しっぽきり

「憂鬱そうな……顔?」

 憂鬱そうな顔をしてたのは、どうして? そう私が尋ねると、ハヤテ君は顔を背けた。
 見つめられ、指摘され、瞳を反らす。私や歩が朝から感じてきたハヤテ君の憂鬱は、間違いなくその横顔にあった。

「ええ……理由、あるんでしょ?」

 口をほぐすように、再び問い直してみると、ハヤテ君はようやく口を開いた。

「すいません。表情には出ないように出来るだけ努力はしていたんですが、どうしても……顔には出てしまっていたみたいで」

 「そう……じゃあ、やっぱり……」自然と漏れてきた呟きは、自分の口から出たのに信じられないぐらいに掠れて弱々しいものだった。
 告白するチャンスを探してと必死だった私にもハヤテ君が、憂鬱を隠して振る舞っているのは分かった。
 私とのディナーが嫌だったというのに。
 だからこそ、痛々しく、悲しかった。
 けれど、自虐の痛みが脈打とうとするのを止めたのは他ならぬハヤテ君だった。

「昨日、天王州さんと久しぶりに会ったんですよ」
「え? 天王州さん?」

 意外だった。
 ハヤテ君は久しぶりと言ったのだ。

「会ったのは偶然だったんですけど、それでその……。
 僕は彼女に言わなくちゃいけない事がいっぱいあって、少し話をしようと思ってたんですが、僕の事……忘れているというか、無視されちゃって……」

 そこで、ハヤテ君の言葉が止まる。私は二人が知り合いなことに驚くと同時に安堵してもいた。
 私がハヤテ君を憂鬱にしていたんじゃなかった。
 少し、ホッとした。
 嫌われていたんじゃなかったんだ。質問をした自分を少し、誉めたい気分になった。
 そうなると気がかりは二人のことだった。知り合いで、久しぶりに会ったのに無視されたのだとハヤテ君は言った。

「けど、ハヤテ君天王州さんと何かあったの?」

 ハヤテ君は言うまでもなく、天王州さんも今は少し距離が離れているとはいえ大事な友達。その二人の間に諍いがあるならば解決できるように手助けしたかった。

「え?」
「正直、ハヤテ君と天王州さんが知り合いってだけでも意外なんだけど。
 ねぇ、ハヤテ君と天王州さんっていったいどういう関係なの?」

 できれば手助けしたいけれど、問題があるにしても、二人がどういう関係なのか知らなければ相談にのりようがない。
 ところが、私の質問にハヤテ君は口ごもった。
 探せばそこにあるかのように、視線を足下に走らせ、必死に考えていた。
 そんなに変なことを聞いてしまったのだろうか。それならば、もう踏み込まないほうがいいのかもしれない。
 そう悩んでいたところに、浮かんだのは歩の言葉だった。
 
 ――想いを伝えるくらいは、してもいいんじゃない?

 そうだ。私は歩にハヤテ君に告白すると宣言したのだ。
 今日だけじゃない。今までずっと気持ちを伝えてこなかったから、自分勝手に勘違いをして、落ち込んだり、へこんだりしてきた。
 そんなのはもうイヤだ。
 だから言おう。ずっと言わなかったけど、大切にしてきた想いを。
 あなたの事が好きだ。
 そう言おうと、好きだという気持ちを、伝えようと思ったんだ。






『この星で最も偉大な女神の名前よ』

 面食らうような台詞を一片も疑っていないかのように口にして不敵に微笑む。それが誰より似合っていた少女。
 彼女と僕は、どういう関係だったのだろう?
 幼なじみ?
 違う、彼女と過ごした日々はごく短いものだった。
 友達?
 無視されたというのに?
 主人と執事?
 そうだった。でも、それは自分で壊したじゃないか。
 それならば、なんだろう。どんな関係なのだろう。
 一〇年ぶりに再会した彼女は、僕のことを当然のように嫌い、忘れようとしている。
 つまり、彼女にとって僕は終わってしまった存在だ。

 ――大事なのはハヤテ君がどうしたいかですよ。どうしたいんですか? ハヤテ君は?

 どう、したい?
 どう、思っている?
 彼女にとっての僕ではなく、僕にとって彼女はどういう存在だ?
 僕は彼女に、許されないことをした。
 だから、贖罪したいのだろうか。謝りたいのだろうか。
 それも、ある。
 でも、それだけなのだろうか。
 それだけのために、心を鈍感にして、ただ、ただ謝るためだけに生きてきたのだろうか。
 違う。
 そうだ、違ったんだ。
 違ったんだ。

『アーたんって呼ぶの、私の執事になってくれたら……ハヤテには許してあげる』

 彼女に誘われて、僕は自信もなかった癖に、執事になった。

『私は、あなたともっと話がしたいもの』
 
 初めてのキスの後、僕は彼女の笑顔をもっと見たいと思った。

『ハヤテ。やればできるじゃない』

 彼女に誉めてもらうと、なんでもできる気がした。なんでもしたいと思った。

『ハヤテ……。私とあなたはずっと一緒よ』

 僕は頷いた。彼女といると幸せだった。

『今日はよくがんばったわね。えらいわハヤテ』

 ただ、ひたすらに楽しくて、毎日が黄金に輝いていた。

『いつか、これを二人ではめられる大人に……一緒になりましょうね』

 そうしたかった。そうなりたかった。そう言ってくれたことがどうしようもなく嬉しかった。

 どうして?

 綺麗な人がいた。自分に想いを寄せてくれる人もいた。優しくしてくれた人もいた。大切な出会いが一杯あった。
 でも彼女は、その誰とも違う。
 そう、唯一無二の存在だった。

 どうして?
 
『左手ぐらいなら、私が貸してあげますから』

 ああ、そうか。
 やっと、わかった。

「彼女は……」

 そうだったんだ。手を差し伸べてくれたあの日から、僕にとって彼女はずっとそう在ったのだ。
 だから、心の底に思い出を沈めてきた。彼女との日々は、それを壊してしまった自分には眩しすぎたから。
 だから、忘れたかった。思い出すと胸が耐えられないぐらい痛んだから。
 だから、忘れられなかった。自分の世界はそこから始まったのだから。
 だから、忘れたくなかった。とても、大切な思い出だったから。

 そう、

「あの人は僕の……」

 そうなのだ。

「好きな人です」







 その言葉が、綾崎ハヤテという人間にとって、彼女の全てだったんだ。


 










 だから、もう、言葉は何もなかった。













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