しっぽきり

 ナイトテーブルに置かれたのは、包帯、水をたたえた深鉢、タオル。
 ベッドで眠るのは頭に包帯を巻き、絆創膏を貼った少年。

「本当にいつもボロボロね……」

 そしてベッドの側に座り、少年に呟くのは少女。

「一〇年も経つというのに……変わらないわね、そういう所は」

 一〇年も前、初めてあったとき、少年はその顔を涙で濡らし、花園に。
 そして、今。今度は花園で大出血。
 過去は心が、今はさっき体が死にかけ。

「相変わらず……運が悪いというか、不幸というか……ひよっとしたら死神でもついているのかしらねぇ」

 再会したときに目立っていたの背が伸び大人びたこと、成長したこと。しかし、ただ自分だけが意識を持って見つめる少年の寝顔に目立つのは、あの頃とは変わらない点ばかり。
 それでも、もうあの頃とは、二人を取り囲む環境も、そして二人すらも別物。

「今のあなたから、王玉を奪うのは簡単なのだけど」

 せめて眠っている今はと、顔を近づけて追い求めるのはあの頃の影。

「私がお願いしたら、あなたは……その石を……私に……」

 あの頃、よくしていたことをするために。
 彼女は、今と、あの頃が違うことを知っていた、つもりでした。
 ところが、一つ、大事なことを忘れていました。

「なぁなぁアテネ。こいつ敵だろ? だったらさっさと王玉を奪っちゃおーぜ」

 今の自分にはジャマなのがいたことを。
 そんなわけで興が削がれました。
 尻尾でも振らんばかりのペットみたいな素直さで、そんなことを言い出したのは、アテネ様の今の執事であるところのマキナさんでした。
 
「マキナ。あなたいつからそこに?」

 とりあえずアテネ様はマキナさんに質問することにしました。
 運び込んだ後、勝手に行動した罰に軽くアテネニーを喰らわしたはずのマキナさんはこう答えます。

「いつからって、オレはいつでもアテネの側にいるぞ」

 執事として当然だろ? と言わんばかりに胸まで張ります。

「そう。えらいわね」

 アテネ様は誉めました。
 「あなたがいなければできたのに」なんて責めるわけにもいかないからではなく、マキナさんの執事としての心がけを誉めました。アテネ様はマキナさんの主なので。
 ですが、ちょいとばかしマキナさんがいると不都合なのでメッセージを送りました。

「けど私、この人と少し二人きりで大事な話があるの」
「そうか! じゃあおとなしくしているな!!」

 主の言葉を理解したのか、マキナさんはうなずきました。
 そして、「は~大事な話か~」となどと関心しながら、ベッドで眠る少年の傍らに座りこみました。
 動く気配のないマキナさん。彼の姿を見ながら、アテネ様は「あなた日本語わかる? 空気をお読みになったらどうっていう意味だったのよ、今の言葉は。それともあれかしら? ローがいいのかしら。スネごと刈られたいのかしら、あなたは」などとはアテネ様は思いませんでした。アテネ様は淑女なので。
 代わりに振り返り、ドアのほうに歩き始めました。

「マキナ。ちょっとこっちへいらっしゃい」
「ん? なんだアテネ!」

 マキナさんがついてくるのを確認し、ドアの前で止まると、そのまま手にした扇子で促すようにマキナさんを部屋の外に出し、そしてドアを閉めました。
 ドアを閉じると、安堵のため息一つ。これでまた二人きり、

「なぁなぁ王玉は? 王玉は、まだ奪わないのか?」
 
 ではありませんでした。瞬間移動なのか高速移動なのかなんなのか、なぜだかマキナさんは部屋の中。挙げ句に、アテネ様の言葉をすっかり忘れているのか、ため息一つで大事な話が済んだと勘違いしているのか、再び王玉をいつ奪うのかと言いだし始めました。
 「わかったわ。あなたがそういうつもりなら、ドリルよね? この金に光る二本のドリルで、ドテっ腹突き破って、デケぇ風穴ぁ二つ開けて、それを抉って抉って抉り抜いて、繋げて一つにしてやっから表ぇ出てくれません?」などとは、アテネ様は当然思いませんでした。淑女なので。
 代わりにナイトテーブルの引き出しを開けると、そこから一〇〇ユーロ紙幣を取り出しました。

「マキナ。これあげるからあなたの好きなハンバーガーをたくさん買ってきていいわよ」
「マジで? ハンバーガー大好き!! ハンバーガーはおはしを使わずに食べられるからな!!」

 お優しいアテネ様は、マキナさんがあれだけ運動したのだから、お腹が減っていると気遣われたのでしょう。そしてその優しさは、マキナさんの体を駆け巡ったようでした。受け取った瞬間に、「行ってきまーす!!」と喜び勇んでダッシュ。ドタバタとハンバーガーショップへと駆けていきました。
 そんな執事の後姿に、アテネ様は「明日の箸訓練は少し厳しくしよう」と思いました。執事思いなので。
 マキナさんが屋敷の外に出ていくのを確認した後、アテネ様は再びハヤテ君に語りかけました。

「ごめんなさいねハヤテ。あの子はいい子なのだけどとても子供なの。
 昔のあなたみたいに、教えることがいっぱいよ……」

 不器用で弱いし力もない、そう自分のことを嘆いていたハヤテ君。そのハヤテ君にアテネ様は沢山のことを教えました。

「私が教えた事、あなたまだ覚えてる?」

 執事として、男として。
 同じように、アテネ様はマキナさんを鍛えていました。

「私が教えた事、あなたまだ覚えてる?」

 そして、ハヤテ君と過ごした日々、アテネ様は一方的に教えるだけではありません。

「私は……覚えているわ」

 自分の名前を呼んでくれた声、叱った時の情けない泣き顔、誉めたときの本当に嬉しそうな笑顔、自分に駆け寄ってくる足音、そして、

「ハヤテの事、たくさん……」

 キスをした事。
 起きて、紅茶を飲んで、隙を見つけてキス、眠る前に、そして既に知っているお互いの好意を味わうために。
 考えてみれば子供の頃とはいえ自分達はなんて大胆だったのだろう、と頬を染めるアテネ様。
 そんな子供の頃。

『それが……僕の君への……愛の証だ』

 ハヤテ君は、飾り気のない真っ直ぐな言葉とともに、指輪をくれました。
 その指輪を、今もアテネ様は大事に持っていました。ナイトテーブルの引き出しの中の小箱を開くと、指輪はあの頃のまま輝いていました。
 アテネ様はこう考えずにはいられませんでした。
 ――もしもあなたの気持ちがあの頃のままなら……。
 そして、自らの思いを定めようとした瞬間、体に激痛が走りました。
 耐えきれずにうずくまるアテネ様。指輪を持った右手を支えにして、なんとか倒れずにはすみました。

「うぐ……」

 荒い呼吸を繰り返し、痛みの波が退くのを必死に待ちながら、アテネ様は自分を呪っていました。
 ――何をやっているのだ……私は……。
 後悔より、感情より、優先するものがあると、何度も決めたというのに。
 石。オリジナルの石。それを持ち、庭城への道を少しでも早く開く。それこそが自分のやるべきことだ。
 アテネ様は改めて、そう思い直しました。
 そうしていると、目覚めが近いのでしょう。ハヤテ君が小さく呻きました。
 そのうめき声に押されるように、アテネ様はハヤテ君が起きる前にそっと部屋を立ち去りました。
 ですが、指輪をテーブルの上に置き忘れたことに、アテネ様は気がつきませんでした。




 柔らかい布団、高い天井、痛み。
 目が覚めてハヤテ君が知覚したものがそれでした。
 中でも、意識の多くを占めていたのが痛み。体に力が入らないことを考えると、少なくない血を失ったこともたしかでした。ですが、それ以外のことはトンとわかりません。

「いててて……」

 言葉に出して区切りをつけたのか、ハヤテ君はフラつく頭で自分の置かれた状況を考え始めました。
 まずわかったのは、自分がどうしてここにいるか。答えを教えてくれたのは皮肉にも思考を鈍らせている痛みでした。
 意識を失う直前、ハヤテ君は彼女の執事を名乗る少年に叩きのめされてしまったのです。
 
「で……ここは」

 今度、答え教えてくれたのは、ふと視線を向けたナイトテーブルの上にあった指輪でした。それは、何もかも見覚えのない部屋で唯一見覚えのある物でした。

「これは……たしか」

 指輪と遠い記憶に手を伸ばし、ハヤテ君は悟りました。
 指輪は、あの時必死で働いて手に入れて、そして彼女に送ったものでした。
 それを彼女は、一〇年も経つというのに無くさずに持っていたのです。
 それならば、
 ――彼女は僕のことを覚えている。
 ハヤテ君は指輪を握りしめ、「とにかく会って話をしよう」と改めて強く思い直すのでした。




 一方、その頃、マキナさんは夢を果たそうとしていました。
 人が聞いたらバカにされそうで、実現を誰も信じてくれないであろう夢。でも、初めてそれを知ったときから抱いてきた、マキナさんにとっては本当に大事で大切な夢。
 それをマキナさんは口にしました。

「ハンバーガーを一〇〇個ください」
「え? 一〇〇個ですか?
 え? お一人で?」

 マキナさんは自信を持ってこう答えました。

「はい、大丈夫です。がんばります」

 輝くマキナさんの瞳の前で、店員の「なんか深夜だってのに迷惑な客来やがったな、おい。ピクルスがちょっと足りない? いいよ、一〇〇個も食ってりゃ舌バカになるし気づかねえよ、たぶん」という思いの元、深夜のハンバーガーショップに夢がうず高く積まれていきました。
 
 そして、同じ頃。昼間の観光旅行の後に、一眠りしてから博物館案内に突入したせいか寝そびれたナギお嬢さまが、マリアさんのハヤテ君評に、いつでも真実を言えば賛同してもらえると思ったら大間違いだ、と思っていました。












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