しっぽきり

 迷っていたかった。

 何も決めたくはなかった。
 知りたくはなかった。
 そうでしょう?


「僕の事……覚えているよね? アーたん……」

 焦らないように、慌てないように、熱くなりすぎないように……冷たくなりすぎないように。

「もう……その名前で呼ぶなと言ったでしょ? ハヤテ……」

 振り返り、階段下に不安げに佇む彼の名前を呼ぶ。十年振りにちゃんと向き合っての言葉は、誉めたくなるぐらいにすんなりと出てきた。

「一〇年ぶりだね……」

 けれど、そう、一〇年振りなのだ。
 お互い、あの頃のままであるはずがない。

「白皇の理事長になってた事も驚いたけど……すごくきれいになってて、ホントビックリしちゃったよ」

 素直な言葉なのだろう。そう言われて、嬉しがってるのが分かる。
 でもこうも思っている。 

「ハヤテ。あなたまさか、出会う女の子出会う女の子みんなに、そんな事言って口説き回っているんじゃないでしょうね?」
「ええ!? そ……そんな事ないよ!?」

 そう思うんだったらそうなんだろう、ハヤテの中では。
 ハヤテは言う。言われたとおりに生きてきたと。
 甲斐性がないから、いまだに彼女はいない。
 ずっと気になっていたことだ。「ふーん。ま、いいけど……」と素っ気なく呟くけれども、その反応は素直なものではない。
 
「けど……あれから色々苦労したみたいね……」
「そうだね……」

 あの親と一〇年。何を感じて、どんな色彩の時間を生きてきたのか。

「結局あの時正しかったのは君で、間違っていたのは僕だ……」

 後悔の風船を少しずつ大きくして、

「君の言った通り、あの親は僕をあっさり捨てちゃったよ……一億五千万の借金を押しつけて……」

 最後にはそれが破裂して。
 なんと言葉をかければいいのだろうか?
 一瞬の沈黙。

「で……でも今は平気なんだ! もうどうしようもなかった去年のクリスマスの日に、その借金を肩代わりして、助けてくれた命の恩人がいてね」

 それを破ったのはハヤテの、やや作った感じのする、それでも明るい声だった。

「三千院ナギお嬢さま。今の……僕のご主人さま」

 救い主の名は知っていた。金髪の小さな、可愛い少女だ。

「僕、執事やってるんだよ。彼女の……三千院家のお屋敷で」

 それも知っていた。初めて聞いたときは、随分と驚きもしたけど、知っていた。
 でも、知らなかったこともある。薄々気づいてはいたけれど。

「今の生活は……楽しい?」
「も……もちろん!! とっても楽しいよ!!
 君と別れてからの一〇年は本当に辛くって……何度も何度も死にそうになったり死にたくなったりしたけれど……」

 ズキ。
 頭の血管が、一つ脈打つ。
 その責任がハヤテだけにあったわけではないのを知っていた。自覚してきた。
 この一〇年、あの時彼を帰してしまった事を、本当に後悔してきた。

「けどナギお嬢さまに助けていただいたおかげで、今はホント幸せ。
 全部、ナギお嬢さまのおかげだよ」

 分かっている。これは安心させようとしている言葉だ。自分は大丈夫だと、辛くないのだと安心させようとする近況報告。
 そして、本当に明るい、自然な声。嘘偽りはなく、本当に幸せなのだろう。
 それもこれも、他の誰でもない。
 ゼンブ、ナギオジョウサマノオカゲ。
 だって、さ。
 つまり、彼の中の、一番、大事な、場所には、他の、女、が座っている、わけだ。

 ドクン。

 陽射しにあてられた氷のように、壁が溶けていく。錆びていた鎖が解ける。
 蠢き、脈動する。
 ああ、解放された。

「うぐ!!」

 前頭葉に、頭に、全身の神経に、心に。時間が痛みを広げていく。

「アーたん!?」

 ドクンドクンドクン

 耐えきれず屈みこむと、ハヤテが近づこうとする。

「来るな!!!」
 
 だから、叫んで遮った。
 来てはいけない。来たところで二人の間ではロクなことになりはしないのだ。
 来るなハヤテ。来るな。

「私はあなたを不幸にする事しかできないから……」

 ドクン

「今も昔も……あなたを助けてあげる事ができないから……」

 少年は否定する。

「不幸にする事しかできないって……」

 安心させようとでもしているのか、ぎこちなく微笑をつくって否定する。

「だって覚えているでしょ? 僕は君にたくさんのことを教えてもらって、助けてもらって……」

 ドクンドクンドクン


 ドクン


 
 それは君、当たり前だろうさ。
 君、なんにも知らないんだもの。
 だって、肝心なことなどなんにも喋りゃしなかったんだから。教えてなんてこなかったんだから。
 君のことを考えると、黒ずくめにして殻の中に引きこもってなきゃいられない臆病者になっちゃうんだから。困っちゃうよ。

「そして今は……お前から王玉を奪おうとしている」

 だからハヤテ、鍵をちょうだい。
 外に出る鍵を。
 悩みなんて抱けなくなるぐらいの素敵な場所に行ける鍵を。

「……え?」

 まずは剣。
 数本の剣をハヤテに向かって、あらぬ天井から降らせる。

「うわぁ!!?」

 しかし、剣の雨はハヤテに突き刺さることはなかった。
 これは、さすがに避けるか。三千院家の執事様だものね。これぐらいは避けなきゃ、ご主人さまも雇い甲斐がない。

「ア……アーたん!?」

 だから誉めてあげる。

「いい反応だ……」

 でも、十分じゃあない。

「しかしマキナ程度に遅れをとるあなたに……果たしてその石を守ることができるかどうか」

 戸惑ってるね、ハヤテ。
 それはそうだろう、こんなに豹変しちゃったんだから。
 でもね、見方を変えるとそう変わったわけでもないんだよ?

「石がいる……庭城の道を開くために石が……」

 少なくとも、最初からやろうとしていたことと、今やっていることは、大差ないんだから。

「お前の持つその王玉が……!!」

 そしてまた剣の雨。これも避けられた。滑るかのように移動して、すり抜けていく。

「やめてよアーたん!! なんで……!? こんな事を」
「なんで?」

 察しが悪いなあ。言ってるじゃないか。

「ならば石を渡せばいい」

 ってね。
 ああ、でもそうか。そしたら、君、あのお嬢さまの執事じゃいられなくなるんだよね。
 それは困るよね。よし、ならこういうのはどうだ。

「ただで渡すのがいやだというなら五億でも一〇億でも……好きなだけをくれてやる」

 別にいいんだ。お金なら山ほどある。必死で守ってきたようなお金だけど、そんなものは別になくなったって構わないんだ。あの石を前にするなら、何がどうなろうが関係ない。たとえば、君の生き死にも。
 剣を縦ではなく、横に飛ばしてやる。速度は比べ物にならない。が、ハヤテは手近の床に刺さっていた剣を引き抜くとそれで、弾き飛ばしてしまった。
 それができるんなら避けたほうがよくないかい? まあ、うかつに大きく避けすぎるほが危ないってのも一理あるけどさ。
 でも、剣はだめだ。ちっとも刺さりはしないし、第一刺さっても手応えがないんじゃ楽しくない。
 それなら、さて、どうやって手に入れたらいいものやら。やっぱり、直接手応えがあるのが楽しいし、確実かもしれない。
 思案していると、ハヤテが叫ぶ。
 
「どうしたのさアーたん!? こんなのやめてよ!!
 僕の事わかるんでしょ!? 覚えているんでしょ!?」

 当然だ。ずっと後悔し続けてきたんだもの。

「ああ……覚えているよ……」

 そう、ずっと後悔してきたのは天王州アテネだけじゃない。
 お前は、お前は、私が、

「あの時殺しそびれた執事だ!!!!」

 そして、ようやく私は表に出られた。
 拳が風を切る。

「うわぁあ!!」

 しかし、骨に広がったのは肉が潰れる柔らかさではなく、床が割れる堅い大理石の感触。痛い。
 これも避けた!
 案外、いや、いい加減しつこい。

「渡しはしない……石も、力も……」

 そうだ、掴んでやる。
 何もかも、みいんな全部、譲りなどするものか。

「城のすべては……私のものだー!!!」

 開いた手を伸ばす。
 回避が遅い。
 当然だ。治療をしたとはいえ、あれだけの怪我だ。そして動き回ったとなれば、思うように体が動くものか。
 指の隙間からのぞいたのは、焦る顔。万全ならとても考えてるんだろうか。まあ、否定はしないよ。期待ぐらい持たせて死なせてやるぐらいには、優しいつもりだから。
 掴んだ!
 確信とともに、轟音と土煙が上がった。
 そして、風が吹いてきた。
 衝撃を防いだ光の壁から、跳ね返ってくる風が。

「一応……名前ぐらいは聞いておこうかしら?」
 
 ハヤテの目の前に立っていたのは二人の少女。
 冷淡に札を持った和服の娘が言う。

「通りすがりのゴーストスイーパーです」

 健気にショートカットの娘が言う。

「覚えておきや?」

 ああ、邪魔だ。












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2009.10.21 23:24 | 360度の方針転換

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