しっぽきり

 ヒナ祭り祭り祭りの六。
 ヒナギクさんはイライラとハヤテ君を待っていました。
 時計はカチコチと時を刻んでいました。ついでに、ギリギリと体を軋まされたりしていました。
 約束の時間は九時。でももう十時。約束の十分前行動は、社会の基本。小学生時代に叩きこまれなかったのか。そんなヒナギクさんの怒りを時計は一身に受けていたのです。が、ヒナギクさんがピークに達した怒りを叫びに転じてくれたので、不幸な時計もかろうじて生き長らえることができました。
 
 そして、それから一時間。
 さすがのヒナギクさんも、表立って感情を行動で示すことはなくなりました。放置されたことへの感情が、怒りから寂しさに変わっていたのです。
 ヒナギクさんはハヤテ君の携帯電話の番号を知りません。ですから、連絡の取りようがありません。
 そもそも、彼が携帯電話を持っているのかどうかすら知りません。
 そんなこと聞いたこともないのですから。
 思えば知り会ってから、なんだかんだと会ってきましたが、思い浮かぶのは怒鳴ってたりとか、叱ってたりとか、睨んでたりとか――なんだか、嫌われてもおかしくないようなことばかりしている自分の姿ばかり。女の子らしい可愛い姿なんて見せたことがありません。そんな自己嫌悪か、時計にもあたりたくなるというものです。
 とはいえ、そんなことをしてもむなしくなるばかり。
 ――初めて会ったときあんなこと言ってたのに。
 と、愚痴りたくもなりますが、自分にとっては特別でも、相手にとってはそんな大したことじゃなかったかもしれない。睡魔に襲われ始めた頭で、そんなことを考え、ため息の一つもつきたくなるヒナギクさんなのでした。



 目を開くとハヤテ君がいました。
 当然、ヒナギクさんは混乱します。つい、さっきまでいなかったハヤテ君が目の前にいるのですから。しかし、ヒナギクさんは、すぐに理解しました。
 ――少し、ウトウトしていたらしい。
 はて、どれぐらい眠っていたのかと時計を確認すると、なんと十一時三〇分。
 時計で時刻を確認した瞬間、ヒナギクさんは身を翻し、ソファーの裏に隠していた木刀を手に取り、その瞬間、腰を捻り、大上段からハヤテ君に斬りかかりました。
 が、敵も然る物、流石は執事。木刀をなんと両の掌でつかみ取りにします。
 超人めいたハヤテ君の企みを、ヒナギクさんは看破しました。
 ――つまりは宮本武蔵気取なのね。
 遅れてくることで、自分を怒らせ、そして平常心を乱そうという策略。卑怯と言えば卑怯な策ですが、しかし、ヒナギクさんは鼻で笑いました。
 ――誰が、そんな策にのって感情を乱すものか。
 逆に策を指摘することで、相手の動揺を誘ってやろうと、ヒナギクさんは自分が見抜いたことをハヤテ君に伝えました。
 ですが、返ってきたのは動揺ではなく意外な台詞でした。
 素で、忘れていた。
 ヒナギクさんは木刀を退きました。ワナワナと拳が震えます。
 更に、ハヤテ君はこんなことも口走りました。
 めんどくさい。
 他にも何か色々と口にしていたようですが、そんなことはもうどうでもいいのです。
 勝負したい、武器持参、勝つのは自分。全てハヤテ君が言い出してきたことです。
 それなら、
 ――勝負もしよう。武器も持てばいい。ていうか、叩きのめさせろ、このバカ野郎。
 こうして、とにもかくにもヒナギクさんは完全にキレたのでした。



 逃げるハヤテ君をヒナギクさんが追いまわしていた頃、伊澄さんは神父さまと縁側でお茶を飲んでいました。
 神父さまが伊澄さんに尋ねます。なぜ、決闘を武器持参にしたのかと。
 武器持参にしたのは、お互いの武器を落とせばそれで決着がつくし、肉体的接触が若い二人を性的な意味で刺激して、時刻も時刻、状況も月光の差し込む部屋で二人きり、ついでに片方は大人の階段を上る誕生日だから、あんな展開やこんな展開にならなくもないんじゃないかと、そういうことには勘が鋭い伊澄さんが配慮した結果でした。
 それに、呪いはもう解けたので二人が戦うことなんてありません。約束も、伊澄さんが最近ようやく使い方を覚えたと信じこんでいる携帯電話で、連絡を入れればすぐに解消できるはずです。お互いが電話番号を知っていれば。
 そんなわけで、二人の間では実現せずに終わった幻のカードですが、神父さまはどちらの方が強いのか興味津々でした。
 戦闘のプロである伊澄さんは、武器の戦いならヒナギクさんの方が有利と語ります。
 その理由は、ヒナギクさんの得物である木刀・正宗です。混乱していたとはいえ名匠・正宗作で、聞き分けも自覚もないとはいえ鷺ノ宮家家宝。手にすることで持ち主の潜在能力を極限まで引き出すというインチキスペックを有しています。その分、感情が高ぶりやすくなるというデメリットもありますが、あの完璧生徒会長ならそれも大丈夫、よもやブチキレて全力で斬りかかったり、突いたり、薙いだり、払ったり、小突いたり、左足から踏み出す抜刀術したり、逆手に持ってストラッシュしたりはしないはずというのが、伊澄さんの見解でした。



 一方、時計塔ではなぜか戦う必要のない二人が戦っていて、ヒナギクさんがブチキレて全力で斬りかかったり、突いたり、薙いだり、払ったり、小突いたり、左足から踏み出す抜刀術したり、逆手に持ってストラッシュしたりしていました。
 ハヤテ君はやはり超人的な反射神経でどうにか、ヒナギクさんの攻撃をかわし続けていましたが、それもいつまで続くかわからないどころか、一手一手確実に追い詰められてる気もします。顎の先ををブンッ、こめかみをビュッ、鳩尾当たりをズバッ。いずれも紙一重。
 このままではマズい、ハヤテ君が追い詰められたそのとき、パラダイスから天使が現れました。必殺技の天使です。
 天使の姿はリス。ドングリをカリコリいわして齧る姿が、大物感に満ち溢れています。その天使は言いました。必殺技を使え、と。あと、大切なのは体のサイズじゃない、胸のサイズだと。チビ巨乳こそ至高の存在だと。
 そう。ハヤテ君は地下ダンジョンでの激闘を経て、必殺技・Bダッシュアタックを身に付けています。合言葉はBee。ベルも撃ちつづければ粉々になって役立たずになるように、スピードアップも取りつづければ操作しにくくなって自滅するように、ハヤテ君も必殺技を使いつづければどうにかなります。
 ですが、ハヤテ君がその夜、必殺技を使うことはありませんでした。
 天使が見えたのか、たまたまなのか、それとも無意識にそこに何があるのか察したのか、ヒナギクさんが天使を薙ぎ払ってしまったのです。
 必殺技は破られました。ヒナギクさんの攻撃の手は止みません。いえ、更に鋭さを増しています。ハヤテ君には打つ手はありません。
 このまま、追い詰められ、撃たれ、仕留められてしまうのか。ハヤテ君が覚悟を迫られたその時でした。ヒナギクさんが――



 ヒナギクさんの動きは自分でも信じられないぐらいに、鋭さを増していました。
 木刀を速く振れて、しっかりと止められて、そしてまた切り返せます。ハヤテ君もそれを交しつづけていますが、それすらもヒナギクさんの掌の上でので出来事にすぎませんでした。交しているとはいえ、一振りごとにハヤテ君の体勢は崩れています。程なく、直撃を食らわせることができる、そう判断し、ヒナギクさんは木刀を振りつづけていきます。
 精度と力の二つのバランスが完全に調和した動作を見せる体、相手の動きを全て見切って常に正確な判断を下しつづける頭。この時、ヒナギクさんは完璧な剣士でした。
 高まりつづける感情を抑えきれない心をのぞけば。
 もう数手で、ハヤテ君を仕留められる。
 頭が確信したその時でした。
 体が止まり、心の蓋が外れて、口が言葉ではなく感情を口走り、そして瞳から涙がこぼれました。
 一年で一番大事な日の終わりは近づいて、そして一番大事な時間が始まろうとしていました。














管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://bbkiriblog.blog70.fc2.com/tb.php/471-6e2e8a1b