しっぽきり

 薫先生の人生はまさに理想的な人生です。
 名門私立の教師で、月収四五万程。家賃・生活費もそこそこで済んで、貯金や親への仕送りもバッチリ。もう一つお金の使い道がありましたが、それはまあそれとして。
 仕事の内容も、良家の子女達が集められた名門私立。そこそこ教育されているし、なにか問題が起こっても大人顔負けの能力を持った生徒達が何とかしてくれます。
 そして、余ったお金はほとんど趣味にあてられ、色々なイベントのある土日祝日・盆暮れも休みがとれるという理想の生活。
 ですが、薫先生には一つだけ、そして大きな不満がありました。

 彼女がいないのです。

 つまり、デートやら誕生日やら旅行やら、結納やら、指輪は三ヵ月分やら、式の費用やら、出産費用やら、子供ができたし手狭になってきたからそろそろ引っ越しやらなんやなのお金がかからず、ひたすら自分の趣味にしか、お金をつぎ込めないのです。
 これはむなしいことです。



 ですが、そんな薫先生にも好きな人がいました。
 同僚の雪路さんです。
 コーヒーを飲んでいるところを酒以外も飲むのか、とか珍しがっているように見せて、見つめるぐらいに好きな人です。

「教師も科目が違うと忙しさが違う」
「いや違わない」
「こんな授業計画立てなきゃいけないのなら家庭科の先生になるべきだった、そうすればお菓子食べ放題だったのに」
「いや素人の生徒が作ったお菓子だぞ」
「最悪、甘ければ大丈夫」
「そんなもんか?」
「そうよ。それに風味付けとか言って、ブランデー持ってこさせて、それ飲めばいいし」
「結局、酒か」

 などと話をしていますと、学年主任であるところの牧村さんがフラリ。

「授業計画って何? おいしいんですか? 甘いですか?」

 牧村さんが自分達よりいい給料をもらっているであろうことに、スペックの差はいかんともしがたいことを悟りました。
 雪路さんは、要領よくその場を抜け出しましたが、なんとなく立ち去り損ねた薫先生は牧村さんとぞろぞろ歩いていました。
 天才のスペックの高さに呆れる薫先生ですが、ふと質問をしてみます。
 彼氏はいるのですか?
 聞き方によっては、彼女になってくれと聞けなくもない言葉ですが、牧村さんはそれに気付いているのか、気付いていないのか、動じた様子はありません。
 どちらにせよ答え方は一つ。
 います。ていうか、同棲しています。
 薫先生は、愕然としました。
 見た目は子供子供してるのに、自分より結構年下なのに、なのに牧村さんは結婚していると言うのです。
 そんな、自分より大人な牧村さんに、薫先生は再び質問しました。
 ――モテるためにはどうしたらいいのか?
 しかし、明確な答えは返ってきませんでした。
 人が人を好きになるというメカニズムは説明しきれるものではありませんし、天才・牧村さんのほぼ唯一の欠点が、人の気持ちが根本的によくわからないという点にあったのです。
 ですが、こんな答えが返ってきました。
 モテない=魅力がない、つまらない、存在感がない。
 薫先生の心が泣き出しました。



 直視したくない現実ですが、薫先生もうっすらと気付いていました。
 自分には取り得がない。それはなにより、薫先生が知っていました。
 顔も、頭も、運動神経もそれなり。モテるための努力も、どこかがっついてるようで、してきませんでした。 
 プラモを作っても、女の人は誰も誉めてくれません。
 グフのヒートロッドをへし折った母親も、最初は謝っていたのが、なぜか最後には「アンタ、そんなのばっかり作ってて大丈夫なの? ちょっとは勉強しなさい!」と怒鳴り出す始末。
 思春期に突入し、モテたい期にあった男子の反応も男子の反応で、どこか微妙。そんな八方塞に状態にあった薫君の心に、一筋の光明を当ててくれたのが、雪路ちゃんでした。
 雪路ちゃんは、バカでブレーキがきかないところもあるけど、明るく元気で思いきりがよく美少女でクラスの人気者でした。
 その雪路ちゃんが、自分の作ったプラモデルを誉めてくれたのです。他の女子が「こんなところまで動く細かい作業を一人で延々とやってる薫君って……」とひくところも、ギターを弾く雪路ちゃんには、指先が器用と好ましく映ったようで、なんと「かっこいい」とまで言ってくれたのです。
 薫君の心に、プラモじゃない偶像が焼きついた瞬間でした。

 そんな薫君の十数年後の薫先生には、雪路さんの妹であるヒナギクさんが眩しく見えました。
 昔はこんなだった、時間が経てばああなる。
 そんな時と女の理不尽さに、薫先生は涙を流すのでした。



 写真を見て、ため息をもらすジャージ姿がいました。
 ――学校指定のジャージではないということは……教師か。
 白皇で行われる悪事を黙認している教師。
 いまだ表立った行動を起こしていない今の時期に集められる情報は集めておくべきと判断した文さんは、近寄っていきました。
 そこに映っていたのは、美少女でした。
 文さんの存在に気付き、飛びのく教師。
 自分の存在が、まだ教師たちにも知られていないことに安堵する文さんの理性と、納得できない抑えがたい感情を、この時期はまだ自分の中でかろうじて整合できていた文さんは、更になにか情報を引き出そうと隣にいたシャルナさんと擬態の馬鹿話をし始めました。
 ですが、文さんはすぐに立ち去るべきだったのかもしれません。
 なんと、目の前の教師が自分の名前と顔を一致させていたのです。
 教師が自分の個人情報を握っていることに驚く文さんでしたが、そんな文さんをシャルナさんは、私の話を聞かないと叩くと言います。
 インドから、超能力開発のために派遣され、自分に白皇最大の実力者である、生徒会長になるようそれとなく勧めてきた少女の話。実力行使をほのめかすあたり、インド側も相当焦っているのかもしれません。
 インド側の陰謀に関しては今現在できることはありません。ですから、文さんは写真の美少女の正体を突き止めることにしました。
 ――もしかしたら、この美しさは自分の邪魔になるかもしれない。
 どこか自我を失ったような目をした教師は語りはじめました。
 この少女は、自分の好きな人の十数年前の写真であること。ずっと一途に好きでありつづけてきたけど、時間が経ちすぎて告白しにくくなってしまったこと。
 文さんは一つ安堵しました。
 この少女は既に、この写真のままでは存在しないこと。ならば必要以上に恐れることはありません。学園で学生の崇拝の対象になるのはやはり学生。そして、白皇の支配者・生徒会長になれるのもやはり学生のみ。この写真から十数年ということは、この少女は既に学生ではないのです。
 そして、文さんはこの写真に覚えた不安の種を一層することにしました。
 たっぷりの軽蔑の念を込めて、キモいと教師の思いを否定したのです。
 偶像への思いを否定され走り去っていく教師を見ながら、文さんは心中で頷きました。
 ――この白皇で、偶像となるのは自分だけでいい。
 偶像となることは、つまり崇拝の対象になるということ。
 他に偶像を棲まわせた人間には別の偶像は抱きにくいもの。支配者にはなれないとはいえ、教師が対外的な影響力を持っていることもたしか。その教師が心に抱く偶像を破壊することで、偶像を破壊したとマイナスがあるとはいえ、そんなものは、心の中に対抗する崇拝という柱がなければ、この先の行動でいくらでもプラスに変えることができます。そして、自分が崇拝される対象になれば――
 ――また、一つ。あなたに近づけたのかもしれません。
 文さんは心の中で報告しました。あの日、自分の迷いを全て無くしてくれた、この世の全てを見とおしているかのように微笑んでいた、あの日時計塔で出会った黒衣の天使に向かって。
 


 どいつこいつも薫先生のことを馬鹿にします。何も考えずに喋っているようにしか見えない一年生の生徒すら薫先生のことを馬鹿にします。
 やってられません。走らずにはいられません。
 が、前を見ないで走れば、それは危険というもので、正面から人に衝突してしまいました。
 ガンダリウム合金大好きの薫先生とぶつかったのは、ガンダリウム合金並みの耐久力を持つハヤテ君でした。
 お互い不注意であったことを謝っていますと、ヒラリヒラリと何やら舞い降りてきました。拾ってみますと、それは映画のチケット。
 なんだかオドオドと口を開いたハヤテ君の言うところでは、女の子を映画に誘わなければいけなくなった、でも恥ずかしい。
 薫先生の中で、ハヤテ君に昔の自分が重なりました。
 二枚買った映画のチケット。誘いたくても誘えなかった夕暮れ。結局、一人で見た映画。なんだかんだで完結しなかった映画。見に行った完結編映画。呆然とするしかない結末。そして始まる論争。数年後、リメイク。
 そんな、後悔だらけの青春を、生徒に繰り返させるわけには行きません。
 なので、薫先生はこうアドバイスしました。
 ――若いうちは勢いで誘え。
 励まされたのか、ハヤテ君は元気に駆け出していきました。
 教師としての、人生の先輩としての役割を果たした薫先生ですが、その胸中にほろ苦いものも生まれました。ハヤテ君に後悔してもらいたくないのも本当でしたが、自分も若い頃そう出来てたらという感情もまた本物でした。
 ですが、過ぎ去ってしまった時間は二度と返りません。



 後悔の念を紛らわすために、薫先生は貯金を下ろしました。また、自分の趣味にお金を使うためです。下ろしたのは三千円。ちょっとしたお金にすぎません。ですが、その三千円を大金と呼ぶ人間が駆け寄ってきました。
 甘い匂いがしました。アルコールの。
 雪路さんでした。さっきまで三〇万円のワインを飲んできたけど、奢れとか言ってきます。
 そんな合計百万円オーバーのアルコールを摂取した雪路さんを見て、薫先生は安堵しました。
 立ち止まっている自分を残して、時間は遠くに過ぎ去ってしまいましたが、なんだか雪路さんは遠くに行ってないようにも思えました。一度遠くに行ったけど戻ってきたのかもしれませんが。とにかく、雪路さんは自分の側にいます。
 そしてその夜も、薫先生はもう一つの使い道に自分のお金を使い始めるのでした。
 
 
 












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