しっぽきり

 昼間、ヒナギクさんは言いました。

 『いいわ。だったら言ってあげようじゃない!! ハッキリ!! 気持ちを!!』

 夜。シャワーを浴びながら歩さんは思いました。
 リボンを外し忘れた、と。
 気付いたところで後のまつり。既にグッショリと濡れてしまった後だけに、諦めゆっくりとリボンを外す歩さん。自分のドジっぷりに呆れて、口にくわえてみたり。リボンについては代えもあるので、考えるのはそこまで。
 次に歩さんの脳裏に浮かんだのは、やはり昼間のヒナギクさんの宣言でした。
 告白したら負けかなと思っている。そんな風に負けず嫌いをこじらせてきたヒナギクさんがついに、告白するといったのです。何の因果か歩さんは、そんな告白宣言を唯一聞いた人間です。というよりは、ヒナギクさんの恋愛感情を逐一知っている恋敵。
 ――どうなるのかな? ヒナさんに告白とかされたらハヤテ君……。
 同じくハヤテ君に片想い中な歩さんとしては、ヒナギクさんが告白した後のことを考えずにはいられませんでした。
 ――やっぱり……嬉しいよね。
 恋愛についてのアドバイスでは定評のある歩さんの見立てでは、ハヤテ君のタイプは基本的に大人っぽくて、頼りがいがあってキレーで優しい人。そして、ヒナギクさんのことを考えてみれば、若干子供っぽいところもありますが、概ねハヤテ君に好かれる条件は満たしているように思えます。となれば、ハヤテ君もそれにどう応えるのかは別として、嬉しいに違いないのです。
 ――まぁでも……それはそれとして……。
 そして、歩さんの冷静な思考はそこまででした。
 いくら考えようが人の行動は理屈通りには行かないもの。それに、もし考え通りに動いたとしても、その後はヒナギクさんにも言ったとおり。自分がそれをどう思うかなんて歩さんにはわかりません。
 だから、歩さんは今の気持ちで素直に動くことにしました。
 シャワールームから出て、着替え、そして、ナギお嬢さまの寝室へと乗り込む歩さんは、こう思いの丈をぶつけたのです。

「私もハヤテ君と素敵なディナーがしたいー!!」
「だまれ小僧」

 素直に欲求やら羨望やらをナギお嬢さまにぶつける歩さんでしたが、ナギお嬢さまはつれないもの。自分だってハヤテ君を助けたのにとパタパタ駄々をこねてみても、反応は冷たいものです。挙句には、ヒナギクはまだいいけどお前は絶対ダメだ! とまで言い捨てます。
 これには当然、歩さんも怒りました。差別だ、迫害だ、アルチチへの嫉妬か!
 訴えに、ナギお嬢さまが説明しました。

「だってお前、ハヤテと二人きりになったら襲っちゃうだろハヤテを!!」
「私はどんだけ肉食なハムスターかー!!!」

 TシャツのプリントでSEXYを主張する歩さんが、ナギお嬢さまには信頼できなかったのです。
 ですが、歩さんにとっては、ナギお嬢さまの言葉は勿論心外。夕日の砂浜という最高のシチュエーションですら、キスでとどめたプラトニックな片想いなのに、襲うとまで言われては怒りの炎は増すばかり。言われっぱなしで済ますわけにはいきません。

「だが安心しろ。お礼はしてやる」
「え? ホント?」

 けれど、お礼をしてくれるというなら許さないでもありません。
 そう考えてみれば、歩さんが救ったのはハヤテ君だけではありません。ナギお嬢さまの遺産も救っていました。
 それならば、ちょっとしたお礼にありついても罰はあたらないだろう。そう喜んでいると、ナギお嬢さまは流し目で言いました。

「ああ。お前言ってただろ? 歴史的なものを色々見たいって」








 レストラン・サンライズ前の時計は一九時二〇分過ぎを指していました。
 待ち合わせるのも接待の一部と、ヒナギクさんと交わした約束は、レストラン前で一九時半。
 そんなわけで、色々身支度のあるヒナギクさんより先行してサンライズに辿り着いたハヤテ君。いよいよ間近に迫ったディナーに考えるのは、昼間のマリアさんの言葉。
 ヒナギクさんとじっくり話してみては、とマリアさんはアドバイスしてくれました。ですが、彼女のことをヒナギクさんに聞けというのは、ややハヤテ君には解せません。実際問題としては、アテネ様のことは親交があったというヒナギクさんに聞くのが一番手っ取り早そうなのですが、目前に迫るディナーでヒナギクさんを喜ばすという任務を自分に課したハヤテ君がそこに思い至ることはありませんでした。実際、マリアさんもそういう意味で言ったわけじゃないし。
 その代わりに、続いて考え始めたのは、出掛けに掛けられたナギお嬢さまとの言葉。

 『あんまり……無理するなよ……』

 心配そうな表情でお嬢さまはそう言いました。
 お嬢さまの言葉の意味が分からないハヤテ君。
 ですが、考えているうちに一九時半。車が到着。
 答えは結局出ず終いでした。





 
 車からゆっくり降りてきたヒナギクさんが身に付けていたのは、ドレスにヒール。そしてショール。
 何せレストランでディナー。いつものように身軽な格好で行くわけにはいきません。服をどうしようか悩んでいたところを、マリアさんにコーディネートしてもらったのが、今のヒナギクさんでした。
 
「お待たせ」

 待っていたハヤテ君に一言。ですが返事は返ってきません。

「何?」

 問うと、僅かに口ごもった後、サラリとこんなことを言いました。

「とても素敵なドレス姿だったので……思わず見とれちゃいましたよ」

 感想を聞いた途端、ヒナギクさんは自分の頬が熱くなるのを自覚しました。

「バ!! バカ!! そんな事よりお腹すいちゃったわよ!!」
「あ!! はいただいまご案内します!!」

 内心、着馴れない服を着た自分が、ハヤテ君にどう見られるのか不安でした。それをハヤテ君は、簡単に「思わず見とれた」なんて言葉を口にしました。
 その台詞が、どんなにヒナギクさんを喜ばせるかも知らないで。
 それがお世辞なのか、本心からなのか、ヒナギクさんには分かりません。でも、自分が寄せている特別な思いを知らないから、ただの何の同級生だと思っているから、何の感情に阻まれることなく、そんな言葉を口にしてしまうのが今のハヤテ君であることは、分かっていました。
 だから、
 ――教えてあげる。私があなたの事を好きだった……。
 改めてそう思うのでした。






 同じく一九時半頃、同じくギリシャ、ただし場所はちょっとだけ違って、ギリシャ国立考古学博物館。人数は三人。歩さん、ナギお嬢さま、マリアさん。
 そこがギリシャ最大の博物館であることを歩さんは知っていました。勿論ガイドブック経由で。ですが、日程がキツイこともあって、実際にその目の前に自分が立てるとは思っていませんでした。

「おお、よくわかったな」

 そんな歩さんをここまで連れてきたのがナギお嬢さま。歩さんは彼女に問いました。この博物館の閉館時間は一九時半。つまり僅かに過ぎています。お客さんもいません。それなのに、まるで歩さん達を待っていたかのように、どうして門が開いているのかと。

「だからさ色々見たいんだろ? だから特別に開けてもらったんだよ。お前の為だけに」

 答えは簡単。本当に歩さん達を待ってたから。
 その事実に愕然とする歩さん。勿論、庶民の中の庶民たる歩さんには貸切の経験なんてありません。それなのに、ナギお嬢さまは博物館を貸切にしたというのです。

「石油王か!? 石油王なのかな!? ナギちゃんは!?」
「ん……? まぁそうだけど……」

 正確には違うようでしたが、だいたいそういうことなので、ナギお嬢さまは頷きました。あと館長に自分の持ってる人脈をチラつかせたとかチラつかせないとか。
 それはそれとして、歩さんは、博物館を貸しきったという事実に甚く感激しました。

「すごいねー石油王」

 感激の勢い余って頭を撫でる歩さん。それが神経を逆撫でしたのか、「バカにしてんのか」と怒るナギお嬢さま。
 当然、歩さんには毛頭そんなつもりはありません。なので、微笑んでお礼の言葉を口にしました。

「ううんバカになんかしてないよ。ありがとうナギちゃん。色々気をつかってくれて」

 その言葉と、笑顔がまぶしかったのか、ナギお嬢さまはプイと顔を背けると、入り口へと歩き出しました。

「ま……まぁ、とはいえあんまり時間もないし……中のガイドは私がしてやるから……さっさと行くぞ」
「おー!!」

 やや早足なナギお嬢さまを、喜び勇んで歩さんが小走りで追いかけ、そんな二人を嬉しそうにマリアさんも追いかけるのでした。







「うわーキレーな夜景ですよヒナギクさーん」

 テラスのハヤテ君は、三日月を頂き、闇の中に浮かび上がる白亜の街並みへの感嘆をやや大声でヒナギクさんに伝えました。

「わーホントー。キレーなテーブルクロスねーハヤテ君」

 ヒナギクさんが室内にいたので。
 概ね予想はついたことでしたが、ヒナギクさんは高所恐怖症。そんなわけで純白のテーブルクロスに目を奪わせているヒナギクさん。

「いやいやヒナギクさん……」

 さすがにディナーに来て、テーブルクロスにご執心とあっては喜ばせようがありません。なので、なだめるハヤテ君。

「ていうかなんなのよギリシャ!! 丘だとか崖だとかヘリだとかジェットだとか!! どうしてそんな高い所にばっかり色々あるのよ!!」

 国家レベルで否定しだすヒナギクさん。少なくともヘリやジェットはギリシャの責任でないのですが、そんな理屈ではヒナギクさんの怒りは止まりません。

「けど、こうしてヒナギクさんと二人で夜景を見てると……思い出しますね。ヒナ祭り祭りの事」

 止めたのは、二ヶ月前の思い出でした。
 一六歳になった夜。あの時計塔のテラスで、ヒナギクさんは気付きました。
 ハヤテ君の事が好きだということに。

「だ……だから!! 高い所は苦手だって知ってるでしょ!!」

 そして、思い出したのなら、

「あの時みたいにしっかりつかんでくれないと、外……見れないじゃない!!」

 手を差し出すヒナギクさん。

「わかりました」

 二人の手が重なり、ヒナギクさんは、そっとハヤテ君に連れ出されました。

「ほら……アテネの街並みが一望できますよ。
 ね……ヒナギクさん」

 あの時と同じように、光る月。
 あの時と同じように、綺麗な景色。
 あの時と同じように、高鳴る胸。
 あの時と同じ、気持ち。
 ――私は……この人が好きだ。
 だから、
 
 気持ちを……伝えようと思ったんだ――












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://bbkiriblog.blog70.fc2.com/tb.php/1131-fe5e5604

ハヤテのごとく!237話【そして再び夜が来て】畑健二郎
 今週も豪華2本立てでしたね。  舞台のそでで待っている状態のアーたんがカリカリモフモフしてそうだ。楽屋裏ならともかく出そうで出ない宙吊り状態はプレッシャーが大きい。わざわざこちらが感じなくてもいいのかもしれないが――咲夜や伊澄の領域まで達すれば今か今...

2009.08.19 23:12 | 360度の方針転換

ハヤテのごとく! 第237話「そして再び夜が来て」
「だから気持ちを…伝えようと思ったんだ――」  わあ…。なんつー引きだ…。  黒

2009.08.20 02:21 | 気ままに日日の糧