しっぽきり

「ハヤテ君とのディナーどうだった?」

 ヒナギクさんがディナーから帰っくるのを待ち伏せ、そして捕まえた歩さんは挨拶もそこそこにそう切り出しました。

「え? あ……うん……その……えっと……」

 ところが返事がなかなか返ってはきません。
 恋愛絡みになると、気持ちをどう伝えていいのかわからないのか口数が少なくなるヒナギクさん。歩さんも即答は期待していませんでしたが、今のヒナギクさんはまるで言葉を失ってしまったかのよう。そんなヒナギクさんに歩さんが想像してしまったのは、片思い中告白済みの自分を一挙に飛び越えてカップル成立という光景でした。
 
「え!? も……もしかして二人つきあう事になっちゃったのかな?」

 親友が自分の想っている男性とつきあう事になったかもしれない。
 どんな表情をしていいものやら分からないものの、なんとか絞り出した歩さん。ですが、ヒナギクさんはその想像を否定しました。
 
「だから……その……想いを伝える事は――できなかったわ」

 俯き答えるヒナギクさんの答えは、歩さんにとって意外でもあり、ですが考えてもみれば十分にありうることでした。
 あれだけの意志を見せて宣言したとはいえ、今までの経緯や、ハヤテ君の間の悪さを考えれば、そういう機会を見つけられなかったとしても、不思議ではありません。
 それよりも、気になったのはヒナギクさんの様子でした。
 
「ゴメンなさい……ホント……意気地がなくて……」

 謝るヒナギクさんの様子は本当に弱々しいもので。それに、告白の失敗を告げるヒナギクさんは歩さんから顔を逸らしたままなのです。

「そんな……私に謝るような事じゃないんじゃないかな?」

 そう取りなしてみるとようやくヒナギクさんは、顔を上げました。
 その顔に浮かんでいたのは、無理したような笑顔。
 あるいは、

「何かあったかは……気持ちの整理がついてからで……いい?」

 泣かないように必死に無理をしている顔。
 そんな強ばった顔を見せられては、歩さんも、彼女自身が言うように、ヒナギクを一人にしておいたほうがいいかもしれないと判断し、「私の事は気にしなくていいから……」とその場を去るのでした。
 そして、こうも思いました。
 そんな辛いことがあったのなら、なぜ知ってるとはいえ当事者ではない自分にも話そうとするのだろうと?




 パシャ。
 ヒナギクさんが掌を水面から離すと、ゆっくりと波紋が広がっていきました。
 ヒナギクさんが心を落ち着けるのに選んだのは入浴でした。
 広い浴室に広い浴槽。普段なら、ヒナギクさんもそれらに感心するなり、あきれるなりできたかもしれません。でも、そんな余裕は今のヒナギクさんにはありませんでした。

『あの人は僕の好きな人です』

 肢体を暗い室内に差し込む月光に晒し、水面に映しながらヒナギクさんが考えていたのはその言葉から始まったこれまでのことと、これからのことでした。
 その言葉を聞いて、親友からの後押しを受けていたヒナギクさんはその場に留まり、逆にハヤテ君の背中を押しました。
 そして、告白という形ではなく、答えを得たヒナギクさんは、これからそれを、その答えから生じる事態の当事者である歩さんに伝えなければなりません。自分の失恋を告げると同時に、友人の失恋をすら告げるかもしれない説明は当然気が進むものではありません。
 ですが、ヒナギクさんは思いました。
 これでよかったのよね、と。
 一〇年間。一六歳の自分たちにとっては物心からついてからほぼ全てとすら言っていい長い長い時間。ハヤテ君は、その間想い続けてきた相手に再会できるのです。想いを伝えられるのです。
 だったらその想いは……報われなくちゃ。
 気づくと視界が揺れていました。
 それでも、十年間、ハヤテ君は自分と同じような想いを、もしかしたらそれよりも深いかもしれない想いを一人で抱えてきたのです。
 そう。それならば、自分だって、一人お風呂で泣くぐらい。
 コポコポ。
 一人で、

「ぶはー!!」

 一人、じゃありませんでした。
 広い浴槽には小柄なその侵入者を隠すぐらいのスペースはダダ余り。明かりを付けていなかったことも災いしていたので、存在にも気づけませんでした。
 驚いたり呆れたりのヒナギクさんに、シュノーケルにゴーグル、ついでに水着と気合いの入った完全装備の侵入者、美希さんはこんなことを言い出しました。

「いや~危うく夢中になりすぎて……のぼせ死ぬところだった」

 何かは分かりませんが熱中していたせいか、あるいはのぼせてたのかとにかく美希さんの顔、というか全身は真っ赤でした。あと、数十秒あったら鼻血ぐらいだしていたかもしれません。
 そんな美希さんの勝手なつぶやきにようやく落ち着きを取り戻したヒナギクさんは、怒りました。テンションの上げ下げを我ながら忙しいと思いながらも、ヒナギクさんは怒りました。怒らざるを得ない状況でした。
 当然裸で入った浴槽に潜入されていたあげくに、なにやら夢中になられていたらしいのですから。というよりは、ホテルに泊まってるはずの美希さんがここにいること自体が理解できません。なので、やっぱりヒナギクさんは怒りました。
 すると美希さんの言い訳はこうでした。
 この旅行ももうすぐ終わり。だと言うのに歩さんとヒナギクさんはホテルではなくナギお嬢さまの家に泊まったまま。

「なんていうかこう……」

 美希さんはそこまで説明すると、胡乱げに自分を見るヒナギクさんに一歩近づきました。

「スキンシップが……」

 そして、手を伸ばし、

「足りないなぁと思って……」

 ヒナギクさんに抱きついてきました。
 予想もしなかった美希さんの抱きつきに、手を振り、体をウナギのように伸ばしたりしてイヤがるヒナギクさん。ですが、権力者の子供スイッチが入ったのか「よいではないか!! よいではないか!!」と話してくれません。
 それどころか、

「ちょっと……あんっ……!! そんなとこ触っちゃダメだって!!」

 と、ヒナギクさんの、ここやらそこやらあそこやらどこやらを舐め回すかのように指で撫でる始末。
 人間触手と化した親友は荒い息づかいでこんなことを言い出しました。

「安心したまえ。今ごろ泉と理沙は歩君たちを襲っているから……」
「何が安心できるのよ!!」

 そう叫ぶと、美希さんの手が止まりました。そして、ヒナギクさんに笑いかけます。

「まぁいいじゃないか。無理矢理でも多少は笑顔になっただろ?」
「え?」

 言われてみて、ヒナギクさんは自分の頬が、少し緩んでいることに気づきました。

「もうすぐ旅も終わり。だったら最後は笑顔でいこう……」

 そう言われて、ヒナギクさんは、なんだか少し、ホッとしました。
 一方、ところ変わってナギお嬢さまの寝室。
 こちらはナギお嬢さまもマリアさんも入浴済んで後は眠るだけ。
 そこで、一日を振り返っていたマリアさんがこんなことを言い出しました。

「それにしても……アテネに着いてからハヤテ君の元気がない気がしますね」
「ん~まぁハヤテにも色々あるんだろう……」

 その色々をマリアさんは想像してみようとしましたが、はっきりとしたイメージは描けませんでした。
 「なぁマリア」とナギお嬢さまが呼びかけてきました。

「色々な事……ハヤテが自分から言い出すまでは……あれこれ詮索してやらないでくれ」
「へ? まぁ……かまいませんけど」

 マリアさんは少し意外でした。ナギお嬢さまなら、むしろ知りたがると思っていただけに。

「ハヤテにとって……この旅行が楽しい思い出になってくれればいいのだが」

 ちょっと大人になったのかしら?
 そう思いながらマリアさんはナギお嬢さまの隣に座るのでした。










「えーと……もしかして本当に死んじゃった?」

 マキナさんの質問に返事はありませんでした。
 それもそのはず。マキナさんの続けざまの蹴りを受けて崩れ落ちてからのハヤテ君は、頭部からの出血を除けば倒れ臥した人形に等しかったのです。反撃するわけでもなければ、体を起こすでもなく。そもそも指一つ動かしません。

「……ま、いいか」

 少しの観察の後、マキナさんはハヤテ君の生死に興味を失いました。自分の主人を悲しませる人間を彼女の前から遠ざけられるのなら、その人間がどうなろうとマキナさんには興味はありません。大事なことは、自分の主人を、アテネ様を守ること。その為の作業は終わりました。
 そして、残る用事は首にかけた石。アテネ様が欲していたあの石のみ。

「とにかく石さえ手に入れば、アテネは喜んでくれるだろう」

 害虫を駆除し、目的だった石を手に入れる。
 マキナさんは自身の行動に何も問題を感じませんでした。
 しかし、それは間違いでした。
 石を拾い上げた腕を掴んだのは、死んでいた、少なくとも死んでいたように見えたはずの少年の手。

「おい。それに触れるな」

 ようやく絞りだしたような低い声。それなのに、マキナさんの腕を握る力は顔の半分を血に染めた人間のものとは思えないぐらいに強いもので。

「それはお嬢さまの大事な石店…もう絶対誰にも渡さないと誓った石なんだ……」

 その言葉が、行動が、目の光が、理性ではなく本能に近いもの。
 片付けたはずの敵が、いまだに力を残していたことに戦慄を覚えたマキナさんは叫びました。
 この得体の知れない人間を消す奥の手の使用許可を求めるために。
 が、その言葉にもやはり問題がありました。
 マキナさんに答える声、アテネ様の声はこう響いたのです。

『ていうか、私は……いつそんな事をしろとお願いしたかしら……』
「え……えっと……」

 考えてみればされてませんでした。むしろ、アテネ様には内緒で片付けるつもりでした。
 そんなわけで、命令無視の現場を発見されるどころから、わざわざ自分から伝えてしまったマキナさんは言い訳を探しましたが、そんなドジをやっちゃうマキナさんに上手い言い訳が見つかるはずもありません。そんな執事に主人の溜息が一つ。
 そして、また声が響き、
 
『とりあえず……話は中で聞こうかしら……』

 扉は開かれました。












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ハヤテのごとく! 第242話「夜に想う」
「何があったかは…気持ちの整理が付いてからで…いい?」  ヒナギク切ねえぇぇ!!

2009.10.01 01:48 | 気ままに日日の糧