しっぽきり

一本目 二〇kgを片手で持ち上げられるようになったときは、大人になったもんだなと思いました。
二本目 はしゃぎまわって大声出してガラス破壊は、やべえことだったたんだなと振り返れるようになったときは、大人になったもんだなと思いました。


 薫さんの歌声が、葵さんのベースが、紫穂さんのドラムが、ちさとさんのキーボードが、そして悠理さんのギターが楽しげに響いていました。マンション中、そして外にまで。とはいえ、住民への通知ぐらいバベルにとって朝飯前。その演奏を聞くのは、皆本さん達以外にはいません、空にいる数人をのぞいては。

「……フン。ヘッタクソ!」

 その数少ない例外であるところの一人、澪さんの感想がこれでした。とはいえ、本当にそう思ってるのか、バンド結成を「私、知ってんだからね。男性陣にバラすよ?」との一言でパティさんを引き入れた黒巻さんに妨害されて頓挫した悔しさからか、あるいはアレな子だからなのかはわかりませんが、とにかくそうでした。
 そんな真夏だけどニーソックス装着してみせた澪さんをよそに、彼女達の引率者、というか牽引者、兵部少佐は感慨深げに「誕生日おめでとう、薫」と呟いていました。

「もう行こうよ、少佐」

 ツンとそんなことを言い出す澪さん。ですが、兵部少佐はまだ聞き足りないご様子で、さらには「ちょっと顔出すのも面白いかもしれないぜ?」とか言い出す始末。
 これにストップをかけたのはカズラさん。
 兵部少佐はなんだか長期的な展望がありそうな割に、目先のことは後先考えずやっちゃうお方。澪さんはアレ。そして、パティさんも「誕生日……鉢合わせの三人……フヒヒ」とかなにやらニヤニヤし出す始末、もちろんチルドレン大好きっ子な桃太郎も抑止力にはなりません。
 そんなわけで、自分が止めねばと使命感をもって、制止したカズラさん。その意思が通じたのか、澪さんも援護してくれました。

「夏休みが明けたら、あいつらの顔なんていくらでも見られるでしょ? 今、忙しいんだから!」

 その援護はカズラさん的にはもちろん嬉しいものでしたが、正直、

『クク……来タイッテ言ッタクセニ』

 「お前が言うな、このツンデレ」感は否めませんでした。
 




 

 先頭に立って引き返す人間が一番名残惜しそうな空の様子は知る由もない薫さん達の演奏は終わっていました。
 歌い終え、演奏し終えた五人の顔はどれも満足そうで、オーディエンスであるところの大人四人にも好評でした。

「すてきよ、みんな」
「なかなかがんばったじゃんか!」
「アンコールっ! アンコールっ!!」

 そして、最後の局長のリクエストが薫さんのサービス精神に火をつけました。

「では、アンコールにお応えして、次はOver The Future!」

 しかし、これに葵さんがブツン。

「できるか、ボケー!!」

 葵さんのHPはすでに〇だったのです。そんなわけで、ベースでゴツンといきそうになる葵さんでしたが、これを紫穂さんが止めました。そしてこう提案しました。

「私がベースやるわ。葵ちゃんはボーカルお願い」

 パーカッションはキーボードで鳴らせばいいね、とちさとさんがフォローすれば、薫さんも空気を読んで自分はバックコーラスと、葵さんに譲りました。

「ほな、ライトスピードMIXバージョンで!!」

 そんな感じで押し出された葵さんはノリノリでした。小指が立つうらい。

「じゃ、行くわよ?」

 そう、皆に呼びかけたのは悠理さんでした。いつも引っ込み思案な自分が、真っ先にそんなことを言い出していることが、なんだかおかしくて、楽しくて悠理さんは笑いました。
 自分には友達がいて、その子たちのために、自分がここにいる。
 ふと顔を上げると、薫さんが楽しそうに低い声を出していました。
 ここが自分の居場所なんだ。
 悠理さんは、そう思いました。





『なくした……? レアメタルを……?』
「……はい、お父さま」

 電話の先から聞こえるのは、聞きなれたはずの低い声。しかし、その声がユーリさんを落ち着かせることはありませんでした。

「かなり探したのですが、どうしても見つかりません」

 なぜなら、この電話はごまかせない失態の報告。それも、重要でさして小さくもないはずのイヤリングを無くすというあり得ない失態。ユーリさんもそんなことはないはずと、床を剥がし、壁紙を剥がし探したのですが、どうしてもイヤリングはありませんでした。

「至急新しいのを届けていただけませんでしょうか」

 そして、ユーリさんが気を重くする二つめの理由が、この電話が依頼の電話でもあること。なくしたから届けてくれ。そう頼むしか他に道がないとはいえ、やはり気が進まない話ではありました。

「……かまわんよ。手配しよう」

 ですが、一拍置いて返ってきたのはすんなりとした承諾でした。

『だが、あれが金よりも高価なことを忘れないでおくれ。私のお前への愛情の証だ』
「ありがとうございます、お父さま」

 安堵するユーリさん。しかし、この電話はそれで終わりではありませんでした。

『他に何か報告することはあるかな?』

 ありました。

「その……「悠理」が……」

 しかし、その何かがユーリさん自身、何が起こっているのかを把握できる類のものではありませんでした。

『お前の「お人形」に何か? まさか我々に逆らったとでも?』

 あくまでも淡々として低い声。
 そして、何より、その何かを報告することは、

「い……いえ、ほんの少し、ノイズが発生してるだけです」

 ユーリさんにとってすら、多大な恐怖を伴うものでした。

『これ以上私を失望させないでおくれ、ユーリ。私にはお前が必要なのだからね』
「はい、お父さま」

 その言葉で通話を終え、ユーリさんは深くため息をつくのでした。





「よろしいのですか。ブラック・ファントムさま」

 紅茶を携えた執事服の男に尋ねられると、受話器を置いたばかりの老人は鷹揚にうなずいた。

「ああ、言うとおりにしてやれ」

 身じろぎを一つすると、電話に視線を向ける。まるで、さっきまで話していた人間を観察でもするかのように冷えた視線を。

「ガチョウの腹を裂く前には、本当にもう卵を産まぬのか、よく確かめておかねば……な」

 カップに注いだ赤い液体を見ながら執事服の男は思う。
 その言葉を聞くのは、一体何度目なのか、そして何羽のガチョウが再び卵を産み得たのだろうと。









 自らの生を懸命に生きた男がいた。
 自らの存在意義を力一杯に叫んだ男がいた。
 そして、その男は今、ひとかけらの悔いもなく、重力に引かれ、そして生を終えた。

「あ、今、こいつの夏が終わった」
「……なかなか見られへん瞬間やな」

 そんな感じで夏を生ききった蝉に敬意を示し、成仏を願いながらも、薫さんは少しばかり焦っていました。
 このままいくとこっちの夏も終わっちゃうと。
 なにせ、もう暦は八月。夏休みのウキウキ感も、八月となると、カレンダーに載った終了日がチラついて多少失せてしまいます。
 国内旅行くらいは連れてってやるから!
 夏休みが始まるとき、皆本さんはそう言いました。ですが、この間のレアメタルの調査で忙しいとかで、研究室に籠もりっきり。約束を忘れてるに違いないと薫さんは、アイスでもやけ食いしないとやってらんない心境でした。

「薫がネチネチいじめるからちゃうん?」

 が、親友であるところの葵さんは多少違う見解を持っているようでした。
 見に覚えのない薫さんは、いつのことと問い返してみました。

 それは、ナオミさんからもらった西瓜の差し入れを食べた日のこと。
 暑さの恩恵で糖度の高い果肉に葵さん達が喜ぶなか、薫さんはボソリ。

「キスの甘さも……こんなですか?」

 一瞬、よく冷やしたスイカよりも部屋の温度が下がった後、皆本さんはこう話を逸らしました。
 今夜もちょっと遅くなるから。
 生活に密接に関係した事務的な事柄を口にする。典型的な逃げ方ですが、紫穂さんは大げさに拗ね、葵さんもわざとらしく浮気を疑い、皆本さんの逃げを形としてアシストするなか、薫さんはポツリ。

「仕事中に敵とキスはするけどね」

 これは、いかん。皆本さんはそう思ったのでしょう。目の前にエサをぶら下げて、薫さんの牙を回避しようとしました。
 もう少しで一段落するから、そのあとどっか遊びに連れてくよ。
 もはや言葉もない二人の親友が見守る中、薫さんは吐き出した種を、指で弾いて皿にカツン。

「国の予算でかな?」

 皆本さんは必死に言葉を探しました。逃げ道を探しました。結果として沈黙の皆本さんをよそに、薫さんはスイカにアーン。

「どーせ局長のセッティングでどっかのリゾートとか、ばーちゃんの別荘とかだよね。なんか……」

 ガブリ。

「ちがうかなあ……って」

 ガブリ。

「満たされないよね、何かが」

 ペッ。



「あたし……そんなこと言ったかな~?」

 薫さんにそんな記憶はありませんでした。それどこの昼ドラ? なんて言い出しそうなぐらい、本当に記憶のなさそうな薫さんの台詞に、二人はあきれるよりおびえていました。無自覚にそんなこと言い出すなんて、どれだけ女の業が深いのかと。
 薫さんは必死に否定しました。紫穂さん以上なんて言われては乙女の名折れ、私は清く正しいティーン。そんな泥沼な地雷女じゃない。訴える薫さんに葵さんはこんなことを言い出しました。

「ほなちょっと皆本はんのキスシーン想像してみ?」

 言われるままに、薫さんはあのときのことを脳内でリプレイ。
 大雨、仮面が邪魔にならないように、顔を傾けてる女。密着する二人。接触している唇。
 パシャ。
 携帯電話のシャッター音で、薫さんは我に返りました。そして、葵さんから携帯電話を受け取ります。そこには、撮りたてホヤホヤの薫さんの顔。人でも殺しそうな顔。

「うそマジ?」
「な?」
「皆本さんビクビクしてるわよ」

 物的証拠を突きつけられては、薫さんも、二人の宥める言葉を受け入れるしかありませんでした。



 ま、そんなわけで、生命の危険を二人から知らされた皆本さんはさっそく手を打つことにしました。
 「今は夏バテだから無理。秋は睡眠の秋だから厳しい、冬は冬眠、春は春眠なんとやら、だからそんなに働くのは無理。来世から本気出す」とゴネる管理官に命の危機と訴えて一度断られたものの、フラグの危機と訴えなおし、無事に分析と捜査を引き継いでもらった皆本さんは、無事、チルドレン達を約束通り旅行に連れていけることになりました。自費で。
 皆本さん的には最大限の誠意を見せたつもりでした。
 ところが、目的地に向かう車中、後部座席にあったのは、

「わーい」
「うれしいなー」

 紫穂さん、葵さん、そして薫さんと、人殺しの顔が三つ。
 その理由は、

「あたしたち水入らずじゃないとこが最高ー」

 ワゴン車に同乗していた、達に隠された部分。正確には、ナオミさん、ティムさん、バレットさん、賢木先生。

「い……いい景色ですよね~、みなさん」

 話を聞いた時には「これであの野郎から離れた数日間を送れる。余計なストレスをため込まずに済む」と安堵したナオミさんの、場を和まそうと気を遣った一言でしたが、返ってくるのは、ティムさんとバレットさんの過呼吸気味のハーハーという息づかいのみでした。
 ティムさんとバレットさんの二人も、皆本さんに誘われた当初は、「同年代の萌え対象三人と、年上の美人さんキレ対象抜きと旅行……何、この神イベント! これで勝つる!」と大喜びだったものの、待ち合わせ場所にいたのは、三人の夜叉。それ以降、一言も発することはできていません。
 そんな旅行に、長年の経験からなんとはなしに嫌な予感を感じつつも、親友を見捨てるわけにはいかない! と友情の為にあえて参加した賢木先生は、
 
「人数多い方がチルドレンも喜ぶって……さすが皆本……」

 自分はあくまでも誘われたからと来ただけと、アピール。いざとなれば親友を生贄にしてでも無事生還するつもりでした。
 そう、賢木先生の言うとおり、さすがの皆本プランでした。

「あ……あれええ~?」

 この旅行は、皆本さんにしかできないことでした。
 この旅行は、皆本さんにしか創れない地獄でした。
 そして、車は湖へと向かっていきました。












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