しっぽきり

○栄冠ナイン

 山内に続いて、ムッシュこと吉田入学。初期能力で守備・捕球がC65とさすがの牛若丸ぶり。が、夏は2年連続出場も今度も選抜には届かず。
 50年には西鉄黄金時代のショート豊田が入学。ショートが被ることに。遊ばせておくつもりはないので、どちらかのコンバートを熟慮した結果、現役晩年やってたセカンドに吉田をコンバート。その甲斐があったのかなかったのか、3年連続甲子園出場。準決勝進出で初代転生OB山内の花道を飾ることに。2年秋ぐらいからは、球場が狭ければ2本塁打は当たり前みたいな打棒を発揮して、通算27本塁打を記録(それまでの最多が11本!)。
 続く秋はなんとまあ、みじめに初戦敗退。幸運のランプの油が切れたのかな? と思ったところに彼がやってきました。ミスタープロ野球、長嶋茂雄! セカンド吉田、サード長嶋、ショート吉田という夢の布陣で挑んだ府大会! あっさり3回戦負け。
 んー?
 まあ、いかにミスターといえど1年生で能力はDとEで、順調にきてる2年生ぐらいなのでそれほど期待はできないわけで、半ば将来を見越して使ってた部分はあるのですが。
 秋の大会もあっさり府大会で終了。
 ただよう微暗黒感とともに始まった52年。V9巨人の頭脳・森が入学。前年までの不振が嘘のようにコールド勝ちを連発で甲子園。そして、準々決勝まで圧勝を続け、続く準決勝・決勝で1点差のしびれる勝負をもぎとり優勝。豊田を送り出し、長嶋キャプテンに。
 が、続く春・翌年夏を連続して逃し、卒業することに。
 長嶋、パワーの割に打球があまり上がらず(弾道4ではないにせよ、それにしても低いライナーでライン際を抜いていくヒットが多かった)、通算9本塁打。もちろん水準以上ではありましたし、52年夏の甲子園では2本塁打を放ち十分に貢献してくれたのですが。
 ミスターが去る中、追加されたのはガソリンタンク。初の投手OBは米田。スタミナ入学時点でC68。
 秋の大会では、近畿大会で一歩及ばず。
 翌年、太く長くの米田がエースになるなか、太く短くの典型例なあのOBが入学することに。

・1949年夏 甲子園3回戦
・1950年春 近畿大会1回戦
・1950年夏 甲子園ベスト4
・1951年春 府大会1回戦
・1951年夏 府大会3回戦
・1952年春 府大会2回戦敗退
・1952年夏 甲子園優勝
・1952年春 近畿大会2回戦敗退
・1953年夏 府大会準優勝
・1954年春 近畿大会2回戦敗退 












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://bbkiriblog.blog70.fc2.com/tb.php/2170-7213af31