しっぽきり

 休載ということで、ハヤテ界隈の端っこにいた人間の個人的な総括です。
◯ハヤテのごとく!とはなんだったのか

 一言で言うとBS。具体的には単行本のキャラ紹介も含めて、情報開示と印象づけ、時系列が書かれたエクセルファイルや「たった一つのトゥルーエンド」という単語から抱くストーリーへの信頼、それに伴う本編の考察が、私を含めたある種の層の人にとっては非常に大きなウェイトを持った作品だったのではないかと。

◯BSとアテネ編とある段階の終焉

 おそらくは商業的な広がりを見せた07年だけでこれだけの情報がBSを通して明かされていたわけです。興味がある人間に先を仄めかす情報を与えたらどうなるのかと言えば、考察をしだすわけです。結構な数のブログが結構な数の考察記事を書いていました。もちろん、ハヤテを扱うブログの中でも温度差はあって、転換点と言われるアテネ編(その前段である過去編)も、いよいよ仄めかされていた展開が始まると感じた層と、今までと温度が違う展開に戸惑う層がいたように記憶しています。

 そんなアテネ編でしたが、「ハヤテの元彼女の登場+数年前の時点で確定していたGW旅行」という、それまで振っていたネタの一つの集大成とも言えるエピソードでした。逆に言えば、それまでのエピソードは、先の展開のある程度の提示を踏まえた「これから先にあるエピソードの前フリ」と位置づけられることが多かったわけではあるのですが。
 この一つの集大成となった後のアテネ編、GW後を具体的に考察するブログはあったのか?
 ほとんどなかったと思います。
 ハヤテがナギを選ぶかアテネを選ぶか、言い換えるとお屋敷を舞台とした今までの展開は続くのか続かないのかという点が明確でなかったことを考えれば、当然のことなのですが。
 ただし、アテネ編途中頃の時点でBSは情報開示やその話の裏エピソード(キャラクターがどうしてそういう行動を捕ったのかなどの内側的なもの)の提示の場所からから、畑先生のそのエピソードへの思い入れや作業工程を変えたことなどを表明する場所へと傾向を変えて行きました。(作品の話から、先生の話へ)
 アテネ編以後の展開を、外部の情報から考察するのは難しくなっていきました。
 もちろんそれが普通といえば普通なわけで、また考察記事が減ったのも、BSの内容の変化以前に、ハヤテをメインに語るブログ自体がアテネ編の途中から減少していたという事情のほうが大きいのですが。
 
 なにはともあれ、「ハヤテとのごとく!」という作品が持っていた界隈を成立させるような土壌は、アテネ編終了の時点で一旦終わった。そう思います。
 あ、BSによる大量の情報提示ということを行なってはいましたが、畑先生自体は、はめてはめて長編作るというより、短編ギャグであえて外していく展開するタイプの人だと思います。(アテネ編ラストでも三人組使ってちょこちょことギャグ挟んできたあたりが、畑先生の無意識下のバランス感覚というか習性なんじゃいかと)


◯アテネ編終盤とそれ以後からの私感

 アテネ編ラストというと、大体こんなことを考えてました。書くまでもなく不満なわけですね。自分はナギの執事だと決意はしたものの、それに値いするような行動はないわけで。アテネ救出は、アテネ選ぼうが当たり前にしなきゃらないことですし。ナギの執事と自分を定義付けたなら、展開上アテネと一緒にいるわけにはいかない(幼女化して記憶をなくして同居)ですから、別れを自分から切り出すぐらいはしないと。ただ、実際別れを切り出したのはアテネでした。ハヤテの事情を察してあげるアテネは優しいということなんでしょう。
 ではストーリーの前後を置いてもキャラに優しい描写をするのかなと思えば、最近ではキャラの扱いが杜撰。ヒナギクが着替えてる確率が高いところを転入生の目の前で開けてみせて実際着替え中とか、ギャグとかデリカシーがないとかそういうレベルの話には見えませんでした。では、ハヤテがデリカシーのなさが度をこしてロクデナシに見えてしまうキャラクターでいくのか? その可能性はないでしょう。「不幸にめげず頑張るいい奴」というキャラクターとしても描かれていくのでしょう。これが同居していくとなると、非常に変なキャラクターとなってしまいます。
 どうしてこうなるのか。多分畑先生にとって優先されるべきはキャラクターの描写の積み重ねよりも(キャラクターの大まかなニュアンスを保持した上での)シーンなのでしょう。(アテネ編では思いやっての別れ、ギャグではギャグを成立させるための改変・誇張)中期的ならともかく、時には連続したエピソード内でのシーンのニュアンスの統制がとれてない(アテネが悩むシーンを散々描いていたのに意識は曖昧で行動はほぼミダスの責任、ナギの同人編での「大事なのは情熱」から「ステマしても売れればいい」の変化)こともあるので、それをこなし続けてきたキャラクターは、成長度合いも性格も分裂してしまう。ギャグならまだしもシリアス度が増せば増すほど違和感も増してしまう。
 私はエクセルファイルや「たった一つのトゥルーエンド」の存在を疑ってはいません。同時に、そこに至るまでの過程で、感じる違和感を軽視することもできません。前者への信頼が後者を軽くすることはなく、むしろ後者を重くしている。規定のラインが定まっている上で、無視できない違和感が生まれてしまっている。
 これが私の率直なハヤテのごとく!という作品への現在の印象です。

 そうした中で連載が続いていくことに、続いているという以上の利点を見いだせなかったので、今回の休載のニュースに関しては、そうしたほうがいいだろうなという第一印象を抱いていました。休載理由となるのが連載より重要度の高い仕事というのは、正直なところ予想外でしたが。












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