しっぽきり

「ああ!? てめ、何つった、中坊!!」

 自分の肩を乱暴につかむ男の、下品な声にイラつきつつも、ファントムさんは事態が思い通りに進んでいることにほくそ笑んでいました。

「火野クン!?」

 自分の体でもあるお人形が、恐怖からくる涙声で呼ぶ通り、目の前にいたのは、

「意味がわかんないほどバカか? 手ェどけろっっつってんだよ、カス野郎!!」

 と挑発する火野カガリさん。今回の標的である、目障りなパンドラのエスパー。
 ファントムさんの筋書きはこうでした。
 かよわい女子中学生に乱暴狼藉を働くチンピラを見れば、男のコなら、それも力を持ったエスパーなら退治したいと思うのが当然。白馬の王子様な上に、もしかしたら後で「悠理」に告白されるかもしれないという特典付きの据え膳プラン。これを見逃す男のコなんて、ファントムさんは最早男のコと認めません。
 叩きのめす側、叩きのめされる側、助けられる側。その三つを作れば後は何をする必要はありません。救出されるお姫様を演じるだけ。超能力を使って叩きのめした側のことを、叩きのめされた側がみっともなく騒ぎ立ててくれる。そのうち火が回り、邪魔者はいなくなる。そういうプランでした。
 体を同じくする、というか本来のメイン人格であるところのミラージュさんからすれば、カガリさんはまじめそうに見えますし、そこまで考えてないだろうとは思ったのですが、
 ムフー
 と、鼻息が軽く乱れてなんだかニヤついているあたり、考えていそうでした。
 それはともかくとして、カガリさん曰くカス野郎にしてみれば当然おもしろい話ではありません。チェーンを取り出し、すごみました。

「女の前でカッコつけたいならやめとけ!! こっちはエスパーとやる気で来てるんだからな!!」

 カス野郎ー! エスパー! エスパー! とはファントムさんはもちろん叫びません。相手がエスパーであることをわからないのはまだしも、中学生との喧嘩にチェーンを持ち出すカス野郎がどうなろうが知ったことではありませんし、むしろどうにかしてくれなければ早起きしてまで、計画を実行した甲斐がありません。
 なので、この状況はファントムさん的にも。

「そりゃ良かった!」

 カス野郎退治は俺に任せろ。と言わんばかりに、カガリさんが手を伸ばした瞬間でした。

「やめてーっ!!」

 叫び声とともに突如出現したのは薫さん。

「っぶるぁぁぁーっ!!?」

 制止ついでにかかと落とし。着地も決まって、ついでにポーズまで決めました。
 
「!! 薫ちゃん……!!」

 何もしらない悠理さんも、首謀者であるファントムさんも、黙認したミラージュさんも、同様に驚きました。

「ってーな!! 何すんだよ!!」

 もちろん、予想もしなかったかかとをもらったカガリさんもびっくり。なのですが、かかとを放った薫さんも冷静ではありません。

「そっちこそ何やってんのさ!? 心配で目が覚めて……早く登校してきたらこのザマだよ!!」

 止まらない早起きの連鎖に、色々もみ消そうとする薫さんのまくし立ても止まりません。

「今、超能力……あ、いや、えーとあれだ必殺奥義を使う気だったでしょ!? その技は封印すると亡き師匠に約束したはずよ、兄者!?」

 カガリさんは、そんななんだかあれな設定持ちでも、必殺技の伝承者でもありません。師匠的な人はいるにはいますが、まだ死んでいません。年齢的にいえば、そろそろ危ないのかなとは思いますが、最早なんだかわからないぐらいに若々しい外見なので、そういう危機感ももてず、そういえばなんだかんだで戦前の人ですから、自分も後数年で身長を追い越してしまうんだろうなあと想像するとしみじみするんだか、それはそれで八〇過ぎの学ラン少年を追い越すんだから間抜けなんだかよくわからないところですが、とにかく色々とありません。
 そんな感じに薫さんとカガリさんがガヤガヤとやっている間、理解の限界を越えてしまいフリーズ中の悠理さんの脳内でも、ファントムさんとミラージュさんは口論中でした。
 そもそもの計画の発端事態が、薫さんからパンドラエスパーを引き剥がすためです。それなのに、この流れでは、薫さんが超能力を使って問題を起こしてしまいそうな流れ。さらに、状況を悪化させていたのは、もみ消そうと現れた薫さん自身でした。

「今、超能力っつったか!?」

 今、超能力……あ、いや、えーとあれだ
 たしかに言ってました。

「お前ら、昨日の奴の仲間か!?」

 半分当たりで半分外れでした。カガリさんにとっては仲間ですが、薫さんにとっては敵。もちろん、そんな事情を知らないカス野郎は逆上。悠理さんを突き飛ばして、二人との距離を詰めようとしました。
 ですが、これがやぶ蛇でした。

「てめえーッ!!」
「く……クイーン!?」

 自分の嫁が乱暴されたことに、薫さんがブツン。制止される立場だったカガリさんがおびえるぐらいの怒りっぷりでした。

「悠理ちゃんになんてことをー!!」

 一発かましてやろうと走り出した瞬間、

「やっちま……きゃーっ?」

 柱に張られた紐にけつまづいて派手にドテン。今度の犯行は、紐の巻き付けワープという葵さんの高等技術と、紫穂さんによるその紐の引っ張りという共犯でした。
 
「早起きして一人で先に出たと思ったら……」
「あんたがキレてどーすんねん!?」


 そんな風にお説教な二人でしたが、

「でも……でもあいつら悠理ちゃんを……!! これもうやっちゃうのが当然じゃん!?」
 
 薫さんには大義があります。

「やっつけたら白馬の王子様で据え膳だし!!」

 下心もあります。
 どんなトラブルも超能力以外で解決と言い出したのは自分、据え膳って何かわからない。エスパーなら手加減いらない、中坊でも本気でいける。来いやこらー。やめなさい、俺がやる、あ~あ。
 というように事態は混乱していくのでした。




 薫さん達とカス野郎が争っている場所から遙か離れた上空。飛空挺から事態を見守る人影は二つ。皆本さんと彼からの連絡を受け、珍しく早起きした不二子さんでした。

「ややこしいことになってるわよ。どうする皆本クン? 不二子が行って収めてあげよっか?」

 そう提案する不二子さんでしたが、皆本さんはもう少し待ってくれるように頼みました。

「そう? まあ、不二子もゲテモノ食いは好きじゃないしなあ」

 そう言ってお腹をおさえる不二子さんはおいといて、皆本さんが思い出したのは前夜のことでした。




 皆本さんをソファに押しつけ、仮面をかぶった女性はこう頼んできました。

「ねえ、ミナモト。あのコたちを信じてあげてくれる?」
「どういう意味だ!?」
「どういうも何も、そのままの意味よ。明日の朝、ちょっとしたトラブルが起こるの。大人から見たら小さなことだけど、子供には大問題」

 皆本さんを信じきった声でした。

「私の知ってるあなたは助け船を出しちゃうわ。
 でも--そうしないで任せてあげてくれない? あのコたちなら大丈夫だから」

 言葉を切り、皆本さんの返事を待つフェザーさん。その一瞬、隙が生まれました。
 皆本さんは、ソファーを蹴ると、その反動と同時に、彼女の胸元をつかみ、体を起こし、一気に床に落とし、彼女の上へと体勢を変えました。
 
「何者だ、お前は!? 予知能力者なのか!?」

 彼女の言葉は確信に満ちていました。それを断言できるのは、予知能力者か、あるいは首謀者。
 なので、詰問したのですが、フェザーさんの反応はそのどちらでもありませんでした。
 皆本さんを見上げて、
 かああっ
 頬を赤らめました。ついでに、目を逸らしました、すごく恥ずかしそうに。その反応に、たじろぐ皆本さん。

「えっ……お、おい、あのな」

 今度は皆本さんに隙が生まれ、フェザーさんはそれを逃しませんでした。

「わっ!?」

 短い叫び声が終わると、景色が吹っ飛び、皆本さんは肌寒さを感じていました。
 蛍光灯の明かりで溢れんばかりに明るく限られていた空間は、街頭がその存在を目一杯に主張しても覆い尽くすことのできない暗く広い空間へと変わっていました。
 上空数十メートルで、皆本さんは呆然としていました。
 一瞬にして、外へ移動したとはいえ、ごく短い移動時間がたしかに存在しました。葵さんとテレポートするとき、景色は吹っ飛ぶのではなく、切り替わるのです。つまり、フェザーさんが今使ったのは、念動力。しかし、同時に、皆本さんはそれだけの速さで飛行したときに当然受けるはずの空気抵抗を感じませんでした。
 彼女がそれを防いでいた、そう考え、皆本さんは外気のせいではない身震いを覚えました。そんなことは、超度七であるはずの薫さんですら、出来ないはずです

「自分が何者かは、今はよくわからないの」

 おずおずと切り出した彼女の言葉に虚偽は感じられませんでした。代わりに感じられるのは、言葉通りの戸惑い。

「記憶がとぎれとぎれだし、どうしてここに来たのかも思い出せない」
 
 一瞬、辛そうに顔をしかめた後、フェザーさんは皆本さんに近づき、

「声……?」
「未来を変えなきゃ……って。それと、」

 そして、胸元に顔を預けました。

「ミナモトが好き……って」

 髪の匂いか、香水か、あるいは幻覚か。
 少女の匂いが薫りました。
 いつかどこかで、

「きっと私は、ずっと前からあなたを知ってる」
 
 嗅いだ匂い。

「フェ……ザー?」
「もう行かなきゃ。ミラージュたちに気づかれるわ」

 声と同時に、体をはなすと、フェザーさんは皆本さんの肩を押しました。同時に、皆本さんの体を支えていた力は消失し、僅かな落下の時間の後、地表スレスレで復活し、皆本さんを優しく、地面へと落としました。

「忘れないでね。守ってもらった子供たちは、次は信頼されるともっと強くなるはずよ」

 その言葉を残し、フェザーさんは姿を消しました。
 皆本さんは、そんな彼女の正体についての自分の想像に悩み、また胸元についた口紅の消し方にも悩むのでした。



「ねえ、ちょっと……あれ見て!」

 皆本さんを現実に引き戻したのは、双眼鏡をのぞく、不二子さんの声でした。

「!! どうかしましたか?」

 放心していた自分を見られなくてよかったと安堵しつつ、不二子さんから双眼鏡を受け取る皆本さん。レンズ越しに見えたのは、さっきまではいなかった皆本さんもよく知る少年でした。

「何やってんだ。お前らも宿題忘れて早朝登校?」
「東野……!?」
 
 そんな愉快な理由じゃないと思いつつも、東野さんに視線を集める一同。が、東野さん、宿題はやり損ねても、状況を見ることは間違いませんでした。

「エスパーがケンカはマズイだろ。ボクサーや空手家と同じであとで問題になるぞ。ケンカなら俺に代われ」

 そう名乗り出たのです。意外そうに、カガリさんが、

「……お前ノーマルだろ。強いのか?」
「いや別に。フツーじゃねえかなー」

 両手を上げ肩をすくめる東野さんにあきれました。

「じゃあひっこんでろ。ケガすっぞ」

 いくらカス野郎とはいえ、年上でしかも凶器持ち。ノーマルの中学生である東野さんが無傷で済むとは思えません。
 が、東野さんも引っ込みません。

「お前らだってせいざい超度二だろ。俺とたいして変わるかよ。
 なのに超能力でやっつけたなんて言われっとめんどくせーぞ。手は出すな」

 と、逆にカガリさんを制止するように前に出るのです。
 思いもかけない行動に、目を見張る薫さん達、そしてカガリさん。

「ノーマルの中坊相手にそんなもんいらねーだろ! 素手で来いや!! それとも怖いのか、兄ちゃん」

 と、意外に慣れた感じの挑発に、苛立つカス野郎AとBに、ファントムさん。全てがうまくいきそうだった彼女のたくらみから、超能力の三文字が零れ落ちていきました。


 そんな現場を視認しつつ、不二子さんは少年の男気に軽く感動し、皆本さんは、フェザーさんの言葉が当たったことに、前夜感じた感触を思い出すのでした。












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