーを経営する家の娘さんが知り合いにいることに驚くハヤテ君。
 その驚きのあまりか、なぜかさっき説明したことを蒸し返します。
 ――なんで瀬川さんは一週間近く学校を休んでいるのか。
 二人は、ハヤテ君のためにもう一度説明を繰り返しました。
 迫る夕暮れ。カラスの鳴き声。夜気を含んで湿った冷たい風に揺られる草や、葉っぱのざわめき。時折聞こえる足音も、人の物なのか、それとも野性動物なのかわかりません。言葉を交す相手もいません。そのうちに、自分の手足もはっきりと見えなくなっていくぐらいに暗くなっていく世界。そんな中に一人、泉さんはいたのです。
 携帯電話があれば。ハヤテ君のペットが奪っていった携帯電話があれば。そう、ハヤテ君が無情にも強奪していった、友人や家族との大切な思い出が一杯詰まった携帯電話さえあれば、泉さんだってそこまでのショックを受けなかったはずなのです。
 とにかく泉に会って! あやまって!
 そう親友の為に悲痛に叫ぶ美希さんと理沙さんに引きずられる様に、瀬川邸に足を踏み入れたハヤテ君。彼はそこで信じられないものを見ました。
 カチューシャ、胸リボン、上半身エプロン、ミニスカ、ギザギザニーソックス。
 元気に挨拶するメイドさんでした。
 それもただのメイドじゃありません。見覚えがあります。そう、瀬川泉さんでした。
 お嬢さまだった、主人の側にいたはずの泉さんが、従者であるメイドになっている。
 ハヤテ君達は震えました。
 ――人が一人壊れている。
 そんな視線に気付いたのか、顔を真っ赤に染め泣き出しそうになった泉さんは、その場から逃げるために駆け出しました。
 家の中で当たり前のようにメイド服を着るなんて心が壊れていないとできないような恥ずかしいこと。
 あくまでも可愛いこととして、仕事としてやっているメイドさんなら冷静に、しかし容赦無く反論したかもしれません。人生メイド道まっしぐらのメイドさんなら、言葉を取り消すまで微笑を消さずに、見つめてきたかもしれません。屋敷じゃなくレンタルビデオ店なのに、常時メイド服というある意味一番恥ずかしいメイドさんは反応しなかったかもしれません。
 メイド服に関する考察はともかく、お嬢さまであるはずの泉さんが必要も無くメイド服を着ているというのは、心に相当なダメージを負った証拠とも言えます。
 ハヤテ君は、二人に促されて泉さんの心を救うために、駆け出しました。
 走り出したハヤテ君には、二人の泉さんがメイド服を着ているのはヒゲのせい、という会話は聞こえませんでした。



 泉さんの心中は、困惑と羞恥で一杯でした。
 クラスメイトに見られたくなかったメイド服姿を、見られてしまったのです。それも「いらっしゃいませお客様ー」なんて、明るく挨拶までしてしまったのです。
 そんな泉さんに、物凄い勢いで迫ってくる人影が一人。
 ハヤテ君でした。
 逃げる泉さん、追うハヤテ君。
 いつ果てるとも無く続くと思われた泉さんの逃亡劇は、ハヤテ君の一言で終わりを告げました。

「パンツ見えてる」
 
 その言葉に釣られて、少し振りかえると確かに、走ったせいでスカートが跳ねあがった分、泉さんには見えませんでしたが、後にいるハヤテ君にはたしかに見えているように思えました。いえ、科学的な見地から判断すれば、きっと見えていたに違いありません。
 そう理解した瞬間、泉さんは「ニャアアア」と猫のような悲鳴をあげながら、しゃがみ込んでしまいました。
 どうしていいのか分からない赤子のように震える泉さんに、ハヤテ君は近づくと、まず謝りました。
 なにがどうしたのかわからないけど、いろいろとつけておけば大丈夫だろう、いろいろ。ということで、色々と謝りました。
 そんな風に出られては泉さんも悪い気はせず、ついつい一謙遜。
 ですが、謝罪で空気が和んでいたところを、つまらないものなんて言ったばかりに、再び自分の醜態を思い出して赤面してしまいました。
 再び気まずくなった空気を和ませるために、ハヤテ君は精一杯の、自分の素直な気持ちをこめた慰めの言葉を口にしました。

「そんなかわいいメイド服なら家で着てみたいです」

 なんか、根本的な部分から色々とダメでした。
 
 
 一方、そのころマリアさんは、自分のメイド服についてナギお嬢さまに尋ねていました。
 聡明なマリアさんは、ナギお嬢さまかクラウスさんが、そろそろ「メイド服のデザインを変えてみてはどうだ?」と聞いてくる時期だと察知していたのです。そんなことをしては余計なお金がかかってしまいます。原油高とかドルがどうとかのこの時代、富豪も安穏とはしていられません。なので、マリアさんは、こう尋ねました。

「この服はかわいいですよね?」

 こう尋ねれば断り難く、そうすればデザインを変えるとは言い出しにくくなるはずです。
 案の定、ナギお嬢さまは首を縦に振りました。こうして、三千院家の家計は守られたのでした。












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ハヤテのごとく! 第169話感想
 詳細については、ガーベラテトラ会長にお任せします。 そんな第169話「見ても、そっとしておくことが大事です。」の感想です。

2008.03.27 08:36 | ゲームの戯言+α