しっぽきり

「キシャアアア!!」
「うわぁあ!!」

 唸りの主は三股の首を持つモンスター。悲鳴の主は、逃げまどう咲夜嬢。伊澄さんの除霊に付き合っているうちに回避スキルは随分上がってはいましたが、そこは狭い室内。交わすにも限界があります。そんなわけで、モンスターの牙が咲夜嬢のミニスカに届こうとしたその瞬間でした。
 マキナさんが割って入り、モンスターを薙ぎ払ったのは。

「大丈夫か?」
 
 振り返るマキナさんの真剣な表情を咲夜嬢が見上げていると、

「へ? お、おお……」

 マキナさんの顔がもっと真剣になり、

「危なかった。まだこれにピクルスを入れてもらってなかったからな……」

 ピクルス>咲夜嬢であることを告げるのでした。

「その辺のやつ全部やっつけたら入れたるわ」

 そして、そんなマキナさんの扱い方を咲夜嬢は即座にマスターするのでした。









 

 着ぐるみを脱いだ肌に感じる夜風は、心地よかった。
 美希たちの声は、時折悲鳴のようにも聞こえるけど、それだけパーティを楽しんでいるのだろう。そんな声から離れて、パーティ会場からは木で隔てられた、街を一望できるベンチに座る。
 胸が、痛い。
 私の胸の中に二つの感情が居座っている。
 羨望と、恐怖。
 前者は、天王洲さんへの。
 後者は、歩の気持ちへの。
 ハヤテ君は十年も、彼女のことを思っていた。
 それだけの事実が、こんなにも痛い。
 それを歩が知ったら?
 同じ、だろう。
 歩も、私と同じように傷つく。
 私が傷ついていることに気づいてくれた。私を元気付けようとしてくれた。
 この事実は、きっとそんな子を傷つける。
 それがつらい。
 いったいどうすればいいのだろう。
 そうして、悩んでいるときだった。
 足音が近づいていた。気づいたのは最後の一歩。足は止まっている。近い。すぐそばにいる。

「え?」

 振り向く。手が下りてくる。爪と毛。人の肌じゃない。そしてその手は、

「何をそんなに悩んでいるんだい?」

 私の肩で止まった。聞き覚えのある声とともに。
 向き直ったところにいたのは、狼の着ぐるみだった。大きく開いた口から牙を見せる、それでもどこかユーモラスな狼。

「どんだけ素敵な場所に来ようと、つまらない顔をしてたら、人生ごとつまらなくなるぞ?」
 
 けれど声も、そして言葉も間違いなくお姉ちゃんのものだ。
 私は混乱した。
 だって、お姉ちゃんは私たちと一緒にパーティ会場にいたわけじゃない。いや、いた国すら違っていた。イタリアにいたのだ。それが、今、ギリシャだなんて。
 いや、違った。
 イタリアからギリシャは、飛行機なら二時間で来れる。
 電話をした時からは……。
 
「な、何か悩みがあるのなら、この先せ……じゃなかった。このジャーク将軍にちょっと相談してみてはどうかね?」

 来て、くれたんだ。
 わざわざ、予定を変更して。

「えっとい、それじゃ……」
「お! おうなんだ!?」
 
 私が口を開くと、喜ぶ。
 すごくうれしくなって、だから少しいじわるしてみたくなった。

「私の姉がお酒ばかり飲んで、人に迷惑をかけているので、それをやめさせたいのですが……」
「ええ!? い……いやそれは……」
「もしくは貸したお金が返ってこないので、いいかげん返して欲しいのですが……」
「いやだからそれも……」

 あわてるお姉ちゃんに思わず笑ってしまう。
 けれども、それだけでは、

「もっとこう違う悩みはないのかね? 違う悩みは。もっとこうメンタルな……」

 何も、変わりはしない。
 分厚い毛布で覆っても、傷は治りはしないのだ。
 言わなければいけないこと。直視しなければいけない棘。
 でも、それは。

「だったら私の悩みを聞いてもらっていいかな?」

 聞こえたのは別の声だった。
 振り返ると、そこにいたのは、私がさっきまで着ていたペンギンの着ぐるみ。
 声の主は、歩。

「私には好きな人がいるんですが……でもその思いがどうにも通じないんですけど、どうしたらいいのかな?」
「好きな人に、思いが通じない時か……」

 お姉ちゃんが口ごもる。そんな経験をしたことがあるんだろうか? それとも、させたことがあるんだろうか?

「ま……まぁそんな時はさっさとあきらめて、次の相手を見つけるのが得策なんじゃない?」

 それが、一番合理的なのだろう。相手も、自分も平穏無事というわけにはいられないだろう。
 けれども、歩は食い下がる。

「で、でも……どうしてもあきらめきれない相手だったら?」
「だったら傷つくのを承知で、あたっていくしかないわね。ま、結果的に、こいつストーカーですってならない程度にだけど」

 釘を刺されて、歩がさすがに黙る。
 お姉ちゃんの声が、言いたくないことを言うかのように落ちる。
 それでも、その声はしっかりと、私にも、たぶん歩にもしっかりと聞こえる。これは、聞かなければならないことなんだ。そう直感する。
  
「けど人生の九割は、きっと思い通りにならない事ばかりだから……」

 すると決めていたのに、宣言していたのに告白できなかった。いや、告白できたとして、それは、届かなかっただろう。
 お姉ちゃんと私は一回りも違う。だから私よりも、もっと、そういう経験をしてきたんだろう。
 借金は、嘘みたいに片付いた。けれど、その間、お姉ちゃんは何をしてきたのだろう、何を見てきたのだろう、何を感じてきたのだろう。
 幼い私には、何も手伝うことはできなかった。ただ、近くにいただけだった。
 いや、そもそもそれは感じる必要があったことなのだろうか? あの夜は、誰かが望んだことなんだろうか。
 この言葉が、何よりの答えだ。

「その思いはどんなにがんばっても、届かないかもしれないわ」

 けれど、それじゃあ、

「だから人は、どんな願いも叶えてくれる、神様の力みたいなものを求めてしまうけど……」

 辛すぎる。

「でもいいのよ」

 ふと、お姉ちゃんの声が優しくなった。
 
「想いも願いも通じなくても」
「え?」

 何を言っているのだろう。
 だって、それじゃあ辛い。
 
「たとえ、どんなに願いが通じなくても……悲しい夜に側に誰かがいるなら、その人はそんなに不幸になったりしないわ」

 お姉ちゃんの狼の顔は、真っ直ぐに私に向いている。
 私は、そういう存在でいられたのだろうか。
 いられたのだろう。
 たぶん、そう思ってもいいのだ。
 私たちは、姉妹なのだから。

「ま!! それでもダメなら酒よ酒!!」

 ……これさえなければいいお姉ちゃんなんだけどな。

「でもまぁあんたにはそういう人がいるみたいだから……」

 私が歩を見ると、歩も私を見ていた。

「だから、もう行くわ。いつか酒が飲める年齢になったら、続きを聞いてやるから、それまでは……思う存分傷つくといいわ」

 お姉ちゃんは満足そうに言うと、去っていった。
 二人っきりになると、私たちはベンチに背中合わせに座った。

「素敵な怪人さんでしたね」

 歩が口を開く。私は頷く。
 本当にそうだ。

「私が世界で一番尊敬している怪人だもの。怪人には内緒だけど」

 お酒ばっかり飲んで、あちこちで色んな人に借金して。だから、調子に乗ると困るから本人には言わないけど。
 本当にそうだ。

「あ、そういえば面白いものはもらってきたんですよ?」
「? 面白いもの?」

 突然、歩がペンギンの着ぐるみのポケットを探り出した。そして、取り出したものを私に着せた。
 赤い、ムレるスーツに、大きなバイザーの赤いメット。
 シルバーレッドのスーツ。
 訳もわからず、勢いに任され着せられてしまい戸惑う私に、歩は語りだす。

「かっこいいでしょ? それ。
 私のこの旅行の思い出は全部、そのヒーローからのプレゼントなんですよ?」
「え?」

 あの時、

「旅行券をかけたクイズ大会で、そのヒーローががんばってくれたから……私はここにくれたから」

 気づいて、いたんだ。

「だから、そのヒーローからなら、私は何を聞かされても平気ですよ」

 言わなきゃならないのだろう。
 歩は私のことを信じてくれたのだ。それなら、その信頼に応えなければ、私はずっと後悔する。
 だから、私は直視するのだ。

「告白は……できなかったの」

 私の情けなさを。

「ハヤテ君……好きな人いるって」

 私たちが置かれた現実を。
 
「……そっか」

 歩がつぶやく。
 私は続ける。
 ハヤテ君が十年もその人を想っていたことを、このアテネで再会して色々あったことを、だから落ち込んでいたことを。

「あんまりにもウジウジしてたから、ちゃんと想いを伝えてきなさいって背中を押しちゃった……」

 エラそうに、自分ではできなかったことを。

「ゴメンなさい。自分は怖くて何も言えなかったのに……」

 呼吸の音。心音の音。
 しばらくそれだけが繰り返された後、歩がそのリズムを破った。

「そんな……謝る必要はないよ」

 背中から気配が遠のく。歩が立ち上がる。

「けどそっか~十年か~……」

 歩の声が、少し変わる。
 着ぐるみを着ているせいだけじゃなく、ちょっと篭っている。
 歩、やっぱり。

「けどそれは……ちょっと嬉しいかな?」

 え?
 
「だって女の子を次々とっかえひっかえする人よりも、一人のことをず~っと想い続けてる人の方が、」

 ペンギンの口が開く、歩は微笑んでいた。

「愛情が、深いってことなんじゃないかな?」

 すごいと思った。

「たしかにその相手が、自分でないのは残念だけど、ハヤテ君がそういう愛情深い人なんだって思ったら、もっと好きになっちゃうかも」
「歩……」

 そんな風に前向きに考えられるなんて、本当にすごいと思う。
 ハヤテ君のことが本当に好きなんだろう。だから、こういう考え方ができるんだろう。
 
「それにさ! わっかんないじゃない!! だってハヤテ君が好きになるって事はその人相当キレーな人なんでしょ?
 だったら想いがつのろうが、フラれる可能性の方が高いんだし、まだチャンスはいっぱいなんじゃないかな?」

 一気にまくし立ててるところを見ると、少しヤケにもなってるみたいだけど、でも歩はあきらめてない。
 だったら、

「だからさ、ヒーローがあきらめるのは……まだ早いんじゃないかな?」

 私は、どうだろう?

「歩……」

私も、たぶん。
胸はまだ痛い。
でもこの胸の痛みは歩と同じものだ。
それなら、たぶん。
歩と一緒なら、きっと。 私も、きっと。


 見詰め合って、頷いたその時だった。

 ドッ

 爆発音と炸裂音。そして、甲高い女の子の調子に乗ったような声。

「フェフェフェ!! まったくどいつもこいつも相手にならんのぉー!!」

 音の方を見ると、そこでは鎖を振り回す小さな女の子が、縦横無尽に飛び回っていた。
 これって、パーティの演出?
 それとも、まさか。












 一方、パーティ会場では、

「キャー!!」
「なんなのだこいつらはー!!」

 ナギお嬢さまたちが逃げ惑っていたり、

「あ、おかわりもらえる?」

 愛歌さんが最近の造形技術の完成度に感心しつつ給仕をさせていたり、

「こらっ!! ダメじゃないですか!! つまみ食いしちゃ!!
 中に誰が入っているのか知りませんけど、ちゃんと全員分作ってあげますから……はいそっちのボールとって。そっちは玉ネギ切っといてください!!」

 はたまたキッチンではマリアさんが料理の手伝いをさせていました。怪物に。












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