しっぽきり

「なんや、ずいぶんケガしとるみたいやけど、自分大丈夫か?」

 咲夜嬢の言うとおり、ハヤテ君は頭に包帯を巻いたどう見てもケガ人にしか見えない状態。ですが、咲夜嬢の心配より遙か前、しかも違う相手に付けられた傷でした。
 そして、ハヤテ君からしてみれば自分の傷のことなんてどうでもいいことです。気になるのは、突然現れた二人のこと。
 ハヤテ君がそれを問い、咲夜嬢がそれに答えようとするのを伊澄さんが遮りました。

「細かい説明をしているヒマはないわ」

 そう、何も終わってなどいなかったのです。

「あちらは、まだ……手を引いてくれる気はないみたいよ」

 油断なく見上げる伊澄さん。階段の上から見下ろす黒い人影は、突然の見知らぬ乱入者に言いました。

「どこの何かは知りませんけど……」

 黒いドレスを着た少女の背後では、巨大な骨の手が、指をうごめかせ、

「邪魔よ!!」

 光球を弾きました。

「ぬぉおおキター!!」

 叫んだのは咲夜嬢。伊澄さんの除霊に何度もつきあい、こうした場面にも遭遇しているものの、命の危機に慣れるものではないのでしょう。ハヤテ君もあわてますが、伊澄さんは落ち着いたものでした。
 お札を一枚かざすと、光の半円が三人を囲み、光球が衝突する度に鈍い音を立てながらも、それを確実に弾いていきます。

「私の結界はこのくらいの霊的攻撃、すべてはじき返すわ!!」

 キリリと言い切る伊澄さん。それにハヤテ君も咲夜嬢も人心地とばかりに安堵しました。
 ベキッ
 巨大な手が柱と通路の大槌を持つまでは。
 霊的攻撃ならともかく、物理攻撃です。それでも、それでも伊澄さんならなんとかしてくれる、と期待を込めた視線が和服姿の少女に向けられますが、無表情の中にちょっと困り顔。大丈夫とは言ってくれません。

「ぬああー!!」

 叫ぶ咲夜嬢の手を引き、必死にそれを回避するのがハヤテ君にできる唯一のことでした。
 舞い上がった埃に紛れ物陰に隠れ、巨大な手が自分達を、標的を見失ったことを確認すると、咲夜嬢が伊澄さんに問いました。

「ていうか伊澄さん!! なんやねん!! あの悪霊は!!」

 悪霊。いつもの習慣から咲夜嬢は、巨大な手のことをそう呼びました。
 伊澄さんはそれを冷静に否定しました。

「あれは悪霊ではないわ」

 あれは英霊。
 伊澄さんはそう続けました。

「神話をひもとけば名前くらいは出る神格を持った太古の魂」

 全弾防いだものの、その数、速度、威力。どれもそんじょそこらの悪霊が発しうるものではありませんでした。そんな怨霊悪鬼とは比較にならない力を持った存在、それが英霊でした。

「けど……どうしてそんなものが彼女に……!!」
「理由はわかりません」

 ハヤテ君の問いに、全知でも全能でもない伊澄さんは明確な回答を示すことはできませんでした。
 ですが、

「あの方は本来あんなモノに取り憑かれるような力の持ち主ではありません。
 あれだけの力を持っているならああいったものが取り付く隙などないはずなのですが……」

 推測することはできました。

「私が思うに、よほど悲しくて深い絶望があったのでしょう」

 人の心を弱めるの。心を欠けさせる。
 それが絶望。

「ああいうものは心の隙間に取り憑きます。
 あれだけの力を持っていながら、それに取り憑かれたという事は、本当に悲しくて悲しくて……それこそ死んでしまいたくなるような、辛い出来事が過去にあったのでしょう」

 それは伊澄さんにとっては、状況から判断しうる推論でした。
 それは咲夜嬢にとっては、想像もできない、ただ目前で起こっている以上、受容せざるを得ない現実でした。
 そして、それは、ハヤテ君にとっては、明確に自分の中に存在する、罪過でした。
 幼い頃の、幻のような体験。何度も幻覚かと疑ってきた、巨大な骸骨。
 それをハヤテ君が見たのは、過ちを犯した後でした。
 そして、今。ハヤテ君は、彼女を訪ね、問い、確認し、自分のことを思い出させました。
 それは傷をなぞっただけなのではないか?
 痛みを思い出させただけではないのか?
 そして、そうだとするならば、自分達を冷たく見下ろす視線は、自分達を排除するために振るわれる力は、自分のせいなのではないのか?
 ハヤテ君が自問の渦に流されていると、伊澄さんが静かに歩を進めました。
 いつの間にか英霊は、彼女の元に戻っていました。

「まったく……あまり人の家を壊さないでくれるかしら?」

 言葉とは裏腹の、そんなものに頓着していない声がホールに響きました。

「壊したのこっちです」

 無実の罪を指さし押し付ける伊澄さんに、慌てて「あっちや!!」と自業自得と罪を返す咲夜嬢。
 それはともかく、家の破壊は、最初も今も、伊澄さんの本意とするところではありません。

「少し穏便に話し合いなどしたいと考えているのですが……」
「そうね。けどいったいなんのお話かしら?」

 案件を問う声に、穏便とは程遠い視線を返しながら、伊澄さんは案件を告げました。

「神さまが棲むという城の話」

 薄く、

「もしくは、神さまに成り損ねた王さまの話」

 深く、

「話し合う余地はないわね」

 少女の口元が歪みました。
 体を包むドレスと同じ色の扇子が、振りあげられると、それが合図でした。
 制止していた英霊が起きあがり、そして三人へと迫ります。
 伊澄さんは手早く懐から、お札を取り出すと、それを英霊に投げつけました。
 お札を伊澄さんの意志を受けて、舞散り、英霊の手に、そして腕に命中しました。爆発の、轟音の度に進撃は遅滞し、やがて停止し、ついには押し返しました。

「おお!! やるやん伊澄さん!!」

 幼なじみの反撃に快哉を叫ぶ咲夜嬢。そして、伊澄さんは攻撃に転じました。
 袖を振り乱し、指で円を描くと、その曲線に沿ってお札が現れました。やがてお札の円は発光と共に消え、少女の周りで揺れる紫電へと変化しました。
 
「少々荒っぽいですが」

 胸の前に両の手を翳し、降ろすと、

「まずはその英霊を沈めてから話をさせていただきます!!」

 紫電は一点へと立ち上り、「術式・八葉、建御雷神!!!」雷神の名と共に、英霊へと舞い降り闇を切り裂きました。

「おお!! やったやんか伊澄さん!!」

 勝利を確信した咲夜嬢が、伊澄さんを称えました。
 しかし、雷をまとったままの英霊は、それを振り払うように、柱を薙ぎ払いました。
 
「今、何かしたのかしら?」

 問う声色は、笑みを含んだままでした。

「おいおい伊澄さん!! なんやあれ、全然元気やんか!!」

 英霊の一薙ぎが巻き起こした埃にせき込みながら、咲夜嬢が叱咤しました。

「そんな手ェ抜いてないでもっと一発ガツーンとかましたらんかい!!」

 いつもの伊澄さんなら、反撃の隙なんて与えずに、無表情で淡々と作業を終え、僅かな不手際を指摘すると憎まれ口でそれに応える。
 それが、咲夜嬢の知る除霊師でした。

「効いてない……? うそ……」

 けれど返ってきたのは震える声。そして、長いつき合いの咲夜嬢ですら知らない、揺れる表情の少女でした。

「意外そうね?」

 手から、声に、伊澄さんの視線が移りました。

「もしかしてあなた……今まで自分より強い力を持った者に、出会ったことがなかったのかしら?」

 そして、戸惑う視線の先にあったのは、出会ったことのない、未知の存在でした。












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2009.10.28 21:13 | 360度の方針転換

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