しっぽきり

 一〇年前、私は“庭城”への道は失った。
 それを確認したとき、苦い事実を伝えたのは、同行していた老人だった。時折、ひどく若い言葉遣いをする、得体の知れない胡乱な老人、三千院帝。
 彼と私、そしてもう一人。
 私達は共犯者だった。
 老人曰く「神の力を求めた重罪人」。
 その力を求めて、私は老人に利用されていたのかもしれない。ただ、それでもよかった。それは必要なことだったのだから。
 しかし、そんな犯罪行為は外での眠り、一時の空白、その隙にすべて水泡に帰してしまった。
 あるいは私達が求めたその力は扱い切れないものだったのかもしれない。
 手がかりは少なく、方法や鍵もあまりに不明瞭。
 手を伸ばせば届く位置にあったその力、王族の力は今は既に閉ざされた世界の中。
 いや、何者かに奪われた可能性すらある。
 けれど、その鍵たる石は私の力ですら自由になるものではない。
 だとすれば、誰が奪ったのだろう?
 私達以外に“庭城”への場所を知っていた人間。私の不在を突くタイミングで城に入れた人間。
 一人、いた。
 何度も“庭城”に出入りした人間。
 綾崎ハヤテ。
 ずっと考えてきた可能性。彼が王族の力を持ち去ったのだろうか。
 彼はその力の存在をいつ知ったのだろうか?
 私が彼に全てを話さなかったように、彼も私に全てを話していなかったとしたら?
 そう、最初からそれを知っていたのだとしたら? それが目的だったとしたら?
 だとしたら、彼は何を思って私と過ごしていただろう?
 何を思って私に笑いかけていたのだろう?
 何を思って、私の名前を呼んでいたのだろう?







 そんなの、考えたくない。









 マキナの左足をつかんだまま、ハヤテは彼を睨んでいた。その視線からは、攻撃的な意思は感じられない。しかし、無抵抗でいるような従順さもない。
 
「放せ」

 マキナは手を払いのけ、距離を取る。

「とにかくこんな事不毛です。だから彼女に会わせてくれませんか?」

 少年はする主張。通せと。
 マキナの答えは決まっている。変わりようがない一言。

「……いやだ!!」

 「なんでですか!?」ハヤテがマキナの頑固な拒否に、さすがに業を煮やしたのか理由を問う。
 その答えも決まっていた。

「だってお前もアテネをいじめる気だろ?」

 いつもそうだった。

「アテネはずっと戦ってきたんだ。アテネのお父さんとお母さんのお金を狙う悪い奴らと」

 主の全てを見てきたわけではない。
 けれど彼女と一緒にいた日々、いつもマキナは見てきた。
 彼女に会う人間の浅ましい瞳を。
 誰も彼もが甘い言葉と笑顔で近づいてきて、だというのにその視線は笑いかけている彼女ではなく、その彼女の後ろにあるものを見ていたことを。
 巨万の財を持つ一人の少女。
 その匂いに引き寄せられて、どいつもこいつも歯を剥き息を荒くし、獣のように群がってくる。
 見え透いた嘘を指摘しようと、素知らぬ素振りで逃げていく。
 それを彼女は殺さず見逃した、優しいから。
 それで奴らは懲りずに繰り返した、浅ましいから。
 誰も彼女を守ってくれなかった。当然だ。誰も睨みを効かせないからこそ、ああも恥知らずに狙ってこれるのだから。
 だから、彼女は強くならなければならなかった。
 容易に近づかせず、心を許さず、かけられる言葉の真意を考え、揺らがないよう、戦ってきた。
 たった一人で。
 両親が残してくれたものを受け継ぐ。それだけの、ただ当たり前のことを当たり前に済ませるために。
 けれど、それが揺らいだ。
 たった一人の少年に会っただけで。
 平気を装うとしている。けれど、マキナには分かる。
 ちょっとした仕草で、ときおり掠れる声音で、いつもより僅かに長い沈黙で、ふとした瞬間に浮かぶ弱々しい表情で。

「だからお前は通さない。だからお前は」

 殺意を、そして与えられた力全てを解き放つ。

「ここで死ね!!!」

 回り込み、狙うのはハヤテの背中、首筋。

「しゃあぁ!!」

 マキナの閃光のような蹴りが放たれる。しかし、それが砕いたのは少年の骨ではなく、石柱のみ。
 砕け落ちる石塊の中で、マキナの胸に浮かぶのは、驚きではなく確信。
 やはりこいつは危険だ。
 だが、

「今すぐここを立ち去って……二度とアテネに近づくな。だったら命は助けてやる」

 自分なら、

「だがここより先に進むというのであれば仕方ない。ここで死んでもらう」

 殺せる。
 最後の警告に、少年は薄く笑う。

「それじゃああなた、殺人犯になっちゃいますよ」

 脅しのつもりだろうか、それともまさか警告の仕返しとでも言うのだろうか。
 そんなのはどちらでもいい。
 マキナには、その言葉は意味をなさない。だから、マキナは笑う。

「ならないさ」

 そう、なりようがないのだ。
 マキナはそちらの世界にはいない。

「人が人を殺せば殺人だが、人じゃないモノが人を殺しても単なる事故だ」

 少年の動きが止まる。
 好機をマキナは見逃さない。
 舞い散る破片の中をくぐり抜けて、距離を詰める。
 ただ、振り抜いたのはまた交わすかもしれない。それならば、勢いをそのまま利用すればいい。
 鈍い音とともに、マキナの膝が少年の腹を捉える。
 
「がはっ!!?」

 手応えは十分。鳩尾に入ったのか、胃液を吐き出す少年は反撃どころか、回避の体勢すら見せない。

「アテネをいじめる奴は」

 左足に力を込る。もう一度右足。膝ではなく足の裏を。
 肉と内蔵。柔らかな腹部を直撃する。吹き飛ぶ少年の体が、罅の入った石柱に打ちつけられる。
 
「全部いなくなればいいんだー!!」

 それだけでは終わらない。
 完全に息の音を止めるために、一撃、二撃、追い打ちをかける。
 そして、罅は穴へと代わり、遂には石柱が折れる。
 頭部から吹き出したのか、吐血か、その両方か。鮮血が舞い、そして石片と共に少年が地面へと落下した。












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