しっぽきり

 ヒナギクさんはシミュレーションしていました。

『こういうディナー初めてだわ』
『ははは、僕もですよ』

 ここでハヤテ君が貧乏話を持ち出そうものなら、雰囲気は最悪に。なので、出鼻で潰す、潰しまくる。というか、持っていきかせない。
 流れがおかしくなりそうになったら早め早めの修正を心がける。料理を食べて、お互いに感想を言い合ったりする。そしていいムードになってからが本番。給仕の人がお皿を下げ、次の料理が出てくるまでの僅かな時間が勝負。
 そこで、告白する。

「前菜のお味はどうでしたか? ヒナギクさん」
「ん~そうね~……とっても美味しかったわハヤテ君」
「それはよかったです」

 ヒナギクさんは、そう感想を漏らしました。細かくつっこまれるとどうとは言い難い味でしたが、それでも美味しいことはたしか。素直な感想でした。ここまでは、シミュレーション通り。

「まぁ、だけど……」

 ところが、予想していなかった事態が一つ。

「ディナーって言うから私はてっきり、ハヤテ君と一緒に食事すると思ったら……ハヤテ君がずっと給仕をやるのね」

 ハヤテ君が食事を共にせずに、給仕をしていることでした。
 面食らうヒナギクさんですが、ハヤテ君曰く「僕は執事ですから」。
 ヒナギクさんの好意なんて知りもしないハヤテ君。ヒナギクさんに、誰にもじゃまされなず自由で、救われるような、独り静かで豊かなディナーを楽しんでもらおうと、執事として最大限の接待をしようと考え、自分が給仕することをレストラン側にマリアさんを通じて申し出たことなんて、ヒナギクさんは知りません。二人分払う金がなかったとか、給仕の人件費分、支払いが安くついたことなんて、もっと知りません。
 それはともかく、

「これはヒナギクさんへのお礼のディナーなんですから……」

 なんて微笑まれては、それを受けいれるしかありません。
 そして、料理も美味しい。となれば、ディナーとしては言うことなしのはずでした。本来であれば。
 ところが、ヒナギクさんにとってこのディナーはただのディナーではありません。というかディナーはただのおまけ、今日の昼から。
 ハヤテ君に告白する。
 ヒナギクさんは歩さんに、そう宣言しました。となれば、料理の味なんて二の次。スープに使われた魚が地中海でとれた魚だろうが、ブラックバスだろうが関係ありません。
 専念すべきは、告白のタイミングのみ。
 ですが、そのタイミングが分かりません。前もって考えていたプランも、いいムードになったら告白するという漠然としたもの。どうすれば、いいムードになるか、どういうムードがいいムードかなんて、分かる気がしません。
 とはいえ、せっかくの海外旅行先での二人きりのディナー。これ以上のチャンスが、この先訪れるだなんて考えられません。
 だったらいっそ勢いで。
 さらっと。

「あ……あの……ハヤテ君!!」
「はい? どうしました? ヒナギクさん」

 言えません。いい顔で笑いやがるんだ、こいつ。

「えっと……お水もらえるかしら……」
「はいどうぞ」

 そんな訳で、出鼻を潰されまくったのは、ハヤテ君の貧乏話ではなく、ヒナギクさんの告白なのでした。



 一方、ギリシャ国立考古学博物館。
 逞しい全裸の男性像を前に、歩さんは感嘆を漏らしていました。学問的な意味で。
 歩さんを魅了していた竿出しの石像は、ポセイドン。海の神。
 ナギお嬢さまが、こいつが黄金聖衣を送ったぐらいでブロンズセイントを助けたつもりになった甘ちゃんか、と思っていると、興奮極まった歩さんがこんなことを言い出しました。

「これガイドブックに載ってたやつだ!
 ね!! ね!! 写真撮って写真!!」

 あんまりに普通な反応に呆れるナギお嬢さまでしたが、歩さんの興奮はそんなことでは止まりません。ポセイドン像の前でとったのは、石像と同じポーズ。

「ふ~まぁいいけど」

 カメラを受け取ったナギお嬢さま。

「たださ~一つ言っておくがギリシャってさ~」

 カメラを歩さんに向けるナギお嬢さま。

「石像と同じポーズで写真を撮ると犯罪になるから」

 カメラに犯行現場を撮られまいとポーズを崩す歩さん。
 どうやら本当っぽいその法律に、自分の無知を知る歩さん。
 法律に歴史。知らないことだらけです。

「まあいいではないか。バカなのは今に始まった事ではないし」

 そう突っつかれては怒ってしまう歩さんでしたが、一方で知らないからこそ、新しく知れることを楽しんでもいました。

「そんなに歴史に興味があるとは思わなかったよ」

 その一言に、知的好奇心を刺激されたきっかけを話す歩さん。
 それはゴルディオンの遺跡。
 有名な童話「王さまの耳はロバの耳」で有名な、触るものすべて黄金に変えられる力を神さまにもらったフリギアの王さまのお墓。

「ミダス王のお墓よ」







「それでは次がメインディッシュになりますが……よろしいですか? ヒナギクさん」

 頷くヒナギクさん。
 どれもこれもすばらしい料理ばかり。美味しいものでした。
 ですが、ヒナギクさんの意識を締めるのは、それらの料理への追想でもなく、メインディッシュへの期待でもなく、着々と終わりに近づくディナーへの焦燥。ここまできたら、あとはデザートしかありません。
 ですが、こうも思いました。
 ――決めるなら……このメインディッシュよ。
 完璧生徒会長のコンピューターがまた演算を始めました。
 メインディッシュを一口いただく。

『わー、これとっても美味しい』

 ハヤテ君はこう答えます。

『へ~ そうですか。ヒナギクさんはこういう料理がスキなんですね~』

 相手はスキという言葉を口にします。それを逃すことなく、ヒナギクさんは詰めるのです。

『ん~ たしかにこういう料理はスキだけど』

 大人っぽく穏やかに、それでも恋する乙女として頬を染めつつ微笑んで。

『私が一番スキなのは……ハヤテ君かな?』

 完璧でした。
 あまりに美しい一連の流れにヒナギクさんは、体温を上げつつ武者震い。
 キッカケなんてその程度でいいのです。僅かな隙があれば、自分はスマートに持っていける。持っていきたい。
 なので、ヒナギクさん、さっそく行動に移しました。
 震える手で、皿を鳴らさないようにフォークで肉を一刺し。
 そして、口に運び、一噛み。
 溢れる肉汁。普段なら、舌鼓を打とうものですか、今は味なんて分かりません。それよりも告白を。告白に流れる一言を。
 そして、ヒナギクさんは溢れる好意を伝えるために言いました。

「わーこれとっても美味しい~」

 言いました。あとはハヤテ君の言葉の隙にのっかるのみ。

「へ~ そうですか~。
 それはよかったです~」

 スキはありませんでした。
 何、その相槌ってレベルの淡泊さ。華麗なスルーでした。というよりは、ボールに気づいていませんでした。もっと言えば、やってる競技自体が違っていました。
 そんなわけで、負荷熱でギュンギュンとフィンを回して立てた完璧プランは打ち砕かれました。どこかに重大な見落としがあるのだろうか? 必死に考えるヒナギクさん。それは程なく思いつきました。
 それは、素敵な笑顔のマリアさんが口にした一言。
 ヒナギクさんとのディナーが憂鬱。
 そうでした。そもそも、今回告白しようと決意したそもそもの発端がそれでした。
 ですが、理由が分かりません。
 いや、思い当たる節は一杯あります。ですが、それでも、
 そんなに私のことがキラいなわけ!?
 ヒナギクさんの心は重たく沈むのでした。

「さ、このデザートで料理は最後になりますけど……」

 目の前に最後に置かれたのは、白いウサギを象ったアイス。
 一人空回ったディナーの最後を飾るデザート。

「ご満足、いただけましたか?」
「あ……うん……。こんなに素敵なディナー初めてだったわ」

 もしも、自分が彼を憂鬱にさせているのだとしたら、気持ちを伝えることは、迷惑なのかもしれない。
 重々しい手つきでスプーンを入れると、ウサギの耳は崩れてしまいました。
 デザート、そして食後のコーヒーを終えると、後はレストランを出るだけ。その間、ヒナギクさんはハヤテ君の言葉に頷くのみ。結局、何も言えませんでした。
 そして帰り道。前を歩くハヤテ君は、どこか安堵したようにも見えました。そんな彼の後ろでヒナギクさんは思っていました。
 このまま帰れば後は眠るだけ。今日はおしまいです。
 ――それでホントにいいの?
 今日の決意を言えないまま埋めてしまえば、気持ちを伝えたい、ただそれだけのことが、明日からはずっと難しいことになってしまうかもしれない。ひょっとしたら、一生口にできないかもしれない。

「ねぇハヤテ君」

 「はい?」足を止めて、ハヤテ君が振り返りました。
 一人だけで思い悩むのはもうイヤでした。
 だから、

「今日ずっと……憂鬱そうな顔してたのは、どうして?」

 ハヤテ君が自分に対して思っていることを全部聞いて、

「その理由を全部……聞かせてくれない?」

 そして、自分が思っていることを全部伝えよう。
 ヒナギクさんは、一度僅かに震えたハヤテ君を真っ直ぐに見つめました。












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