しっぽきり

 伊澄さんの、そして術式・八葉誇る必殺技の一つ、神世七代が破られるという目前の光景が信じられない咲夜嬢でしたが、次の瞬間に起こったことはもっと信じられないことでした。
 ドボーン。
 
「あばばばば!! ちょ……!! なんやこれあぶっ……!!」

 冷たくて、重たい。
 先ほどまでは、精神的にはともかく、物理的には存在しなかったはずの感覚に大慌てで体を動かすと、聞こえるのはバシャバシャという音。

「ええ!? 海!?」

 海でした。

「なんで海やねんあぱぱぷ!!」

 そんな咲夜嬢のせっぱ詰まった質問にハヤテ君は答えを持ちませんでした。すると、やはりというべきか、伊澄さんが説明を始めました。

「鷺ノ宮家の秘術強制転移の法を使いました」
「強制転移!?」
「あっぷあぷ」
「秘術なので一日一回くらいしか使えませんが、ここはギリシャのどこかの海。三人同時は初めてだったので不安でしたが、上手くいってよかったです」
「あぷっあぷっ」

 胸をなで下ろす伊澄さん。あんな凄い攻撃方法があるのに、秘術はルーラなの? とどこか釈然としない様子のハヤテ君。ですが、なにぶん専門家が言うことでハヤテ君は門外漢。「なるほど……」と頷くしかありません。あとは、場所は特定できないし、ダンジョンからの脱出なんだからリレミトのほうが近いかと感想を抱くぐらい。
 しかし、そんなにハヤテに釈然としない思いの少女が一人。

「関心してないで助けろー!!」

 と偶然鷲掴んだ魚という現地調達かつ独創的な道具でつっこみを入れたのは、あぱあぱ言ってた咲夜嬢でした。
 浅い海だから溺れてるとは思ってなかったと言い出すハヤテ君ですが、咲夜嬢からすれば、さすがに即興で溺れコントはできませんし、いきなり夜の海に落とされて平常心を保つことも無理。そんなわけで怒り心頭の咲夜嬢。その怒りは、ハヤテ君だけにとどまらず、一人イルカに乗ってシレっとしている伊澄さんにも向けられました。

「だってぬれるのは嫌なんだもん」

 やっぱりシレっとそんなことを言う伊澄さん。

「ウチかていややわぁあ!!!」
「まぁいいじゃない。とにかく無事に脱出できて……」

 大体、あんだけ急にワープして、イルカがキャッチってどんだけ、上手く仕込んでんねん、と更に咲夜嬢がまくし立てようとした瞬間、異変が起こりました。

「って!! え!? ちょ……伊澄さん!?」

 伊澄さんの、長くて黒い髪から色が失せ、白髪に変わってしまったのです。

「少し……力を使いすぎました」

 完全に色が抜けた髪を摘む伊澄さん。これまたそういうものなのかと思わざるを得ない二人。

「あ……じ、じき戻りますので! そんなマジマジと見ないでください!」

 照れて、手を振る伊澄さんに、「はぁ」と頷く二人。
 
「まぁ……強敵やったもんなあいつ……」

 陸に上がり、しみじみ咲夜嬢が呟くと、伊澄さんもため息混じりに、逃げるだけで精一杯だったと、認めました。
 疲労の色が隠せず、ずぶ濡れ。

「ま……じゃあとりあえず」

 自分達の現状を鑑みて、「フロにでも入るか」咲夜嬢は入浴を提案うるのでした。
 そして、アテネの景観を崩すとか崩さないとか、オリエンタルだなんだとか、いろんな意味で目立つ鷺ノ宮邸にたどり着くなり、三人はお風呂に入りました。
 お湯の温かさにようやく人心地つきつつも、口をついて出るのは先ほど見た信じられない光景のこと。
 伊澄さんの除霊に何度も付き合ってる咲夜嬢ですが、伊澄さんの神世七代が効かない相手を見るのは初めてです。それもそのはず、伊澄さん自身も、上巻の術が破られたのは初めてなのです。
 そんな会話を交わす二人に、信じられないものを見たのは同様とはいえ、咲夜嬢ほどには伊澄さんの力に詳しくないハヤテ君は、二人が入浴する女湯と自分が入浴する男湯で場所を分けられたこともあってかいまいち共感できません。

「あの、上巻ってなんなんですか?」

 質問に答えたのは咲夜嬢でした。

「上巻いうんわな、術式・八葉の奥義やねん」

 奥義という響きに、なにか凄いものを感じるハヤテ君。すると、その感触は正解だったようで、伊澄さんの持つ技の中でも、それ以上の技は神世七代と同じくらいの強さの別天津神と、最終奥義の大神しかないというのです。とすると、二番目か三番目の技。

「じゃあやっぱりすごい技だったんですね~」

 と素直に感心すると、伊澄さんがナギお嬢さまに仕込まれたのか、妙な例えを口にして、ハヤテ君はともかく、ナギお嬢さまとは嗜好がちょっと違う咲夜嬢はキョトンとするのでした。

「しかし私の未熟さを差し引いても、あの強さは異常です……」

 ハヤテ君は伊澄さんの力が未熟とは到底思えませんでした。彼女自身がふるった力は超常的なものでした。ですが、それを上回る力が存在したのです。

「私が考えるに白皇の理事長さんの力とつながる事によって、あの英霊は無限に力を供給され、恐ろしく強化されているのだと思います。
 あのヘビも同様。おそらく彼女は力を最大限まで引き上げるなんらかの能力を持っているのだと思います」

 伊澄さんの言葉にハヤテ君の古い記憶が反応しました。幼かったハヤテ君の体をずっと軽く、強くしてくれた彼女の手。曰く、神さまの真似事。
 嘘のように思えていた記憶が、現実離れをした事態で、確かにあったのだと鮮明になっていく。温かい湯に入っているはずのハヤテ君の体に、寒気がはしりました。

「せめてあの英霊と理事長さんを分離しなくては、何度やっても勝ち目はないでしょう」

 伊澄さんはそう見通しを立て、お風呂からあがりました。

「ていうか、あの理事長さんいう人は、前からあんな感じやったん?」

 伊澄さんに続いてお風呂からあがった咲夜嬢の声が、脱衣所からハヤテ君の耳に届いてきました。
 白皇の生徒ではない咲夜嬢に、生徒である伊澄さんが答えます。

「いいえ。少なくとも白皇で何度かお見かけした時は、あんな禍々しい気配は感じなかったわ」
「ほならなんやねん原因は」
「恐らく相当以前から彼女の心の深い所に潜んでいて、それが何かキッカケがあり、その心の乱れのスキをついて具現化したのだと。症状もきっとそれに関連して、最近加速度的に悪化したのではないかと……」

 加速度的に悪化。
 その言葉を耳にして、ハヤテ君の胸はますます重くなりました。
 彼女と再会したとき、当然以前のような関係ではなかったものの、それでも彼女の口振りは、暴力的なものとはほど遠い、冷静なものでした。
 そして、そんな彼女が豹変したとき、会話していたのは。彼女を追い込んだのは。
 ジッとしていれば、押しつぶされそうで。ハヤテ君も、お風呂からあがることにしました。





 マキナさんは呆然としていました。
 立ち上ってくるのは、香ばしい肉とケチャップの臭い。マキナさんはその臭いを嗅ぐだけで、嬉しくなってつい踊りだしたくなってしまいます。ですが、今回ばかりはそんな気分になれそうもないので。
 なぜなら、ハンバーガーはぐちゃぐちゃになってしまっていたのですから。
 
「ハンバーガーが……オレの美味しいハンバーガーが……」

 と嘆いても、ハンバーガーは当然元通りになりません。
 しかも悪いことに、

「仕方ないでしょ? 自分で乗ってつぶしちゃったんだから」

 責任は自分にあるのです。
 
「それに今日はもぉいっぱい食べたし、また今度買ってあげるから……」

 ため息混じりに主がそう約束してくれても、

「だから泣かない!」

 マキナさんの悲しみは止まりません。
 そして、せめて一個と比較的マシなハンバーガーを手にとっても、

「食べない!!」

 主に制止されるまでもなく、ハンバーガーはグチャグチャでした。主に、ヘビ形態時の自分の体液で。

「まったく……」

 そんないつもながらに子供な執事に呆れる主でしたが、

「ぐっ!!」

 自分の体調までは、いつも通りには戻りませんでした。





「あの化け物を追い出す事は難しいんですか?」

 せめていつも通りのことをして落ち着こう。そう思い、二人へのお茶を入れて戻ってきたハヤテ君。慣れた動作で少し落ち着いた心で、解決策があるのか尋ねてみました。
 髪の毛の色が少しずつ戻りつつある伊澄さんが答えは意外なものでした。

「いいえ。追い出すだけなら簡単です」

 驚きに言葉のないハヤテ君の代わりに咲夜嬢が「簡単なんかいな!?」と叫ぶと、伊澄さんは頷き、語り始めました。

「元々無理があるんです。いくら英霊といっても、理事長さんのような強い力の持ち主に取り憑くのは。心の奥底に潜むだけならともかく、ああいう融合するかのように取り憑くには、なんらかの具体的な合意が必要。
 つまり彼女の言っていた「石を手に入れる」という共通の目的が強い二人の合意となり、あの英霊の取り憑いていられるよりしろとなっている。
 ですから追い出したいならその合意を崩せばいい。つまり……その石というのを、渡すか壊すかすればいい……」

 伊澄さんが言葉をいったんと言葉を切った瞬間、ハヤテ君の胸が大きくなりました。
 石を渡すか、壊す?
 
「そうすれば英霊との合意は崩れ、理事長さんを救うことができるでしょう」
「その合意っちゅうのを崩さずに追い出すことはできへんのか?」
「それもできなくはありません」

 希望は一瞬でした。

「けどその場合は強力な形で融合している二つの魂を、無理矢理引きはがす事になるから、最悪……引きはがした時のショックで、理事長さんの魂に致命傷を負わせてしまうことに」

 だとするならば、石は渡すことも、壊すこともできません。
 石を失えばナギお嬢さまの生活は壊れ、石を失わなければアーたんの生活は壊れる。
 どちらの結論もハヤテ君には受け入れることはできませんでした。そんな選択を、ハヤテ君には受け入れることはできませんでした。

「なーんや。それなら簡単やんか!」

 重たい空気を破ったのは、咲夜嬢の楽観的な声でした。

「い……いやでも咲夜さん!! こ……この石はその……」

 石が持つ意味を説明していなかったことに気づき、説明しようとするハヤテ君ですが、咲夜嬢は意に介しません。

「どんな宝石かはしらんけど、石を理事長さんに渡して、あの化け物を追い出して、その後、返してもろたらええんちゃうの?」

 ハヤテ君は目を見開きました。

「これなら石を失わずに英霊も追い出せる。文字通り一石二鳥や」

 そう。英霊を追い出すことは簡単だと伊澄さんは言いました。そうであるのならば、渡しても取り返せば、彼女自身の目的はともかく、彼女の魂を、そしてお嬢さまの生活を守ることはできるのです。そう。彼女がそれでもどうしても石が必要であると言うのならば、遺産相続の件が片づいた後で、渡すことも可能かもしれない。そんな、すべてが救われるような未来を、ハヤテ君は一瞬夢想しました。

「渡してはなりません」
 
 しかし、冷徹な声がそれを否定しました。

「彼女と、あの英霊が求めている石を、絶対に渡してはなりません」

 ゆっくりと、伊澄さんが立ち上がりました。

「石の入手はあの英霊にとっての最終目的。石を渡すことは、英霊の勝利と同義です」

 親友の妥協を許さない言葉に、戸惑いつつも咲夜嬢は反論しました。

「け、けど渡してすぐ取り返せばええやんか? 追い出すためにちょっと貸すみたいな感じやで?」
「取り返せなかったらどうしますか?
 そんな事は起こり得ない。九九.九%そんな事にはならないと思ってはいますが、しかし〇ではない」

 ハヤテ君にそれを否定することはできませんでした。伊澄さんの説明を得て、仮初めの解決方法に至ることができたのですから、一〇〇の保証などできません。
 彼女の顔を見れば、徐々にその髪は黒を取り戻していました。

「〇でないなら徹頭徹尾その可能性は排除しなくては……そうしなくては……」

 深海から発せられたような冷たい声に、

「世界が、終わる可能性があるのですから」

 世界が終わる、なにもかもが現実離れした夜に発せられた現実味を欠く言葉の重たさに、

「ですから私としては、今すぐにでも……その石を破壊したい!!」

 ハヤテ君は、今夜何度目か分からない身震いを起こしました。もしかしたら、自分は選択すら許されない場所にいるのかもしれない。
 そして彼を石を冷たく見据える少女の髪は、いつの間にかすっかり黒く塗りつぶされていたのでした。
 












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