しっぽきり

 時は十一時十五分ちょっと前。
 マリアさんは、伊澄さんと一緒に寝ることになってしまった、ちょっと寂しい一人の夜。
 暇を持て余してビリヤード台の前に佇んでいると、ペタリペタリと廊下を歩くスリッパの音、数時間で風邪をひき、お嬢さまお手製のアレなお粥を食べた後、数時間寝ただけで風邪を治したデタラメな体質の持ち主、ハヤテ君でした。
 マリアさんは、ハヤテ君にキューを投げ渡し、一緒に撞いていくように誘いました。
 マリアさんからのお誘いです。熱はひいたとはいえたっぷりと汗をかいて体力を消耗させお嬢さまからのお粥もまだ消化しきれておらず体調が完璧とは言えなかろうがなんだろうが、当然それを受けるのでした、都合のいい妄想を浮かべつつ。
 球を散らし、もう一本キューを取り出し、準備をしながらマリアさんは、伊澄さんとナギお嬢さまの仲の良さを説明しはじめました。


 それは八年前のこと。あんまりにあんまりな次元に辿り着くクオリティのナギお嬢さまの漫画は咲夜さん始めとして、小さなお友達には不評でした。大きなお友達にも、不評でした。お嬢さま自身はとても好評を博しましたが。
 時代の先駆者としての悩みを抱えたお嬢さまの小さな胸は痛みます。
 ノートはゴミ箱に投げ捨てられてしまいました。
 無残に叩きつけられたノートと、今まさに絶たれようとしていたお嬢さまの才能を拾い上げたのが伊澄さんでした。
 それ以来、伊澄さんはお嬢さまの良き理解者として、なにより大切な親友として、今もお嬢さまの高次元なお話に胸を躍らせているのです。


 舞台は整いました。
 ハヤテ君もプールバーで経験を積んできた猛者。ですので、マリアさんが提案した負けたほうが何でも相手の言うことを聞くという勝負にも、「最近の少年誌は、チクビ券も簡単に発券してくれるし、なによりヒロイン妊娠エンドも問題なし」という知識に基づいた邪な野望を胸に、受けて立ちます。
 が、マリアさんはゲーム類なら何でも得意というインチキスペックの持ち主。ハヤテ君が台の側にボンヤリと立っているうちに次々と球を落としていきます。
 マリアさんの設定なんて知る由もないハヤテ君には、予想外の展開でした。
 なにより、マリアさんのキューさばきには何かただならぬものがあります。何でも聞いてみるとコートをズタボロにしたことや、いつもいつもお部屋をボロボロにしてそれを片付けさせられていることを気にしてるのかな~みたいな?
 が、そんなことは言ってもマリアさんは慈愛に満ち溢れた女神さまでした。
 マリアさんが出したハヤテ君への罰ゲームは一億五千万の借金を二億にすること。
 ネームなら五文字から二文字ですが、タイピング的に考えると『いちおくごせんまん』の九文字が、二億なら『におく』の三文字、実に三分の一になります。ミスタイプの可能性を減らせるメリットまで考えれば、借金が五千万増えてハヤテ君が還暦を越えて働かなければならないことなんて小さいことです。
 それでも若さゆえか、大局的に物事を見るということが出来ないハヤテ君の目にはその後も次々と球を落としていくマリアさんが(あろうことか!)ラスボスに見えてしかたないのでした。
 二億の返済方法なんて想像もつかないハヤテ君。一つ選択肢を削ることで逆に状況はクリアになるものです。優しいマリアさんは、ハヤテ君が条件を満たして遺産を継ぐことによって返済するという選択肢を削除なされました。ついでに、後の混乱を防ぐために、借金増額が冗談ではないことも告げます。そして、何よりの優しさ、お嬢さまとハヤテ君が結婚するという解決案すら示したのです。
 が、ハヤテ君の答えはNOでした。お嬢さまが嫌い、ということではなく、借金を返すためになんて結婚する、お金のために結婚するなんて、何より失礼な話だから。あと、ロリコンじゃないからだとかで。
 お嬢さまが選んだハヤテ君が、いい少年であることと、それ故にお嬢さまの思いが適いにくいこと。
 言いきったハヤテ君を見るマリアさんは、複雑な心持になりました。
 キューは心を表す、たぶんビリヤードの格言に類似品があるはずなので、その類似品の言葉通り、複雑な心境で放ったマリアさんの一打はなんと外れてしまいました。
 攻守交代。ハヤテ君の撞いた球はゴトンとスポットに落ちていきました。ハヤテ君の勝利です。大逆転劇です。
 このあまりに劇的な勝利に、ハヤテ君の興奮はマックスに達しました。
 憧れの人が自分の言う通り!
 このときハヤテ君は、興奮のあまり気づきませんでした。背後で扉が開いたことに。
 自分のご主人様が、ナギお嬢さまが、背後で鬼と化していたことに。
 浮気、それも世界一大事な存在に手を出そうとしていた、そんなハヤテ君にお嬢さまはぶち切れていました。
 そんなわけで、その夜、最後に立ちはだかったのはナギお嬢さまでした。
 ちなみに、ハヤテ君のお願い事というのは、コートの件を許してほしいということでした。そこに、部屋をボロボロにしていることを許して欲しいという願い事は含まれていないので、ハヤテ君はしっかりマリアさんにお仕置されてしまったのかもしれません。羨ましいですね。



ブレイクショット (8)ブレイクショット (8)
(2001/10)
前川 たけし

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レビュー・評価:ハヤテのごとく!/第19話 「サキさんのヤボ用(全国版)2007」
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2007.12.10 02:27 | ANIMA-LIGHT:アニメ・マンガ・ライトノベルのレビュー検索エンジン

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