しっぽきり

 聞こえる。
 何かが衝突する音。
 何かが崩壊する音。

「返してもらうぞ!! その人を!!」

 聞こえる。




 自分の中なのか、それとも外なのか。もう今となっては判然としないが、私と繋がった力が蠢く。途端に、けたたましい金属音が響く。狙われているのが誰か、考えるまでもない。
 急がなくてはならない。
 消さなくてはならない。
 消えなくてはならない。
 そうしなければ、また、一〇年前のように。

 ――いなくなっちゃえばいいんだー!

 彼を悲しませる。
 あの時、私は彼を追い出した。
 大好きだったのに。
 好きで好きで仕方なかったのに。
 傷つけることしかできなかった。

 胸が、痛い。

 失って傷ついた痛み。
 失わせて傷つけた痛み。
 彼が今、不幸かもしれないという痛み。
 彼が今、幸福かもしれないという痛み。

 それでも、受け入れるつもりでいた。一〇年ぶりに、嘘みたいな奇跡で私の世界に現れた彼は幸せそうだったから。
 彼の横顔は、別の少女の執事として幸福そうに笑っていたから。
 ただ、遠くから見守る。
 それだけで、よかった。
 どうせ私には彼を幸せにすることなどできないのだ。それならば、誰かが彼に幸せを与えるのならば、もう、それでいい。
 そう、思おうとした。



 思いたかった。
 










 できなかった。

 だって、覚えているのだ。
 初めて触れた手の感触を。
 初めて交わしたくちびるの感触も。
 名前を呼んでくれた声も。
 隣に彼がいたという温度も。
 何もかも。
 全部、忘れられるはずなんてない。
 なんて、浅ましいのだろう。 
 傷つけるとわかっているのに、不幸とするとわかっているのに、それでも近づこうとする女。
 なんて強欲で、おぞましくて、醜いのだろう。
 今だってそうだ。
 私一人が消えれば、それで済むのに。それなのに、私は願っている。
 彼に会いたいと。
 そして、

 ――もう一度私の名前を……私の名前を……呼んでよ、

「ハヤテー!!!」

 私は叫んでいた。












 さっきまでよりもずっと近くで甲高い音がした。
 砕けたのは、私を覆っていた剣。
 周囲を埋め尽くしていた剣がなくなり、遮られていた光が差し込んでくる。
 風が吹き込んでくる。


「助けに来たよ!!」


 まぶしさの中で、私の、
 
「アーたん!!」

 名前を呼んで。
 彼が手を差し伸べてくる。

「さぁ!! 僕と一緒に……!!」

 柔らかな声も、私を見つめる真っ直ぐな瞳も、包んでくれる手も。
 
「ハヤテぇ……」

 何もかも。あの頃のままだ。
 差し伸べられた左手を握ると、彼が私を引き上げてくる。

「ハヤテぇ!!」

 そして私は彼の名前を呼んだ。嗚咽の中で、彼の胸の中で、何度も何度も。
 その度に、彼は私の頭を優しく撫でて応えてくれる。あの頃のままの優しさで。
 痛みが流されて、溶けて、消えていく。

 ああ、今わかった。
 ずっとこうしたかったんだ。
 ずっと彼を求めていたんだ。
 ハヤテが側にいてくれる。
 ただ、それだけが、

「ごめん。来るのが少し遅れた」
「ううん……いいの。
 もういいの……もう。
 会いたかったの……ハヤテ」

 私の幸せだったんだ。













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