しっぽきり

「天王州さんが……ハヤテ君の好きな人?」

 意志表示ではなく、意志確認。
 ようやく絞り出せたのは、ついさっきまで言うつもりだった言葉とは正反対のものだった。

「……はい。ええっと……その。
 これはどこから話していいかわかりませんが……」

 彼の言葉を遮り、背を向ける。
 涙なんて、流したくないから。
 ハヤテ君がが何を言うのかはわからない。でも、このまま彼の顔を見ていたら泣いてしまいそうだ。けれど、その涙はひどく身勝手なものにしかならない。
 ハヤテ君だって私と同じ一六歳。彼だって好きな人の一人や二人はいる。当然のことだ。片思いは女の子だけの特権ではないのだ。
 そんな当然のことに、泣いてしまうわけにはいかない。
 しばらく、自分を叱咤する。そして、一〇秒。いや、もっと経っていたかもしれないし、短かったかもしれない。とにかく待ってくれていたハヤテ君に尋ねる。

「それで? 二人はどういう関係なの?」
「あ、えーと……以前、昔、彼女がいたとかいないとかって話したの覚えてます?」

 覚えていた。それは幾分甘い記憶の中の、ちょっと呆れた一幕。
 私の誕生日プレゼントを選んでくれていた時、美希達に歩との関係をからかわれてハヤテ君はこう言った。
 女の子を養う甲斐性がないから付き合えない。そう体に教え込まれた、と。

「それがその……彼女なんです」

 混乱するしかなかった。
 あの時私は思っていた。悪の女王みたいだと。それが、その彼女があの天王州さんだなんて、思ってもみなかった。
 あの時、ハヤテ君は幼稚園のときの彼女だと言っていた。

「じゃあハヤテ君と天王州さんは……」
「はい、古い知り合いです」

 質問を肯定されてみても、疑問はちっともなくならない。
 二人の接点はどこにあったというんだろう。昔の私と似たような境遇にあったハヤテ君と、あの天王州さんが、どんな関係だったと言うのだろう。
 私が口にするまでもなく、すぐにハヤテ君が答えをくれた。

「一〇年前、僕と彼女は色々あって、その……一緒に……住んでたんですよ」

 一緒に、住んでいた。
 その事実が私を更に混乱させる。
 
「一緒にって……天王州さんの家に?」

 二人の関係を明確には描けなかったが、それだけは想像できた。住むのであれば天王州さんの家だろうt。

「ええ。まぁそんなようなものです」

 うなずき、ハヤテ君は続ける。

「その頃、僕は親にひどい目に合わされていて、兄がいる時は兄がどうにかしてくれていたんですが、僕の兄はその……」

 そこまで言うと、言葉を選び始めた。
 そうだった。ハヤテ君は両親に借金を押しつけられてナギの執事になったんだ。今に至る経緯を考えれば、ハヤテ君の両親が、ひどい両親だったのだろう……ということは納得できる。
 じゃあ、そのお兄さんは?

「街で困ってる人を見つけては、その人を助ける事に熱中し、フラフラとどっか行ってしまう人だったので」

 こちらも納得できた。ハヤテ君もその傾向がある。関係がないことまで抱え込んでしまう傾向が。いつだったか、美希達につきあって、時計塔から落下したこともあったっけ。

「一〇年前のその日も両親にひどい目にあわされて、もう限界だと思い家出して、彼女に会いました」

 淡々とハヤテ君の話は進んでいく。
 何があったのかはわからないし、聞かない。彼も話してくれないだろう。でも、幼稚園に通うような、本当なら両親に甘え、疑いもしない年頃の子供が家出をしたのだ。相当のことがあったのだろう。

「詳しくは聞いてませんが、彼女も当時両親がいなくて、僕たちはすぐに仲良くなって……それで……」

 ほんの少し辛そうな声に変わる。
 天王州さんの事情も知っていた。それもあって仲良くなったのだから。

「それからずっと……彼女の事が好きって事?」
「はい。たぶんそうだと思います」
「……たぶんって」

 大事なことだと言うのに、曖昧な言葉を使うハヤテ君に少し腹が立った。

「一〇年前……ひどい別れ方をしたんですよ。ホントにひどい別れ方を……。
 僕のせいで」

「だから嫌われてるのは当然なんです。
 本当に……僕が悪かったから」

 消え入りそうな声。

「けど、一〇年前のあの日。彼女が僕を助けてくれなかったら……きっと僕はここにいません」

 なのに言い切る。

「きっと両親と同じような人間になっていたか、もしくはもう死んでいます。
 それくらい彼女は……僕にとって大切な人で……」

 そして、切なそうに笑う。

「それで昨日久しぶりに会って、やっぱり好きだって思ったの?」

 返事は肯定の沈黙だった。

「けど彼女は僕の事を嫌いなままだと思うから。
 だから……」

 それっきり言葉をかみ殺してしまったハヤテ君に向き直る。
 そこにあったのは、俯き、何かを抱え込んでいる顔。本当は、言いたいことを言えない顔。
 ああ、どこかで見た。こんな誰かさんを。

「だったら……!! 確かめてくればいいじゃない!! ホントに嫌われてるか確かめもせず悩むより、まずはキチンと気持ちを確かめてくればいいじゃない!! それを嫌われてるとしたって!
 好きなものは好きなんでしょ?
 だったら好きって気持ちだけでも相手に伝えて……!! その後どうすればいいか、考えたらいいじゃない!!
 そんな風にウジウジ悩んでるハヤテ君……私は嫌いよ!!」

 私は、何を言っているんだろう。
 
「そんな風にいつまでも憂鬱な顔で悩んでないで」

 ホントは好きって言うはずだったのに。
 こんな事言う資格なんてないのに。
 そもそも、

「まずは二人で話をして、そしてしっかり相手の気持ちを確かめて……ちゃんと自分の気持ちを伝えてきなさい」

 これは、誰がすべきことだったの?

「わかりました。ありがとうございますヒナギクさん」

 ねえ、ヒナギク?








 甲高い音を立てて門が開いていく。
 ヤツが、三千院の執事が花園に足を踏み入れる。

「へ~……ホントに来るんだ」

 声をかけると、ヤツが驚き振り向いた。
 俺のことなんて全く意識になかったのだろう。
 向こうからくるからいい。
 アテネはそう言った。手ひどく追い返してやった人間が本当に来るのか? そう疑っていたというのに、ヤツは本当に来たのだ。

「えっと、夜分遅くに申し訳ありませんが、天王州さんは……」

 まったくだ。午前の一時過ぎ。本当に遅い。

「いるよ。お前が来たら通せとも言われた」

 アテネにはそう命じられていた。
 なら、そうするべきなんだろう、普通の客なら。

「けど、お前は何者だ?」
「え?」
「昨日からアテネがずいぶんと悲しい顔をしている。
 人の話も全然聞いてくれない」

 最低限の指示だけを出して、後は誰とも話したくないのか、部屋にこもりきっている。
 アテネはいつも人をバカにする。起こしても起こしてもちっとも起きてこない。何を考えてるのか聞いてもまともに答えちゃくれない。
 でも、無視したりはしない。
 あんなに悲しい顔をしたりはしない。
 全ては昨日から。
 こいつに会ってから。
 少しずつ重心を落とす。足に力を込める。一呼吸。それを一気に放ち、宙に舞う。狙いは頭。
 しかし、

「な……!? 何をするんですか!?」

 避けられた?
 すんでのところで、交わされてしまった。踏み込みが甘かったのか?
 けれど、そんなことは大した問題じゃない。何度でも、狙えばいい。

「お前が近づくとまたアテネが悲しい顔をする。それはきっとお前がアテネをいじめているからだ」

 主が悲しむのならば、

「アテネをいじめるやつは……絶対に許さない!!!」

 それを守るのが執事の役目だ。
 渾身の力を込めて、再び頭を狙って、左足を振り抜く。

「なに!?」

 振り抜くはずだった。
 左足が捉えたのは、いや捉えられたのはヤツの左手だった。
 受け止めて、目の前の男は言った。

「それでも僕は……彼女に話があるんです!!」












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