しっぽきり

その空の青さで三千院ナギ嬢の記憶に残ることになった一月三日。
 この時期のハヤテ君は、三千院家執事としての地位を確立していませんでした。少なくともハヤテ自身はそう信じていました。自身のそれまでの人生を三千院家の絢爛たる内情に重ねるには、彼の人並み外れて豊富な職歴でも不充分だったのです。

 そんな彼にとって、三千院家において事実上のドンとしてふるまっているマリアさんから下賜されたコートをボロ布同然にしたということは、自身の進退どころか生命に関わる痛恨事だったのです。いえ、そう思えただけです。慈愛あふるるマリアさんはそんなことではお怒りになりません。なりませんよね?
 同様にハヤテ君の頭を悩まし、心に重しをかけていたのが、コートの値段。百数十万という金額は彼の上を通りすぎていく他人の物であって、彼自身の物として実感したことはありませんでした。
 当然、ハヤテ君の懐にはカシミアのコートを買うお金などありませんでした。それどころか、満足に空腹を満たすだけのお金もありません。
 冷静に考えれば、三千院家にとって百数十万などは蚊に刺された程度のものなのですが、立場が異なれば当然視点は異なるもの。百数十万という額は、ハヤテ君にとっては途方もない巨人のように感じられるものでした。
 ゼロになりようもない失点をすこしでも減らすための策に頭を悩ますハヤテ君は、重要なことを忘れていました。そもそもの事の発端となった目の前の少女です。
 おずおずと自分に話かけようとした少女を、こともあろうにうるさいなどと撥ね退けてしまいます。
 その後、なんとかヒトデ型怪獣の話をしてフォローしたハヤテ君。弁償を申し出る少女にも、「嬢ちゃんみたいなチビッ子に払えるわけねーだろ。さっ、けえったけえった」と後になって考えれば無礼にも程がある断り方をしつつも、再び言葉と笑顔の安売りで少女の心を鷲掴みます。
 君みたいな和服少女はマニアな需要が結構ある、ポリ公は信用ならない、僕もあんなこととかこんなこととかしてるからあまり警察には関わりたくない等と、自分がどうにかするしかないことを少女に伝え、再び生き延びるための全く必要のない無駄な算盤をはじき始めたハヤテ君に少女の笑顔と共に差し出されたのは、ハンカチ。
 寒空で濡れたままでは風邪を引いてしまうという心遣い。風邪を死病と思い込んでいるのは、少女が諸般の事情で風邪をひいたことがないから。
 クシャミするハヤテ君を既に手遅れと嘆く少女。
 そんな少女の安全を守るために一つの場所を思い出します。

 
 電信柱の前で立ち止まってはなにやら呪文めいた言葉を呟き、ティッシュ配りを見れば確実に受け取り二つ目を要求する、ポスターをみれば目に画鋲を突き刺そうとする、ショーウィンドウごしに張りついてトランペットをじっと見つめる少年を「ガラスに指紋がつくでしょ」と叱り、ベンツを見てはエンブレムをポキリと折れそうなぐらいに愛撫、空のワイン瓶を拾っては水を詰めて歩行者に近づいていき、真っ白な壁を見れば懐からスプレーを取り出すなど、再三あらゆる道を外れようとする少女をなんとか導き辿り着いたのは三千院邸。
 少女が浮かべたかすかに驚きの表情に気づかないハヤテ君が口にしたのは、自分の主人が手間はかかるけどとっても信頼できる優しい少女だということ。
 その言葉に、納得の表情を見せる少女を残してハヤテ君は、いまさら中の人に下げる面もないので去っていきました。
 


 意外に早い到着を驚くナギお嬢さまにちゃんと迷子になったとなぜか誇らしげな伊澄さん。
 不幸な少年の事情を説明する伊澄さんに、もはや日常茶飯事と諦めを見せる二人。
 そんな不幸体質の少年は執事生活始まって以来のピンチで、精神的に右往左往していました。
 ハヤテ君の目に映るのは、怪しげな金融チラシ。
 ――金を借りてコートを調達すれば問題解決。
 両親があんなだからそんな解決方法を思いつくのですが、逆に両親がそんなだったからそれが何の解決にもならないという難しいことがわかってしまうのでした。
 「みんな星になってしまえ!」と叫び出したい八方塞がりの気分のハヤテ君。そんなハヤテ君に、話しかけてくる人達がいます。
 三人の黒服と一匹の子犬。すわ先程のベンツ所有者かと思いきや、そこには見知った顔。
 彼らはハヤテ君の内臓を切り取った後、売り飛ばそうとした人身売買のヤクザさんたち。
 が、ヤクザさんたちは何だか友好的です。考えてみれば借金は十三歳幼女に返済してもらった身、ハヤテ君は追われる理由も、危害を加えられる理由もまったくありません。
 「この後、飯でもどーよ?」などと和んでいると、そこに再び黒服の集団が現れます。今度の黒服達は、ハヤテ君に敵意剥き出しです。
 先に登場した黒服さんたちは、後から来た黒服さんたちをマフィアだと判断しました。
 そうなれば話は一つの方向に収束していきます。
 ここは富士山極道天国。マフィアの侵入など許すわけにはいかないのです。
 そして、同じ世界の住人・ハヤテ君も守らなければならないのです。
 ヤクザさんたちの覚悟は本物でした。黒服さんたちもポン刀出して本気モード。
 まだ、そして、こんな利益の上がらないヤマでパブリック・エネミーになる気は毛頭もない合理主義者を自認しているハヤテ君はそこから「ほな、バイナラ」とコソコソ逃げ出そうとしますが、そこはハヤテ君。先に来たヤクザの黒服さんたちにバレてしまいます。
 この世界は義理と人情の世界。仲間を見捨てるなど許されないことなのです。
 ハヤテ君も悟りました。
 自分は合理主義者にはなれないのだと。所詮は自分も歩く死人、くたばりぞこないなのだと。どぶ沼でくたばるのが自分たちにはお似合いなのだと。
 「僕、無事に帰れたらマリアさんに素直に謝るんだ」と心に決め、刀の嵐に飛び込んでいくのでした。



 お屋敷では、ハヤテ君の不幸を信じて疑わない二人への伊澄さんのフォローが始まっていました。
 コートを汚したのは私の責任、悩んでいたのはそれだけ執事の仕事に真剣だから。
 そんな熱弁を振るう伊澄さんに、ハヤテ君の罪を問うことはしないと決める二人。タイミング良く帰ってきたハヤテ君のことも暖かく迎えるつもりでした。ナギお嬢さまの質問に、伊澄さんが一言「扱いづらくてやってらんねー」という意味の、ハヤテから聞いたナギ評を口にするまでは。
 その言葉を聞いたナギお嬢さまはブツリッ。伊澄さんがフォローの言葉を発する前に、朦朧とした意識でなんとかお屋敷に帰りついたハヤテ君をたたき出すのでした。
 そして、伊澄さんはもっと早く言ってあげればと忠告するマリアさんに、ニタニタと笑って「わざわざ」と答え、メイドさんの心胆を寒からしめるのでした。














管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://bbkiriblog.blog70.fc2.com/tb.php/382-7fb1df23

ハヤテのごとく!17話【バッドエンド直行フラグ立ちまくり】畑健二郎
 カラーのとってもいい天気。その素敵なレイリー散乱光を次元の向こうのお嬢さまはご満喫されている。ええ、それでも窓越しなことはわかっているんですけどね……これみよがしにHIKIKOMORIな事を強調しないでください。  扉絵はたいへんお行儀のよいパジャマのお嬢さま...

2007.12.09 00:43 | 360度の方針転換