しっぽきり

「その石、壊させていただけませんか……?」

 ハヤテ君の答えはもちろん拒絶でした。いくら親しく、何度も世話になっている少女からの頼みとはいえ、ハヤテ君にとっては本当に大切なもの。その頼みを受け入れるわけにはいきません。

「そうですか……」

 嘆息し、伊澄さんは手中のお札で自分を取り囲むように円を描きました。
 伊澄さんの力を、ハヤテ君は恐ろしいものであると知っていました。それは以前からそうでしたし、今夜、その認識はさらに深まりました。

「ではハヤテ様は傷つけませんが」

 伊澄さんが自ら、制限を自らもうけたとしても、守りきれる自信がありません。
 ハヤテ君の背筋に寒気が走りました。
 そして、

「その石は力ずくで壊させていただきます!!」

 ピラ

「待てい!!」

 伊澄さんの下半身にも寒気が走りました。咲夜嬢に着物の裾をめくられたので。
 露わになった白い太股を慌てて隠し、赤くなった頬で無言の抗議をする伊澄さん。

「自分、何をいきなり好戦的になっとんねん」

 斜に眺めて咲夜嬢が言います。

「世界が滅ぶ石かもしれんけど、大事な思い出の品かもしれへんやんか。それをいきなり壊すやなんて……まずは事情を聞け! 事情を!!」

 性急さを叱る咲夜嬢に、伊澄さんは反論できませんでした。たしかに現在、状況は停止した状態で、悠長に構えている時間はないにしても、一刻を争う緊急事態ではありません。
 そして、伊澄さんの沈黙を受けて、ハヤテ君が事情を話しはじめました。
 この石には、三千院家の遺産がかかっているのだと。

 かくかくしかじか、これこれこうこう、はんそくいんぜい。

「なるほどな、そういう事情やったんかいな」

 ハヤテ君の、シスターの太股のことや西沢さんからのキスのことを巧妙にオミットした説明を受けて、咲夜嬢が顎に手を当て、頷きました。

「それやったら仕方ないから壊したフリとかしてごまかされへんのかいな?」

 そして、提案しますが、伊澄さんは却下。なんでも、彼女ほどの人なら、本物を目の前で壊すか、本物を壊した残骸を見せないと納得しないのだとか。
 彼女だけではなく、伊澄さんも執着させる石なのだから、それ自体が、何か不思議な力を放っているのかもしれない。
 そんなことをハヤテ君が考えていると、咲夜嬢が、なにやら携帯電話を取り出しました。

「咲夜さんどこへ?」

 不思議に思いハヤテ君が尋ねると、憮然とした声で咲夜嬢が答えました。

「じいちゃんとこ。直接話を聞く」

 袋小路に陥っていた思考に、新たな道を教えられた気分になりました。
 そう。そもそも、この石を譲れないものとした当事者が、咲夜嬢の、そしてナギお嬢さまの祖父である帝さんでした。
 話をすれば何か違う答えを見つけられるかもしれない。
 ハヤテ君が期待を持って見つめるなか、会話が始まりました。

「あ、もしもしじいちゃん?」
『おお咲夜か。どうじゃ? ギリシャは』
 
 漏れ聞こえる帝さんの声は、まるでラジオに送る葉書でも書いてるかのように、めろーんとくつろいだものでした。

「いや、じいちゃんに聞きたいことがあんねんやけど……」

 自分達とは、時差以上に温度差がある祖父への軽い苛立ちを抑えつつ、咲夜嬢が促しました。

「いや、ナギの遺産と石の事なんやけど……」

 すると、咲夜嬢の表情が変わりました。
 そして、ハヤテ君に携帯電話を差し出しました。

「じいちゃんが自分にやて」

 「え? 僕に?」と驚きつつも、電話を受け取るハヤテ君。
 変わったことを告げると、聞こえてきたのは一切を削ぎ取った、有無を言わさぬ声でした。

『ルールはだいたい把握したな』
「……ルール?」
『そう。お前が三千院家の執事としてやっていけるかどうかの試験。
 誰かを犠牲にしてでも主を守れるかという試験じゃ』

 
『言っておくが、遺産相続の条件にもう変更はないぞ。
 後継者はいくらでもいる。
 石をお前が失えば、本当にナギは三千院家の後継者としての資格を失う』



 ハヤテ君は、自分とナギお嬢さまの間に、お金という一点に関しては、埋めようがない溝があることを知っていました。ナギお嬢さまは他人にとっての、一〇〇、もしかしたらそれ以上の物を一と感じて生きてきました。特別にそうしようと思ったのではなく、ただ単にそれが当たり前だったから。
 では、それが失われたら?

『あの贅沢がしみつき、生まれてからずっと金に守られてきたあの娘が、金のない生活ができると思うか?』

 ハヤテ君は胸元に手をやり、石を握りしめました。

『そのナギよりもアテネを選びたいならスキにしろ。遺産をナギが失えば、ナギの執事は続けられなくても、アテネの執事にはなれるじゃろうて。一億五千万の借金も、アテネが肩代わりしてくれることじゃろ?』
「な……なぜ? なぜ……こんな事を? なぜ……」
『ワシはサンタになろうとも……お前にプレゼントはやらんという事じゃ。
 ではスキな結末を選ぶがいい。ただしこの事はナギやマリアには口外するなよ。したらその時点で終わりじゃ』

 そこで終わりでした。電話が切れる音に、思わず声をあげるハヤテ君でしたが、当然届くことはありませんでした。






 屋敷に帰り、自室に戻るまで、幸い誰にも会わなかった。
 心の準備もできずに、主人と会っていたらどうなっていただろう?
 考えてゾッとする。
 帝から口止めされたように、そして伊澄がそれに賛同したように、口外するわけには行かない。
 どんなに言葉を選ぼうと、話してしまえば、他者を見殺しにするか今を失うか。その瞬間に、抱えさせてはいけない選択肢を与えてしまうのだ。そんな重荷を背負わせるわけにはいかない。
 ただ、ひとりで答えを出さなければいけない。
 ゆっくりとベッドの端に腰を落ち着け、深く息を吐く。時計を見ると、いかに睡眠時間の短いハヤテでも、いつもなら布団の中に潜り込んでいるはずの時間になっていた。しかし、今は一秒たりとて、無駄にするわけにはいかない。
 次の夜までに、石をどうするか決断しなければならないのだから。
 壊せば、彼女は救えるだろう。けれど、それは三千院家の遺産を手放すことを意味する。そうなれば、ナギとハヤテの関係は終わる主人から当然与えられるはずの物を奪った人間が、どの面を下げて執事を勤められるというのだろう。さらには、主の現在を、少しずつ築き始めた他者との友情を、慈愛をもって見守ってくれる母親のような存在を、失わせてしまうのだ。
 渡せば、もっとひどい。英霊を勝利させ、主に不幸を与え、そして、彼女すら救えなくなる。
 最後の選択肢。あと数日、何もせずに、石を守りきる。
 これなら、ナギは救われる。石さえ持っていれば、英霊にも力を与えずに済む。
 時が過ぎれば彼女の魂と英霊は、融合してしまう。死ぬわけではない。世界に悪意を持つとも限らない。彼女もそれを望んでいるのかもしれない。
 けれど、そのとき。天王州アテネは、天王州アテネの姿形をしたまるで別の存在になってしまう。
 ほほえんでくれた、キスをしてくれた、ハヤテが大好きだったアーたんではなくなってしまう。
 どの道を選んでも、全員が幸せになることはない。
 それが、伊澄がハヤテに示してくれた選択肢だった。そして、突き詰めてしまえば、自分が考えるべきことは、王玉をどうするかではない。

 一番守りたいものはなんですか?
 一番大切な人は……誰ですか?

 ナギお嬢さまか、アーたんか。
 どっちを選ぶのか。
 どちらが、自分にとってたったひとりの存在なのか。
 そういうことなのだ。

「ハヤテ君ー」
 
 聞き慣れた声に顔をあげる。
 いつの間にか、太陽が上りはじめ、あれほどの量、瞬いていた星を消し始めている。
 呆然としつつもハヤテは立ち上がり、執事服に手をかける。
 呼ばれているのだ、行かなければならない。自分はあの少女の執事なのだから。
 少なくとも今は。
 袖を通し、蝶ネクタイをしめる。
 長かったGWの――最後の一日が始まる。












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://bbkiriblog.blog70.fc2.com/tb.php/1230-5d53db25

ハヤテのごとく! 第249話「究極の選択」
1.石を破壊する アテネを救える  ナギは不幸になる2.石を奪われる アテネは救

2009.11.18 23:02 | 気ままに日日の糧

ハヤテのごとく!249話【究極の選択】畑健二郎
アテネ「ふふん。私とマキナの防御陣は鉄壁よ」 マキナ「ふも」(んぐんぐごっきゅん)  他の漫画の同人誌と考えればつまらなくはない。むしろ面白いとさえいえる。とりあえず二人を分離させるのは勝利に不可欠な条件なので、マキナが通りがかりそうなところに睡眠薬を...

2009.11.18 23:19 | 360度の方針転換

ハヤテのごとく!第249話「究極の選択」
石を破壊すれば、アテネと英霊を分離させ、アテネを救うことができるが、ナギは、後継者の資格を失い不幸になる。 奪われたり、渡したりすると、英霊が勝利し、アテネ、ナギとも救いない状態に 片方を犠牲にするのか

2009.11.19 07:16 | 空の下屋根の中別館

ハヤテのごとく!第249話「究極の選択」の感想
伊澄は力ずくで石を壊そうとします。 しかし咲夜がスカート着物めくりで攻撃阻止。 ナイス、咲夜!!

2009.11.19 17:15 | 君を守るよ、疾風のごとく!