しっぽきり

「はぁああ!!」

 呼び寄せた木刀正宗を一振り。

「ずああ!!」

 また一振り。
 迫りくる怪物たちを薙ぎ払いながらも、ヒナギクさんはいまいち状況を飲み込めていませんでした。
 目の前で蠢く異形の者たちが、本物であることはなんとなくわかりました。そこで空気を呼んで、派手なパーティーの演出だなと感心する歩さんを「まだ少し気持ちの整理がしたいから」と返し、自分も参戦してはみたのですが、もちろんどうしてこうなったのかはわかりません。
 すると、咲夜嬢が簡潔ながら答えてくれました。

「まぁ簡単に言うと天王州さんっちゅー人がこの世から消えようとしてて、伊澄さんとハヤテがそれを助けに行ってんねんけど……」

 消える?
 やはり正確には事態を掴みきれませんでしたが、ただならぬ事態であることはわかりました。咲夜嬢が嘘をついているようには思えませんでしたし、それに今の状況を前にすれば、それを嘘と判断することはできません。
 退治しても退治しても押し寄せてくる怪物たち。戦いの気配を察知したのでしょうか。プールからも怪物たちはやってきました。
 
「けど、この感じやったらもしかして失敗しとんのかも……」

 事態は悪化しているのかもしれません。

「じゃが助けに行こうにも、こっちも数が」

 今まで戦っていた銀華さんたちが抜けたら防衛ラインは破綻するかもしれません。
 それならば、どうするか?
 ハヤテ君……。天王州さん……。
 二人を救い、この場も守るためには。
 そして、ヒナギクさんは決断しました。

「だったら私が行きます!!」

 もともと計算に入っていなかった自分が、行けばいい。

「私が天王州さんたちを助けに……」

 怪物の顎を跳ね上げ、宣言するヒナギクさん。
 とはいえ、二人の居場所はわかりません。その居場所を問うと、銀華さんが片頬を緩ませました。

「……なるほど。お主には資質があるようじゃ」

 どうやら銀華さんが認めたことを見て、マキナさんが自分も行くと言い出しました。しかし、銀華さんはそれを却下しました。
 マキナさんは、ついさっき手も足も出ずに惨敗したばかり。

「主の制御がなくてはお前は中にあるそれを力に変える事ができん」

 けれども、マキナさんの中には確かに力があるのです。

「だからその中にあるそれを、この小娘に貸してやれ」

 すると、苦内鎖で周囲の怪物たちを一掃すると、その勢いのままにマキナさんを絡み取り、発光する苦内を一本マキナさんの額ブスリ。そして、引き抜きました。
 すると、そこから出てきたのは血ではなく、一本の剣。
 
「これは!?」

 受け取るヒナギクさん。すると、その剣には奇妙な力が宿っていることが分かりました。

「それは白桜。行き先は伝えてある。絶対に手を離すなよ!!!」

 そして、その初めての発露が、

「へ? 」

 ドン

「キャアアアア!!」

 上空への推進力でした。
 空を飛ぶ剣。眼下にはアテネの街並み、横を見れば丘の上にあったはずの神殿が同じ高さに。高所恐怖症のヒナギクさん。
 そしてヒナギクさんの悲鳴は、アテネの街中に響いたのでした。











「く……かはっ……ごほっ」

 呼吸をする度に、赤い水だまりに更に赤い液体が加えられていく。
 手放していた意識を、戻してくれたのは痛みだった。だが、体の自由を奪っていたのもまた痛み。
 体を起こそうとするが、腕は震えるばかりで、体重を支えてくれない。わずかに浮かすのが精一杯。

「けど、あれはいったい……」

 辛うじて顔を上げ、ハヤテが見上げたのは英霊。
 その髑髏の顔をハヤテは知っていた。たしかに見覚えがあった。だが、顔から下は記憶とは大きく異なる。ハヤテが知っている英霊は、巨大ではあっても、全身は骨だけであったはず。だというのに、今は巨大な棘を体中に生やしている。そして、胸部には天王州アテネを取り込もうとしているのだ。

「内側からの融合ができなくなったから、外側から無理矢理理事長さんを取り込もうとしてるんです……」

 答えてくれたのは、苦しげな声だった。

「伊澄さん気がついたんですね!!」

 視線をめぐらせると、伊澄は声音が表す通りに苦悶の表情を浮かべ、英霊の腕の中でもがいている。

「ええ。でも……つぶされないようにするのが精一杯で、動けなくて……。
 でも早くしないと……せっかく理事長さんが押さえ込んでいるあいつが、動き出してしまう……」

 英霊の胸の中にいるアテネの表情を窺い知れないが、ハヤテには伊澄の言葉を信頼するしかないし、また実際に信頼していた。
 だが、彼女が抵抗できる時間も時間も長くはないだろう。英霊の力は刻一刻と増すばかりだ。
 
「わかりました。待っててください。まずは伊澄さんをそこから……」

 まずは反撃の体勢を整えなければ。伊澄の意識が戻ったというわずかながらの希望になんとかハヤテは立ち上がる。
 しかし、

「それよりハヤテさま後ろ!!」

 伊澄の悲鳴にも似た叫び。その注意に反応するより早く衝撃が襲ってきた。

「ぐぁ!!」

 背中への一撃で弾き飛ばされる。
 そして気づく。
 ついさっき自分が倒したミノタウロスが蘇っていること、そして、顔を布で隠した黒い兵士が自分たちを取り囲んでいることに。
 万全の状態ですら勝てるかどうか分からない数に取り囲まれた上に、立ち上がることすらままならない自分。
 焦りが募る。
 そんなハヤテに向けられたのは、余裕の声でも、嘲笑の声でもなく、怨嗟の声だった。
 
『思い、知るがいい……あの時の恨み……!!
 お前に斬り落とされた腕の恨み……今こそ、お前に……』

 ハヤテには英霊が何を言っているのか分からなかった。
 十年前のあの時、ハヤテは英霊の腕を斬り落としたりはしなかった。そんな力もなかった。だというのに、英霊は自分に恨みをぶつけてくる。

「ハヤ……テ……」

 混乱を消したのは、同じ体から発せられた違う声だった。
 
「ハヤテ……」

 自分の名前を呼び、手を伸ばしてくる少女。
 
「アーたん!!」

 彼女に応えるために、ハヤテも呼ぶ。
 その声に、切なげに眉をひそめた後、アテネはハヤテを諭し始める。

「聞きなさいハヤテ……。今から私の最後の力で……こいつを私ごと消し去ります」

 息苦しい吐息と、高熱にうなされているかのように体を捩じらせ、続ける。

「私が消えれば鷺ノ宮さんをつかんでいる腕も消えます。そしたら王玉のレプリカを鷺ノ宮さんと壊して、ここを立ち去りなさい……」

 その言葉は、ハヤテの胸に新たな痛みを生んだ。
 彼女が消滅する。最悪の選択にすらなかった最悪。

「そ……そんなのダメだよ! 僕は君を助けに来たんだ!!」
「いいの……これは私の招いた罰だから」

 しかし、彼女はそれを受け入れようとする。

「ハヤテ……」

 そして、彼女は、力ない微笑を浮かべて、震える声で、

「いつもいつも……あなたを傷つけるばかりでゴメンね……」

 自分に謝罪した。

「アーたん……」

 こんなはずじゃなかった。
 床を思い切り殴る。思い切り唸る。
 自分の無力さに。
 
「ううう!!」

 十年前、彼女は自分を助けてくれた。
 十年前、自分は彼女を助けるどころか傷つけた。

 ――助けるんだよ!!
 
「うあああああああああ」

 ――助けるんだよ!! 今度こそ!!

 十年前、彼女はなんと教えてくれた? 目の前に、泣いている女の子がいたらどうしろと?
 十年前、あの雨の中で、何を決めた?
 
「僕はまだ……君に言わなくちゃいけない事があるんだ!!」

 何のために、今ここにいる?
 君を助けるために。
 君に伝えるために。

「だからこんなところで……あきらめるわけにはいかないんだ!!!」

 叫びと共に、ハヤテは立ち上がる。

「だったらこれを受け取りなさい!!」

 そして、希望がもたらされた。
 声と共にハヤテの元へ、一本の刀が向かってくる。
 手を伸ばし、掴む。伝わってくるのは、金属ではなく木の感触。通常であれば、打開の一手にはなりえない木刀。
 しかし、それはただの木刀ではなかった。

「シャアアアア!!」

 鷺ノ宮家の宝具・木刀正宗。
 人間の潜在能力を引き出させる一振りの木刀が背後から迫る黒い兵士を、ハヤテにいつも以上の反応で切り裂かせた。
 体が、動く。
 もう底を尽いたとばかり思っていた力が、湧いてくる。
 思わず、木刀が投げられた方向を見る。

「さぁこのザコと鷺ノ宮さんは私に任せて!! あなたは天王州さんを、助けなさい!!」

 そこには、自分を叱咤する赤いスーツのヒーローがいた。
 












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