しっぽきり

「僕は……君と戦いに来たんじゃないんだ」

 私が求める決着をハヤテは拒否する。それならそれで構わない。そんなものは石に比べれば、ちっぽけなものだ。目の前にいる、陰気な顔をした少年は一〇年前から目障りで目障りでしょうがなかったが。

「そう? だったら石を渡してくれるかしら?」

 神の力が封じられた城。
 負の感情の爆発が開く城。
 そこに至るための石。
 それさえ手に入れば、後は何もかもの一切がどうなろうが、どうでもいい。

「そ……それはできないよ……」

 視線を逸らしハヤテが答える。
 ――今はホント幸せ。
 ああ、そうか。そうだった。ノコノコとやってくるから忘れるところだった。三千院家の執事様は私の望みを叶える気はないんだった。

「けどハヤテ。私は別にあなたに、王玉をください、ってお願いしてるわけじゃないのよ?」
「え?」

 それならば、

「渡せと命令しているんだ」

 叶えさせるだけだ。
 言い捨て、踏み出す。同時にハヤテが動いた。逆手で剣を握ると同時に、後退する
 振るった私の剣と、ハヤテが自らの体の前にかざした剣がぶつかる。
 鈍い音、鈍い手応え。

「アーたん?」

 切りかかった私に驚いたハヤテが顔色を変える。本当に馬鹿な子だ。剣を握った人間が優しく話し合いをするとでも思ったのだろうか?

「あらあら。無駄口をたたいてる余裕はないですわよ?」

 そのまま切りかかる。
 
「ケガをする前に石を渡した方が得ですわよハヤテ?」

 主導権を握るのは容易だった。攻める姿勢がない。何かの策を講じてるようでもない。

「戦いの最中に考えごととは余裕ね」

 けれど、それが攻略に直結するわけではなかった。
 踏み込み振り下ろした一撃も、ハヤテは防ぐ。が、そんなことは計算済みだ。
 剣をあわせ、そのまま押し込む。

「嬉しいわハヤテ……一〇年で本当に強くなったわね」

 驚異的といっていい反射神経。それに不足無く答える肉体。

「一生懸命、教えた甲斐があったというものですわ」
「アー……たん……」

 そして、教えたとおりの剣技。
 相当に鍛えたのだろう。どれも出会ったときの泣き虫のものとは思えない。

「けど……強くなったのが自分だけだと思ったら」

 押し込む程に、ハヤテの剣から伝わる震えが大きくなる。
 頃合いだ。

「大間違いですわよ!!」

 凌ぎあっていた剣を外す。抵抗を失ったハヤテの腕が遊ぶ。
 ごく僅かな間隙を突く。
 が、今度もハヤテは反応した。
 本能的にバックステップをとるハヤテ。偶然かあるいは狙ったのか。切っ先がハヤテの剣の刃と衝突する。

「ぐっ!!」

 構わずそのまま突き放す。体勢を崩したハヤテがたたらを踏み、柱に衝突する。崩れ落ち、短いうめき声。

「ぐ……」

 まったく惨めなものだ。

「私を傷つけないようにって、力をセーブして戦っているみたいだけど……」

 見当はずれもいいところだ。

「あちらのお嬢さんと同じ。たとえあなたが全力で向かってきても、その剣が私に届く事はないわ」

 チラリと後ろを振り返れば、和服の少女は目覚める様子はない。弱いほうまで手を抜くのだから滑稽な話だ。だが、それももうお終いだ。

「まぁここまでやればものわかりの悪いあなたでもわかったでしょ? ですからさっさと石を渡してくれないかしら?」
「だからそれはできないって……」
「ああ、そうですか……」

 そんなにあのお嬢様のことが大事なのか。

「では直接的な手段を使いましょう」

 指を鳴らす。それを合図に、扉が閉まる。
 もう誰も逃げられない。

「一度道を開いたことがあるあなたが石を持ってるなら問題ないわ。三千院帝だってそのつもりであなたに石を持たせたんでしょうし……」

 ハヤテが怪訝な顔をする。そうだろう。だが、それでもいい。私が求めているのは理解ではない。

「ハヤテ、あれがなんだかわかる?」

 宙を指さす。私が指さしたのは、ハヤテが見上げたのは、巨大な石。

「あれは王玉のレプリカ、でも失敗作なの」

 だから私の目的を直接叶えてくれたりはしない。

「力を流し込むたびに、さっきあなたが倒したような、神話の化け物を実体化させてしまう」

 でも、それを助けてはくれる。
 そうこんな風に、

「力を流しこめばこむほど大量に、この城や、この城の近くの街や……」

 力を流し込めば。

「どこぞのホテルのパーティ会場なんかに……」
「アーたん!!?」

 ハヤテが叫ぶ。しかし、私は力を送り込む。光が石へと収束し、そして溢れた。
 まだ何かが起こったわけではない。
 だが、あと僅かに足すだけで、あるいは放っておくだけでも起こるかもしれない。

「さぁ、寝てる場合ではないわよハヤテ!! 早く石を渡すか道を開くかしなさい!!」

 もう時間はないのだ。

「もしくは私を倒すか……ですわね」

 それが貴方には一番飲みやすい選択なんでしょうけど。
 私を選ぶのか、私以外の世界を選ぶのか。
 選択を迫られてハヤテが立ち上がる。

「くっ……どうして。どうしてそこまでして石を……」

 本当に物わかりが悪い。
 私はあの城に戻らなければいけないんだ。

「君は……あの城から出たかったんじゃないのか!!」
「城から……出たい?」

 何を、言っている?

「そうさ!! あの時間の止まったような城で、ずっと寂しくて辛くて……一人ぼっちが嫌だったんじゃないのか!!」
「ずっと……一人」

 ――だから……誰も私の名前を……。

「そうだよ! それなのにどうして城に戻るための石が必要なんだよ!!」
「う……うるさいー!!」
 
 私は剣を投げつけていた。
 ハヤテがそれを受け止める。血がボタボタと大理石の床に落下していく。
 私は何をしているんだ。

「あの頃の僕らは一緒に城を出ることができなかった! 幼くて色々なことを許せなかったからだ!!」

 ハヤテは切り捨てることを許容できなかった。
 私は、ハヤテの裏切りを許容できなかった。

「けど今、僕たちは……一緒に城の外にいる!! だから君にはもう、石は必要ないじゃないか!!」
「か……勝手な事を」

 再び剣を呼び出す。

「誰が一緒に城の外に出たいなんて言いましたか!!」

 そうだ、コイツは裏切り者なんだ。

「嫌いになったから追い出したのよ!!」

 嫌いになったんだ。

「あの時だって、たまたま剣が折れたから……生かしてやっただけで……!!
 本当はお前を殺してやろうと……!!」

 殺そうとしたんだ。
 そんな人間と、何を、今更。

「違う!! あの時君は僕を助けてくれたんだ!!」
「何を証拠にそんな……」
「証拠なら」

 ハヤテが振りかぶり、そして力一杯に剣を振り下ろす。今夜初めてのハヤテからの攻撃。突然、しかし大仰な一振りだ。受け止められる。
 一際大きな金属音を響かせた。

「……え?」

 押し込むでもなく、次の一撃を加えるでもなく、ハヤテが剣を引いた。

「こうやって全力でぶつけても……この剣は折れないよ」

 言葉通り、私の剣もハヤテの剣も、欠けてすらいない。

「一〇年たって強くなった力で叩きつけても、この剣が折れないという事は、間違ってもあの時、子供の力で……砕ける事なんてありえないよ。
 君が細工したんだ。あの時、これが、砕けて折れるようにって……」

 ハヤテが剣を捨てる。
 あの時。ハヤテが憎かった、許せなかった。
 それでも、

「何かに乗っ取られて、怒りで我を忘れても、謝って僕を傷つけてしまわないように……」

 失うことが辛かった。
 そして、それよりももっと怖いことがあった。

「君が守ってくれたんだ。
 たとえ自分が一人になっても……得体の知れないあの城から、僕だけでも逃げられるようにって。
 だから君に言いたかったんだ」

 嘘だ。
 ハヤテがそんな言葉を言うはずがない。
 私はハヤテを殺そうとした。ハヤテを殺そうとしている。
 私はハヤテを不幸にすることしかできない。
 言ってもらう資格があるはずがない。
 そんな言葉、言われても私は――

「ありがとう……守ってくれて」












 うれしい。















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