しっぽきり

「ありがとう助けてくれて。本当に……ありがとう」

 素直な優しい声。
 
「バ……バカ。そんな目で私を見ないでください」

 真っ直ぐで温かな眼差し。

「……テレます」

 その温度に頬が熱くなっていく。
 一〇年前、彼と過ごしていたあの頃、すぐ傍にあった感覚。
 彼は、なぜあの城に来たのだろうか?
 王族の力を手に入れるためか?

「アーたん……」

 想い、理解してくれる少年。そんな少年が、そんなことを考えるはずがない。
 いや、違う。石を渡さないじゃないか。あいつは盗人なんだ。力を手に入れたいだけ。
 いや、違う。私も彼も、そんなものを望んでなんかいなかった。もっと、別の物を欲しかっただけだ。

 けれど、どちらにせよ。

「そうだ……それでも石がいるんだ。石が」

 石がなくては、確かめられない。

「アーたん!!」

 彼が叫ぶ。

 私を心配して。
 私を恐れて。

「石を手に入れるんだ!! 私の……石を!!」

 否定の声は、静かだった。

「石は……ないよ」

 胸元を探り、そして差し出す。

「石は僕の気持ちをくんでくれたお嬢さまが、その何百兆という遺産と引きかえに、君を救うために、壊してくれたんだ……」

 差し出す。
 壊れた石を。

「だから君達の目的は、もう果たせないんだ……」

 胸が、跳ねた。

 逃げて。
 死んでしまえ。

「逃げろ……ハヤテ……!!」

 言葉を、体が、力が裏切る。
 幾筋の刃が飛ぶ。血が飛ぶ。
 
「私の石……大事な私の石をよくも……」
「アーたん……!?」

 もう抑えていることはない。ただ、あの時消し残した汚れを消してしまえばいい。

「許さん……許さんぞ!! 小僧」

 死んでしまえ。







 部屋の古風な電話が鳴り響くと、雪路さんは首を傾げました。
 なにせ旅行先で、しかも海外。電話が鳴るだなんて予想はしてなかったのです。
 イタリア語で出られたらどうしようかと恐々としつつも、無視を決め込むわけにもいかず、雪路さんは受話器をとりました。

「はいもしもし? 雪路だけど?」

 やべ、日本語で出ちゃった、と後悔しても、意味はありませんでした。

「あ、もしもしお姉ちゃん? 私だけどどう? イタリアは」

 相手も日本語だったので。というか、妹だったので。
 そんなわけで、何の問題もありませんでしたが、疑問は生まれました。

「ヒナ? どうしたのよ、いきなり……。
 ん? ていうかあんたよくこのホテルの電話がわかったわね」

 ヒナギクさんも雪路さんも旅行の準備でバタバタしていましたし、何より二人とも旅行先でわざわざ連絡を取り合うだなんて思ってもいませんから伝えていません。

「あ、うんそれはお義母さんからとかに聞いたから……」
「……ふーん。けどあんたもギリシャ旅行の途中でしょ? どうしたのよ急に」

 手段は分かったものの目的は分かりません。ですから、聞いてみたのですがどうにも歯切れの悪い声でした。

「へ? い、いや別に? お姉ちゃんのイタリア旅行はどうだったかなーと思って……」

 釈然とはしませんでしたが、質問を受けた以上、答えるしかありません。

「草津と変わんないわね」
「なによそれ……」

 答えを聞いた向こうも釈然としないようでしたが、旅行中の雪路さん随分とひなびたイタリアの旅情あふれる風景に自身釈然としなかったので、どうしようもありません。
 さて、質問を仕返そうかとしたそのときでした。

「ヒナさーん。なんか美希ちゃん達がこの後の予定を書いた手紙をくれたんだけど」
「あ!! はい!! 夕食の事かしら!? 今行く!!」

 受話器の向こうから、ヒナギクさんの同行者なのでしょう。少女の声が聞こえました。なんだか聞き覚えがある声だけど空耳かなあ、などと思っている間に、電話は切断。
 ツーツーと鳴る切断音に、

「どうした? 荷物まとめたんならさっさと出るぞ」
「ん~どうするかな~……」

 雪路さんの中で一思案始まるのでした。

「いや、だからさったさと出るって……」

 同行者であった薫さんのフォローをスルーして。











「ギャボボボー」

 と、三千院家所有のホテル屋上で続くパーティー会場に乱入叫んだのは半魚人でした。

「わきゃー!!」

 思わずナギお嬢さまは叫びました。

「オバケだー!!」

 歩さんも叫びました。とっても普通な叫び方でした。
 と、そんなところで半魚人が顔に手をやり、頭を外しました。
 そんな光景に、すわ半魚デュハランか、と歩さんに抱きつくナギお嬢さま。

「にはは。実は私なのだー」

 下から現れたのは、着ぐるみの暑苦しさを存分に楽しむ泉さんでした。
 タネが割れてみれば、歩さんもナギお嬢さまも大喜び。ドッキリ仮装パーティー用に用意した着グルミなんだとか。

「な!! 着ぐるみだと!?」

 そして、着ぐるみという単語にナギお嬢さまが反応しました。

「カイザは!? カイザの着ぐるみはあるのか!?」
「いや、そういうのはちょっとわかんないや……」

 いまいちナギお嬢さまのテンションについていけない泉さんですが、一回涙目になるまで落ち込んだ反動なのかやたらとテンションが高いナギお嬢さま。下にいっぱい用意してあるからという言葉にもこれまた食いついて、歩さんを誘って一路倉庫へ。
 
「お前デルタな! 三原版の!!」
「え!? あ……うん……」
「それがなかったら、そうだなWはどうだ。お前、倒れる方な。気絶して水落ちとか映えるぞ?」
「は? ちょっとそれは嫌なんだけど」
「謝れ、ギルスに謝れ。いや、でも、そうだな。ここはギリシャだから……」
「そ、そうだね、もうちょっと神話っぽい着ぐるみ。竜とか」
「ああ。Xだ。Xの神話怪人だな」
「えっと……?」
 
 そんな会話を交わしながら去っていく二人。見送った泉さんと美希さん。

「しかし、よくできてるよなー」
「そうだねー」

 話題は、着ぐるみのクオリティ。鱗の質感がとってもリアルです。

「リサちんのそれもすごい出来だよね」

 と、傍らに佇む頭部の蛇をうねらせる人影に語りかける泉さん。ギミックにしても動き方がとっても繊細で、感嘆のため息しかでてきません。ですが、

「誰のが良くできてるって?」
「え?」

 逆側からやってきた理沙さんは着ぐるみなんか着ないTシャツ姿でした。
 じゃあ、この人誰? ていうか、着てるの私だけ?
 戸惑う泉さんの傍で、怪人は相変わらず蛇をうねらせているのでした。




「どうですか? 私と咲夜さんで作ったハンバーガーは」

 ところ変わって、こちらキッチンでは、マリアさんと咲夜嬢が存分に腕と胸をふるってハンバーガーを調理中。そして、作る端から、作る端から、ハンバーガーはマキナさんの胃の中に消えていきました。

「結婚してください」

 そして、その味への評価は求婚でした。
 「それはちょっと……」さすがにハンバーガーの味だけで求婚されては、たまったものではありませんが、その食べっぷりのよさは、普段、好き嫌いが多くなかなか食べてくれないナギお嬢さまを見慣れているマリアさんにはとても新鮮で快いものに思えました。ですので、材料もいっぱいあるし、どこの子かは知らないけど、もうちょっと食べさせてあげようと思うのも当然。そんなわけで、材料をとりにいくことに。

「あ、ありがとマリアさん」

 事の性質上、できるなら誰にも見つからずに済ませたかった咲夜嬢でしたが、かえって有無を言わせぬマキナさんの食欲に助けられたようでした。

「しっかし自分、なんや怖いヤツかと思っとったけどずいぶんマヌケな奴やったんやな~」

 前夜の彼は、全てを食らわんばかりの巨大な蛇でした。しかし、今夜の彼はただハンバーガーを食べたがる無邪気な少年。前夜もただハンバーガーを食らってばかりでしたが、そんな事情、咲夜嬢には知る由もありません。そんな二人を見るのは、むしろなまじ顔馴染みだけに「なんでここにいるんです?」と突っ込まれたものの、最終的には「鷺ノ宮家の方ですものね」とマリアさんに一人納得された、九〇代幼女銀華さん。
 
「フェフェフェ……しかし伊澄の神世七代が通じんかった理由はようわかった……」
「え? 理由があるんか?」

 訝しがる咲夜嬢。マキナさんはただハンバーガーを食べてただけでしたし、銀華さんの年齢も年齢だけに、「何言ってるんやろ?」とは思いましたが、伊澄さんのスイッチの切り替え方を考えるにあながち嘘とは思えませんし、普通の巨乳お嬢様であるところの咲夜さんには否定する材料もありません。そして普通の巨乳お嬢様であるが故に、気づきませんでした。
 
「しかし、それはそれとして、いろいろ困ったのぉ~」
「? なにがよばーちゃん」

 周囲を化け物に、

「この状況がじゃ」

 囲まれていたことを。
 顔が三つある鳥人間。棘棘したシルエットのオラウータンのような化け物。一角鬼。悪魔。一つ目のアーリマン。竜。
 
「な、なんやねんこいつら……!?」

 その唸り声に、生理的な嫌悪感を催す息遣い、匂いに震える咲夜嬢。

「地獄の門でもこじあけようとしとる奴がいるんじゃろ。失敗しとるみたいじゃが、たいしたもんじゃよ」

 ですが、銀華さんはあくまで冷静で、不敵でした。

「もっとも、このオババの……敵ではないがのぉ~!!!」





 

 呪詛を込めた一撃が放たれました。

「おのれディケイドー。このアポロガイストの剣、うけてみよー!!」

 迷惑な奴を排除するための渾身の一撃が、
 
「え? アポ……何かな? それ。そういうの私よくわかんないんじゃないか?」
「アポロショット!!」

 ドーン!
 
「ギャー!!」

 なんか炸裂しました。
 そんなわけで、下から帰ってきたナギお嬢さまは、鎧の着ぐるみを身にまとい、狼紳士的なのを着た歩さんとごっこ遊び中でした。

「楽しそうですね~」

 どう考えてもアポロなんとかではなさそうなナギお嬢さまに呆れるマリアさんでしたが、ナギお嬢さまは歴戦の戦士。鎧の着ぐるみをアポロガイストと思い込むことぐらい、胡椒・醤油・塩・味の素・箸置き・味の素・七味唐辛子・ペットボトルの蓋多数をライダーに、マヨネーズをJに、ケチャップをキングダークに見立てたオールライダーごっこに比べれば造作もないことです。
 一方、そんな経験はない歩さんも、着ぐるみを着ると気持ちが高揚するようで、

「マリアさんも着るとテンションが上がるんじゃないかな?」

 と、狼の顔で言います。が、マリアさんはあんまり乗り気ではありません。着ぐるみを着てもテンションが上がらない実例がそばにいたので。

「そしてなんで、私はこんな格好なのよ……」

 そうボヤクヒナギクさんが着ているのは太いペンギンの着ぐるみ。お腹の白い部分には何か文字が書かれています。
 歩さんは超ラブリー、ナギお嬢さまは、日本の田んぼを守れそうなどと言いますが、ヒナギクさんにはどっちの言ってることも理解できません。
 そんなヒナギクさんに、救いの手が差し伸べられました。
 その手に乗っていたのは赤いメット、赤いスーツ。見覚えも着た覚えもあります。その手の先には、魔女の三角帽子。

「それならいつものをここに用意してあるんだけど」

 救いの手は毒手でした。

「え? いつものってなにかな?」

 歩さんが興味を示されましたが、ヒナギクさん的には黒歴史の一つ。必死に否定します。

「生徒会長は仮そめの姿……しかしてその実体は……!!」
「うるさい!!」

 否定します。
 
「ていうか愛歌さん!! なんでそんなもの持ってきてるのよ!!」

 怒るヒナギクさんですが、愛歌さんは年長者の余裕か、Sっ子の貫禄か華麗にスルー。

「あらあら誰のことかしら。私は通りすがりのマリバロンよ」
「声でわかるわよ声で!!」

 そこまで指摘されては、正体を明かさざるを得ないというか、まあ、引っ張るもんでもないなと思ったのか、帽子とマントを外して、椅子に腰掛け。

「だって……私だけ仲間はずれなんてズルいじゃない……」

 と本音をポツリ。
 
「しかしまぁ~……みんな楽しそうね」

 愛歌さんの視線の先では、泉さん達三人は、いつにもまして大声で叫び、走り回っていました。
 なら自分も楽しませてもらおう。
 そう思ったのか、愛歌さんは、まず一刺し牽制を送りました。

「こんな女の子ばかりのパーティー。さぞ綾崎君は楽しいでしょうねー」
 
 その言葉に、やはり一番反応したのはヒナギクさんでした。
 背を向け、その場から離れるヒナギクさん。
 その広い背中は、なんだかとても辛そうに、歩さんの目に映るのでした。

「くっそーあっちのバトル楽しそうじゃないかー。このアポロガイストもまぜろよー!!」
 
  それはそれとして、ナギお嬢さまのテンションは、そんな会話に気づかないぐらいにハイで、そんなナギお嬢さまに呆れつつも、楽しそうなのを喜ぶマリアさんは、怪我だけしないようにと言い残して、その場を去り、そして愛歌さんは、増えてきた出席者に驚くのでした。


 そして同じ頃。
 ハヤテ君は一人、

「アーたん……」

 血の海の中で遠のく意識を手放すまいと呻くのでした。












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