しっぽきり

 ところは三千院家。ナノマシン完備の天井があっという間に修築された客間には、未成年四人。唯一の成人女性は入浴中。
 そのうちのチビッ子な二人、ナギお嬢さまとワタル君はなんと許婚。一人、事情を知らなかったハヤテ君は、許婚なんていまどき珍しい習慣に、関心することしきりです。

 が、ハヤテ君が自分に夢中、でも主人と使用人という身分の差から、表立っていちゃつくことができず枕を濡らしている、と思い込み、悲劇のヒロインな自分に悶えるプレー実行中のナギお嬢さまにとってはこれは由々しき事態です。
 そう、お嬢さまにとっては、ハヤテ君が自分に嘘をついていたことを怒るのを隠すために、関心しているように見えたのです。

 が、ハヤテ君は当然そんなことを考えていません。
 主に忠実なハヤテと君が心配していたのは、お嬢さまが橘家に嫁ぐこと、身内だけだけど兆単位突っ込んだ盛大な結婚式を終え、さて自分も橘のお屋敷に仕事場を移そうと、部屋で荷造りをしていると、コンコンとノックされるドア。はて、誰だろうとドアを開けるとそこには新婚ホヤホヤの橘夫妻とマリアさん。
 ――ははぁ、これはいままでの感謝とこれからもよろしくという挨拶だな。
 などと、呑気に考えるハヤテ君。ただ、気になることが一つ。お嬢さまが俯いたままなのと、いつも笑顔を絶やさないマリアさんが不自然なまでに無表情なこと。
 何かを言い出そうとしてはその度に口をつぐむお嬢さま。それに業を煮やしたのか、後ろに控えていたワタル君が、前に出てハヤテ君の肩をポンポンと二回。意図を汲み取れず怪訝な表情のハヤテ君に駄目を押すように、首を親指の背でなぞっていきます。つまり、意図するところは首。
 こうしてお払い箱。お嬢さまとの関係も、使用人と主人の関係から、返済者と取立人の関係になることを恐れていたのです。
 ですが、それも、マリアさんの、「嫁いでくるのはワタル君のほう。家格の違いは非常なものです」という言葉に一安心。三千院家の婿養子になるのならワタル君の発言力も所詮は婿養子、たかが知れているはずです。そうなればハヤテ君がクビになる心配もありません。
 しかし、性格の不一致かワタル君は、ナギなんかと結婚するか、と言い出します。
 借金まみれで、今後数十年単位で結婚なんてワードが、脳内PCの最優先事項には挙がりそうにもないハヤテ君にとっては、贅沢なお話です。

「財産の問題は別としても、お嬢さまみたいな可愛い子はなかなかいません、身長的にも小さくてちょうどワタル君に釣り合うでしょう。胸も希少価値でステータスな貧乳なんですよ? それに、何よりオタ趣味も分かってくれる、あれ? これで髪、青くしたらこなたっぽくね? お付にやたら頭いい割には扱い不遇なwikiもいるし、ほら、こなたじゃん。絶対、ポヤーッとした感じの母親も幽霊とかになって来てくれるってお前、泣けるぞ。二次元キャラと同等のパラメーターの持ち主と結婚できんだぞ、こんなの逃す手ねーって、マジで、絶対」

 などと、お嬢さまの素晴らしさをとうとうと説くハヤテ君ですが、ワタル君はそれでも断固拒否。
 ――さて、どうしたものか。というかお嬢さまとワタル君が結婚しても、僕には何の得もないんだよなあ、損もしないけど。あ、でも、恩赦でも出て、借金チャラとかもあるかな?
 と思案をめぐらすハヤテ君は一つのことに気づきました。
 イヤよイヤよも好きのうち。当世風に言うならワタル君はツンデレなのです。
 そんなことを考えていると、ワタル君とナギお嬢さまが物を投げ合い喧嘩をし始めました。投げるもの投げるもの、マリアさんとハヤテ君に飛んでくる状態に、『ものすごい勢いで投げ合ってるけど二人はお互いに当てようとしていない、それどころか腹蔵なくお互いの言いたいことを言い合っている。仲良く喧嘩しなとは、まさにこのことだな』とハヤテ君は自分の正しさを確信します。
 さて、若い二人のデレタイムのために席を外そうかとタイミングを見計らっていると、そこに伊澄さんが現れました。
 爽やかな微笑で挨拶する伊澄さん。すると、不思議なことにワタル君の態度・口調、さらには自分の呼び方までがガラリと変わります。
 はて、と怪訝な表情のハヤテ君に、扱い不遇なwikiさんから再びフォローが。
 ワタル君は伊澄さんのことが好き。
 これは、大変。前倒しの不倫じゃないか、と慌てるハヤテ君。
 が、お嬢さまから怒気は見受けられません。そう、婚約者とはいっても、本人同士の決めたことではありませんし、第一、お嬢さまにはハヤテ君がいるのです。伊澄さんの眼中に割って入ることが出来ないワタル君がどうしようが、お嬢さまの知ったことではありません。多少、気になるのは伊澄さんが誰が好きかですが、お嬢さまには想像もできません。
 しかし、ワタル君には誰か分かっていました。
 いえ、和装から好みを判断したのか、それとも和食しか用意してないのか、「朝は和食のほうがいいですか」と朝食の希望を尋ねるハヤテ君に、「ハヤテ様の好きにして。もう滅茶苦茶に」と答え、「じゃあ、ある意味、卵かけご飯ですね」という下卑た冗談を口にするハヤテ君の返事に恥らう伊澄さんを見て、気付いてしまったという方が正しいのかもしれません。
 ワタル君はキレました。
 そして決闘を申し込みました。
 目を血走らせるバイオレンスっ子ワタル君。戸惑うハヤテ君ですが、ナギお嬢さまは、どうせなら伊澄さんからの同情を買えるようにボコっちゃえ、とGOサイン。
 


 そんなわけで、一行はお庭に。
 メイドさんが、お茶をいれる先では、剣を持った少年が二人。剣は本物。デスマッチです。
 ワタル君には勝算がありました。
 三歳の年齢差があって、体格も一回り以上違って、ハヤテ君にちょっと人間離れした跳躍力があるとはいえ、幼馴染連中には口喧嘩では全敗とはいえ、とにかく貧乏臭い顔のやつに、橘家の御曹司が負けるはずがありません。無死満塁から一点とるぐらいに確実な勝負です。
 勝利の美酒に酔いしれ、伊澄さんに尊敬の眼差しで見つめられる自分を想像するワタル君。
 そんな静かに勝利を確信するワタル君とは対照的に、ハヤテ君は弱者の虚勢でしょうか。剣をブンブンと振り回し始めました。そして、切りました、岩を。スパスパと。
 うーん。
 そういえば、無死満塁からは以外と点が入らないと水島先生が言ってました。というか、無死満塁は無死満塁でも、リトルリーグ相手に大リーガーがマウンドに立った状態なのかもしれません。
 年齢差、体格差、あの身体能力、客観的に考えると厳しい状態なのかもしれません。顔とかも勝負に関係ないですし。
 てかさ、ワタル、お前なんで勝てると思ったの?
 ですが、ここで退いては男が廃ります。ましてや、伊澄さんの前。やせ我慢こそが男の美学です。
 掛け声とともに、切りかかるワタル君。
 ハヤテ君は、そんなワタル君みたいなタイプの子は嫌いではありません。
 好きな女の前で格好をつけたい、という安いかもしれないけど、男としてとても重要な衝動はハヤテ君も理解できます。それに、ここでワタル君に格好をつけさせてあげれば、伊澄さんもワタル君を見直すかもしれません。そうすれば、ワタル×伊澄のカップリングが成立。本人同士の意思が尊重されて、婚約解消、ナギお嬢さま大喜び、自分の執事の仕事も安泰、のちのち着物人妻という選択肢もできるという良いこと尽くめ。
 上手く負けてあげるのが最上の道。ハヤテ君の演技力の見せ所です。
 ですが、刃物は危険です。
 なので、ワタル君の渾身の一振りを指で一つまみして、放り投げ。
 ここで、ワタル君の手を後手にとって「やめてよね。一般人が執事にかなうわけないじゃない」と見下したいところですが、グッとこらえて、ワタル君の気迫にやられたという態でダウン。
 完璧な演技でした。怪しむ人は誰もいません。
 その予定でした。が、ハヤテ君には予想外の展開が。
 ワタル君のひ弱なプライドを守るために、わざと負けたあげた優しいハヤテ君。
 そんなことを口走った人がいたのです。それも、口走ったのは一番騙さなければいけなかったはずの伊澄さん。
 ハヤテ君の演技を見れば誰もが騙されるはずです。その証拠に、伊澄さんが喋り出すまで、ナギお嬢さまも、マリアさんも、直接剣を交えたワタル君ですら、あまりのハヤテ君の弱さに拍子抜けした表情をしていたのです。ですが、伊澄さんは見抜きました。
 予想外の展開に思わず立ちあがってしまったハヤテ君。
 失敗でした。瞬殺されたはずのハヤテ君が立ちあがったのでは、さすがに完璧に騙されてしまっていたワタル君も、ハヤテ君のダウンが演技であったことに気付きました。
 騙されていたことへの怒りから、パンチ一閃。これは割と効いたようでハヤテ君はダウンしたのですが、涙目のワタル君の精神はボロボロ。
 結果、二人の決闘はハヤテ君の圧勝に終わり、同時にようやくサキさんがお風呂から上がるのでした。


中毒~ベストアルバム中毒~ベストアルバム
(1995/02/17)
なぎら健壱

商品詳細を見る
















管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://bbkiriblog.blog70.fc2.com/tb.php/404-2abbfe2c

ハヤテのごとく!21話【男の戦い】畑健二郎
 扉絵はNY中の橘家のメイド、サキ。濡れた腕で抱えられたくらいで湯浴みを必要とするなんて、とってもデリケートである。それとも彼女と違って恐ろしく有能な三千院家のメイドが「濡れたメイド服を(神速の早業で)乾かしてさしあげますから、その間にお風呂でもいかがで...

2007.12.19 23:37 | 360度の方針転換