しっぽきり

 感想は配信当時のものです。
 感想というか先輩魔法少女の違いについて。
 先輩魔法少女であったマミさんは、慎重に答えを出すように勧めながらも、まどかさんとさやかさんが魔法少女になることを、概ね歓迎していました。
 一方、同じく先輩魔法少女であったはずの杏子さんは、ほぼ最後の段階までまどかさんとまともに接触することはありませんでしたし、九話の中でも、頼りこそすれ外部の存在として扱っていました。既に魔法少女となってしまったさやかさんには何度も忠告をしたり、実力行使(描写トータルで考えれば、つぶしあうじゃなく教え込むだったんでしょう)をしてみせたりと、積極的に絡んでいました。

 この違いはどこから来たのか?

 マミさんは、魔法少女になる直前に家族を亡くしていました。つまり(魔法少女であるという寂しさは別として)魔法少女になったという事実で決定的な破綻を味わうことはありませんでした。対して、杏子さんは、父親のために魔法少女となり、そして父親に魔法少女になったことを知られたことで、家族の崩壊という決定的な破綻を味わいました。(加えて言えば、マミさんは女子中学生として曲がりなりにも日常生活の中にいますが、杏子さんはリンゴの件を鑑みるにその範疇にはいなかったのでしょう)
 マミさんは一人で魔法少女を続けていく孤独が不幸だと感じていた。一方で、杏子さんは魔法少女になってしまったこと事態が不幸なことだと割り切っていた。
 人間と魔法少女、その境界線に杏子さんはマミさんより敏感にならざるを得なかったのでしょう。
 マミさんは、二人が魔法少女になることで、孤独が癒されると思っていた。
 杏子さんは、魔法少女になってしまったさやかさんにせめて不幸を軽減させようと不器用なりに動いていた。

 無論、杏子さんが完全に割り切っていたかどうかといえば、さやかさんを元に戻すために不確かな方法でのギャンブルに出た上での、

「一人ぼっちは寂しいもんな」

 ということになるのでしょうが。


○おまけ

 地球人の少女がとくに強い感情エネルギー云々はダンバインの地上人を思い出し、「君らの事情は置いといて私のやってることは宇宙のためっすよ(意訳)」というQBさんの言い分にザンボット3のコンピュータードール8号を思い出した自分の富野脳に満足です、ぎゅっぷ。後者に関しては、いつか地球人が宇宙に進出したときのためという一スパイスがかかってる分、余計性質が悪いかも。












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